『咆哮する境界、静かなる帰還』
翌朝、聖クロイツ学園の訓練場は、異様な緊張感に包まれていた。
今日は一ヶ月に一度の『実技査定』の日だ。生徒たちは数人一組のパーティを組み、教師が召喚した標的用の魔像をいかに鮮やかに破壊するかで、翌月の奨学金とランクが決まる。
「……おい、あれを見ろ」
「……シュウか? あいつ、雰囲気が……」
訓練場に現れたシュウの姿に、ざわめきが広がった。
かつての泥にまみれた「負け犬」の姿はない。背筋は鋼のように伸び、一歩踏み出すごとに地面に沈み込むような重圧を放っている。その後ろには、大きな背負子を担いだガストンと、影のように寄り添うミーニャの姿があった。
「ふん、格好だけは一人前になったようだな。ゴミ掃除でもして、体つきが変わったか?」
アルトリウスが、取り巻きを連れて歩み寄る。
彼の腰には、眩い光を放つ伝説の『聖剣』。ステータス『2,500』を超える彼は、依然として学園の頂点に君臨していた。だが、アルトリウスの掌には、昨夜の鏡像魔法で見た「ヒドラを喰らう怪物」の残像がこびりつき、嫌な汗が滲んでいる。
「……アルトリウス。今日の演習、お前の前でいいか」
シュウの声は低く、そして驚くほど静かだった。
「……貴様、私を待たせるつもりか? 身の程を知れ」
アルトリウスは吐き捨てるように言い、演習の壇上へ上がった。
彼が聖剣を抜くと、訓練場全体が神々しい光に満たされる。召喚された巨大な岩石魔像を一振りで両断し、喝采を浴びる。
「素晴らしい! さすがアルトリウス様だ!」
観衆の拍手の中、アルトリウスは勝ち誇った顔でシュウを見下ろした。
だが、その隣にいたエレインの顔は青ざめていた。彼女の『精霊眼』には、アルトリウスの聖剣の光が、シュウの周囲に渦巻く「漆黒の捕食魔力」に吸い込まれ、霧散していくのが視えていたからだ。
「……次、シュウ・特待生。前へ」
教官の呼び出しに応じ、シュウが中央へ進む。
用意されたのは、アルトリウスの時よりも一回り巨大な、鋼鉄製の魔像だった。
「ひひっ、特待生様には特別サービスだ。その包丁で、傷一つつけられるかな?」
教官たちの意地の悪い笑い声。
シュウは無言で、腰の『漆黒の包丁』に手をかけた。
魔力を込める必要すらない。彼自身の細胞に刻まれた、五百体以上の魔物の「殺意」を、ただ刃に乗せる。
【固有能力:『瞬身の牙』発動】
――ドンッ!
空気が爆ぜる音がした。
次の瞬間、シュウの姿は消えていた。
観衆の目が彼を捉えたとき、シュウは既にゴーレムの背後に立ち、静かに包丁を鞘に収めていた。
「…………え?」
一秒の沈黙。
直後、鋼鉄の巨躯が、まるで豆腐でも切られたかのように斜めに滑り落ち、凄まじい轟音と共に崩壊した。
切り口は鏡のように滑らかで、熱ですらなく「純粋な断裂」によって断たれていた。
「な……っ!? 鋼鉄のゴーレムを一撃で……!?」
場が静まり返る。
シュウは崩れた鋼鉄の破片を一つ拾い上げると、無造作に口元へ運んだ。
「……ガストン。こいつは少し硬すぎるな。もっと火を通さないと喰えたもんじゃない」
「ははっ! 贅沢言うな。鉄分の補給には丁度いいだろ」
ガストンが豪快に笑い、二人は騒然とする訓練場を悠然と後にした。
その背中を、生徒会長のフィオナは言葉を失って凝視していた。彼女の『王威』が、無意識にシュウに対して跪こうとしていることに気づき、戦慄する。
「……あいつ、本当に……何を食べたの……?」
一方、アルトリウスは握りしめた聖剣の柄が、ミシミシと音を立てるほどに力を込めていた。
「……認めん。認めんぞ、あのような卑しいネズミの力を……!」
学園の秩序という『境界線』が、今、完全に食い破られた。
シュウという存在が、もはや無視できない「捕食者」として、学園中の少女たちの、そしてライバルの運命を狂わせていく。
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