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【第1章本編】『神託の儀と、底辺の境界線』

 聖クロイツ学園の大講堂は、熱狂と選別の残酷な空気に包まれていた。学園最終年度の前に行われる『神託の儀』。授けられる固有スキルは人生の指標となり、平民が貴族を凌駕する唯一のチャンスであり、同時に無能を切り捨てるための残酷な儀式でもあった。

 シュウは列の後方から、壇上を見つめていた。

 仲間が順番に祭壇へ進むたび、講堂の空気が変わる。歓声か、沈黙か。その二択しかない。歓声を浴びた者は輝く顔で列に戻り、沈黙を浴びた者は俯いたまま端へ消えていく。どちらの未来が自分を待っているか、シュウにはわかっていた――わかっていて、それでも賭けるしかなかった。

 人里離れた魔境で生き抜いてきた「生存術サバイバル」の経験を買われ、特例で入学した少年。この儀式に、全てを賭けていた。

「……判定終了。次、平民、シュウ!」

 神官の乾いた声が響いた。シュウは緊張で強張る体を無理やり動かし、壇上へ歩を進めた。数百の視線が刺さる。貴族の子息たちの目は好奇ではなく、品定めだった。値踏みする目。最初から答えを知っている目。

 祭壇の水晶に、震える手で触れた。

 次の瞬間、手の甲に不気味な紋章が浮かび上がった。

挿絵(By みてみん)

固有スキル:『魔物喰い(プレデター)』


「……魔物を、喰らうだと?」

 神官が眉をひそめた。読み上げる声に、隠しもしない嘲りが滲む。

「効果:魔物の肉を摂取した際の拒絶反応を無効化し、栄養として効率よく吸収する。……以上。戦闘補助も魔力増幅もない。文字通りの『ゲテモノ食い』――生活支援スキルだな」

 一瞬の静寂があった。

 その静寂が、どんな嘲笑よりも長く感じた。

 そして講堂が、割れた。

「特待生が聞いて呆れるぜ」「魔物の肉って、あの腐ったやつか?」「臭そう」「触るなよ、うつるかも」「炊き出し係がお似合いだ」――

 シュウは動けなかった。

 足が根を張ったように壇上に縫い付けられ、数百の笑い声が四方から降り注ぐ。怒りが来るより先に、奇妙な感覚が胸の中心を侵食した。自分が透明になっていくような感覚。いや、違う――透明ですらない。ゴミとして、初めて正確に値踏みされた感覚。

 これが、俺の答えか。

 魔境で何度も死にかけた。牙と爪と毒と飢えに耐えて、それでも生き延びてきた。その全部が、たった一行の鑑定結果で笑い話になった。

 拳を握った。血が滲むほど、握った。

 叫び出したかった。この場の全員に向かって、何かを。だが声は出なかった。代わりに喉の奥から、別の何かがせり上がってくる――怒りとも屈辱とも違う、もっと原始的な感覚。噛み潰してやりたい、という飢餓感。この空間ごと、嘲笑ごと、全部を。

 視界が、じわりと赤く染まった。

 罵倒の嵐の中、次に壇上へ上がったのは黄金の髪をなびかせたアルトリウス・フォン・グランツ公爵令息だった。

 彼が祭壇に触れた瞬間、眩い光が講堂を満たした。


挿絵(By みてみん)


 装飾の施された伝説の聖剣が、光の中から顕現する。地鳴りのような歓声が上がった。この世界では、あらゆる能力を統合した『ステータス』こそが戦闘力の全てだ。アルトリウスの初期値は驚異の『2,500』。対するシュウはわずか『15』。

