後日談:リィネ編【因果を超えた甘い一日】
学園の喧騒が、今はどこか遠い記憶のように感じられる。
再建の進む聖クロイツ学園の片隅、月明かりさえも遠慮するほど深い緑に包まれた裏庭に、シュウは一人で立っていた。
「……待たせたな。……リィネ」
シュウが声をかけると、木々の影から、かつてよりもさらに艶やかさを増した豊かな狐尻尾がゆらりと現れた。
「……ふふ。シュウ様、私がここに来る確率は、今朝の占いで千パーセントでしたわ。……いえ、私の『意志』で、因果をねじ伏せて参りましたの」
リィネは優雅に、しかしどこか弾むような足取りでシュウに歩み寄る。その黄金の瞳には、かつての戦場で見せた鋭さはなく、ただ一人の少女としての熱い想いだけが宿っていた。
「……約束だ。……お前だけに、特別な一皿を」
シュウが用意したのは、世界を救った後に見つけ出した伝説の食材――『極光の果実』を、リィネの魔力特性に合わせて低温でじっくりと煮詰めたコンフィチュールだった。
「……これ、……甘い香りが、魂まで溶かしてしまいそうですわ」
リィネが一口、匙を口に運ぶ。
一瞬、彼女の狐耳がピクリと跳ね、続いて豊かな尻尾が、まるで感情を抑えきれないかのように大きく、激しく左右に揺れた。
「……美味しい。……今まで食べてきたどんな計算された味よりも、ずっと……温かくて、残酷なほどに甘いですわ……」
リィネの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。それはもはや戦いのための「雫」ではなく、一人の恋する乙女の喜びの結晶だった。
「……シュウ様。……私の計算では、この後、私たちがこの場所で手を取り合い、夜明けまで語り合う確率は……」
「……計算など、もういい。……お前が望むなら、……ずっと隣にいる」
シュウが不器用な手で、リィネの濡れた頬を拭う。
リィネは、その大きな手に自分の手を重ね、幸せそうに目を細めた。
「……ええ。……これからの未来、計算外のことばかりが起きるのでしょうけれど。……シュウ様という『境界線』の向こう側なら、私はどこまででも、堕ちていけますわ」
月明かりの下、重なり合う二人の影。
かつて世界の運命を読み解いた狐の乙女は、今、ただ一人の調理師が作り出す「甘い未来」の中に、自分自身のすべてを預けていた。




