『鋼の胎動、鉄屑の証明』
学園の喧騒から離れた廃材置き場。そこには、連日響き渡る金属音と、少年の荒い呼気、そして肉が焼ける野性的な匂いが立ち込めていた。
「……九百九十八、九百九十九……、千ッ!!」
シュウが重さ数十キロの鉄板三枚を背負い、最後の一振りを終える。
ガストン特製の『魔銀の出刃包丁』が空を裂き、鋭い風切り音を立てた。一ヶ月前、スライムにすら弾き飛ばされていた細い腕には、今や魔物の強靭さを宿した、しなやかで鋼のような筋肉が浮き上がっている。
「……ふん。ようやく見れる形になってきたな、坊主」
ガストンは、真っ赤に熱した鉄を槌で叩きながら、満足げに鼻を鳴らした。
彼はシュウの変貌を、誰よりも間近で見てきた。
毎日、迷宮からボロボロになって帰還し、正体不明の魔物の肉を貪り、泥を啜るようにして限界を超えていく。その姿は、学園の美しいエリートたちとは対極にある、剥き出しの「生存」そのものだった。
【条件達成:『沼毒蛇』の累計捕食数 50/50】
【全ステータスが 350.00 上昇。神経伝達速度が『獣』の領域に達しました】
【固有能力:『麻痺・猛毒耐性(中級)』に進化しました】
シュウの現在のステータスは『500』を超えた。
依然として、初期値で『2,500』を超えるアルトリウスには及ばない。だが、その中身が違う。
高価な魔力ポーションでドーピングされた数値ではない。死線を潜り、魔物を血肉に変え、文字通り「命を奪って」積み上げた結晶だ。
「ガストン、これを」
シュウが差し出したのは、二層の奥地で仕留めた魔獣の鋭い牙と、硬質な鱗の束だった。
「ほう……。こいつは『岩甲亀』の甲殻か。二層の深部まで行ったのか」
「ああ。包丁の刃が少し零れた。……これで、新しいのを打ってくれ」
ガストンは不敵に笑い、受け取った素材を炉に放り込んだ。
「……いいぜ。お前の『魔物喰い』に相応しい、最高の獲物を打ってやる。その代わり、今夜の飯はそいつの肉をたっぷり食わせろよ」
二人が火を囲み、無骨な肉を焼き始めたとき。
廃材置き場の入り口に、一つの影が立った。
「……こんなところで、何をしているの」
凛とした、けれどどこか動揺を含んだ声。
エルフの才女、エレインだった。彼女は自身の魔法媒体を握りしめ、信じられないものを見る目でシュウを凝視していた。
エレインは、アルトリウスの取り巻きとしてシュウを視界にも入れていなかったはずだ。だが、先日の迷宮で感じた「不純な魔力の胎動」が、どうしても頭から離れなかったのだ。
「……食事中だ。何か用か」
シュウは振り返りもせず、焼けた肉を頬張る。
「……その肉、魔獣の死骸じゃない。正気なの? 学園の食堂へ行けば、もっとまともなものが……っ!」
エレインの言葉が止まった。
シュウが立ち上がった際、その背中から漏れ出た「威圧感」に、彼女の本能が警鐘を鳴らしたからだ。
かつての、弱々しく泥にまみれていた「ゴミスキルの少年」ではない。
その瞳は、暗い迷宮の奥底で獲物を待つ捕食者のそれと同じ、冷徹な光を湛えていた。
「……食堂の飯じゃ、足りないんだ。俺の『境界線』にはな」
シュウはそれだけ言うと、ガストンから手渡された新しい装備――魔獣の牙を練り込み、さらに重みを増した『漆黒の包丁』を腰に差した。
「アルトリウスに伝えておけ。……もうすぐ、追いつくとな」
エレインは何も言い返せなかった。
彼女のプライドが、「そんなはずはない」と叫んでいる。しかし、彼女の精霊眼ははっきりと捉えていた。
シュウの足元から、黒い影のような魔力がじわじわと広がり、周囲の草花を枯らしていくほどの「異質な成長」を。
エレインが立ち去った後、物陰からミーニャが音もなく現れた。
彼女はシュウの隣に座り込み、当たり前のように焼けた肉を一切れ手に取る。
「……シュウ。あの女、警戒してる。……でも、少し……羨ましそうだった」
「羨ましい? 俺みたいな、泥食い男をか」
「……違う。……シュウの、熱い匂い」
ミーニャは鼻先をひくつかせ、シュウの腕にそっと触れた。
彼女には見えていた。シュウの皮膚の下で、新しい「境界」を食い破ろうとする胎動が、いよいよ限界を迎えようとしているのを。
学園の最底辺。
孤立した少年と、時代遅れの職人、そして居場所のない獣人の少女。
歪な三人による、静かなる「反逆の祝宴」は、夜が更けるまで続いた。
面白いと思ったらブックマーク、評価をお願いします!




