『泥中の牙、境界を食い破る』
学園の『試練の迷宮』第二層。その最深部、猛毒の霧が渦巻く「沈黙の沼」に、シュウは立っていた。
本来、ここへ立ち入るには学園の許可が必要だ。だが、シュウの手元には、アルトリウスの取り巻きから無理やり押し付けられた『演習区域変更届』があった。
「……あいつら、俺をここで始末するつもりか」
シュウは毒霧の中で、じっと前方の闇を見つめる。
背中には、ガストンが打ち直した三枚の重厚な鉄板。手には、魔獣の牙を練り込んだ『漆黒の包丁』。
一ヶ月前、スライムに怯えていた少年の面影は、もうどこにもない。
ズゥン……。
沼の底から、巨大な影が這い上がってきた。
第二層の主――『大沼の捕食者』。
三つの頭を持つ大蛇であり、そのステータスは『3,000』を超える。学園の精鋭パーティですら、教師の同行なしでは挑まない怪物だ。
「……今の俺のステータスは『750』。……まともにやり合えば、一撃で肉塊だな」
シュウは冷静に自己分析する。
数値上は、圧倒的な敗北。だが、彼の体内にはこれまで喰らってきた五百体以上の魔物の因子が、爆発寸前の熱を帯びて蠢いていた。
「シャアアアアッ!!」
ヒドラの一つ目の頭が、大木のような太さで襲いかかる。
シュウは鉄板を背負ったまま、重力を無視したような速さで横に跳んだ。
『跳ね兎』の脚力と、『沼毒蛇』の反射神経。数値には現れない「魔物の機能」が、シュウの四肢を駆動させている。
ガギィッ!
漆黒の包丁が、ヒドラの硬質な鱗に突き刺さる。
だが、浅い。巨大な尾がシュウを薙ぎ払い、彼は岩壁に叩きつけられた。
「……がはっ、……っ! まだだ……、まだ足りない……!」
シュウは意識が遠のく中、懐から「秘蔵の干し肉」を取り出し、無理やり口に押し込んだ。
それは、二層の猛毒植物を中和して作った、ガストン特製の『超高濃度・魔物飯』。
食らえば食らうほど、細胞が活性化し、ステータスが一時的に跳ね上がる。
「――来い。お前を喰って、俺は『上』へ行く」
シュウの瞳が、どす黒い光を帯びて発光した。
ヒドラの三つの首が同時に噛み付こうとした瞬間。
シュウは背中の鉄板をパージし、弾丸のような速さで中心の首へと肉薄した。
ザシュッ、ズシュゥッ!!
包丁が、肉を断つ「解体」の音を立てる。
ヒドラの首の一つを強引に切り落とし、シュウはその切り口から溢れ出す、煮えくり返るような『真核の血』を、そのまま喉へと流し込んだ。
「熱い……。体が、焼ける……!!」
【条件達成:階層主『大沼の捕食者』の生体核を摂取】
【境界線を突破します】
【全ステータスが 1,500.00 上昇。合計値が 2,250 に到達しました】
【固有能力:『超速再生』および『猛毒の吐息』を獲得】
シュウの全身から、黒い魔力が蒸気のように立ち昇る。
傷口が一瞬で塞がり、骨の軋む音が響く。
ステータス『2,250』。
それは、伝説の聖剣を持つアルトリウスの背中に、ついにその指先が届いた瞬間だった。
「……な、何よ。今の……あの光は」
岩陰で、こっそりシュウを監視していたエレインが、持っていた魔法媒体を落とした。
彼女の精霊眼には、シュウの背後に、巨大な魔物の影――今まで喰らってきた全ての魔物が融合したような、禍々しい『捕食者の幻影』が視えていた。
シュウは、物言わぬ肉塊となったヒドラを見下ろし、静かに包丁を収めた。
「……ガストン、肉の回収を頼む。今夜は、最高に豪華な『境界超え』の祝杯だ」
物陰から、ミーニャが嬉しそうに飛び出し、シュウの腕に擦り寄る。
「……シュウ。……いい匂い。強くて、おいしい匂い」
学園の落ちこぼれが、二層の主を単独で喰らい尽くした。
その噂は、明日には学園中を震撼させることになるだろう。
そして。
その光景を遠隔魔法で盗み見ていたアルトリウスは、震える手で自らの聖剣を握りしめていた。
「……ありえん。あのゴミが……私と同じ領域に……!?」
学園カーストが、音を立てて崩壊し始めていた。
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