 壇上から降りたアルトリウスは、シュウのそばを通る時、自然な足取りで立ち止まった。

 急かすでもなく、怒鳴るでもなく。ただ、静かに言った。

「……君が、例の特例入学の平民か」

 視線が降りてくる。値踏みではない。それ以下だった――存在を確認する必要すら感じていない目。シュウが虫であれば、踏む価値もないと判断した目。

「魔境育ちと聞いていたから、少し期待していたんだ。獣のような野性味でも、何か光るものがあるかと」

 微笑んでいた。品のある、完璧な微笑みだった。

「でも『魔物喰い』か。……なるほど、魔境でも拾われなかった理由がわかった気がするよ」

 すれ違いざま、アルトリウスは声を落とした。周囲には届かない、シュウだけに届く声で。

「一つ、親切心から言っておこう。君のような出自の者が学園に残ることは、他の生徒の……精神的な環境を、著しく損なう。早めに退学届を出すのが、互いのためだと思うよ」

 それだけ言って、アルトリウスは歩き去った。

 怒鳴らなかった。侮辱の言葉も使わなかった。ただ、シュウが「いない方がいい存在」であると、当然の事実として告げただけだった。

 その背後には、彼を崇拝する取り巻きと、複雑な表情を浮かべる生徒会長のフィオナ、そして高火力の魔導才女として知られるエルフのエレインが控えていた。

 シュウは何も言い返せなかった。

 怒鳴り返せれば、まだよかった。だが「親切心から」という言葉が、喉に刺さって抜けなかった。侮辱でなく、憐れみとして言われた言葉は、怒りの矛先すら奪っていく。

 唇を噛み締めて、シュウは講堂を後にした。


 向かったのは、華やかな学生寮とは真逆の方角――学園の端。そこには、学園の実力至上主義からこぼれ落ちた者たちの吹き溜まり、通称『野外活動部』のボロ小屋があった。

「……よう、シュウ。散々な結果だったみたいだな。顔が死んでるぜ」


挿絵(By みてみん)


 小屋の前で重厚な鋼鉄の塊を黙々と叩いていたのは、ハーフドワーフの同級生、ガストンだった。屈強な肉体と金属に魔法特性を与える『神の鍛冶槌』を持ちながら、騎士道部を追い出されてこの場所に流れ着いた男だ。

「……ガストン。俺のスキルは、ゴミだったよ」

「知ってるさ。だがよ、坊主。お前が魔境で獲物を捌く時のあの執念。ありゃあ、スキル云々の話じゃねえぞ」

 ガストンは自作した無骨な大盾を傍らに置き、シュウになまくらな短剣を放り投げた。

「そのスキル……『魔物喰い』だっけか。そいつが本当にゴミかどうかは、俺が決めてやる。まずはその短剣で、迷宮のスライム一匹、自力で仕留めてみせろ」

「……スライム一匹、か」

「ああ。エリート共が鼻を明かすのは、お前がその『境界ボーダー』を一つでも超えてからだ」

 小屋の脇、朽ちた木材の陰に、小さな影がうずくまっているのに気づいた。


猫耳がぴくりと動いた。膝を抱えてうずくまっていた小さな影が、顔だけをこちらに向ける。

銀色の瞳がシュウを映した。嘲りも同情もない目だった。ただ、見ていた。「ゴミ」と笑われた場所から、一人でここへ歩いてきた人間を、ただ静かに確認するように。

すぐに視線は逸れ、また膝の中へ消えた。だがその一瞬に、奇妙な温度があった気がした。


「……あいつは?」

「ミーニャだ。斥候の獣人。パーティを追い出されてここに流れ着いた」

 ガストンは短く答え、それ以上は何も言わなかった。

【ミーニャ:好感度 +⭐️ → 現在⭐️「認知」】


 夕闇に沈む学園の片隅。伝説の聖剣を授かったライバルが称賛を浴びる中、ハズレスキルを授かった少年と、時代遅れのハーフドワーフ職人が、最底辺からの這い上がりを誓う。


胸の奥で、かすかな火が灯った。

――まだ終わっていない。


現在戦力:15

聖剣まで残り:2485

次の獲物:スライム

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