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――あの家と、座に関わった人々の言葉――


証言一

(集落の古老・八十代・男性)

 私が子どもの頃からあの家は「奥を持つ家」でした。

 誰が決めたわけでもありません。そういう家でした。奥の間がある家、ではありません。奥が生きている家です。

 昔は、今よりもずっと分かりやすかった。山が近く、人が少なく、夜は本当に暗かった。境というものが目で見えるような土地でした。

 あの奥の間は神棚でも仏壇でもありません。あれを祀りだと言う人間がいたら、その人はこの土地の者ではないでしょう。


 座です。


 座というのは、拝む場所ではありません。そこに居てもらうための場所です。

 あの子――都会へ出た息子が、子どもの頃に触ったことはすぐに分かりました。座が軽くなった。空気が浮いた。ああ、と思いました。

 だからといって、止めることはしませんでした。子どもは境を越えるものです。越えなければ、境は分からない。

 問題は、そのあとです。

 生きて戻ってしまった。

 それは、良いことでも、悪いことでもありません。ただ、面倒な形でした。

 あの子は、もう一生、境から離れられません。でもそれでいいのです。

 この土地は、そうやって保たれてきました。


証言二

(記録者の母・六十代・女性)

 あの子には、何も言いませんでした。

 言えなかった、というより、言ってはいけなかったのです。

 奥の間のことを言葉にした瞬間、それは「説明」になります。説明されたものは、もう神性ではありません。ただの対象です。

 親としては普通に育ってほしかった。都会へ出て、普通に働いて、普通に幸せになってほしかった。

 でも、普通というのは、最初から与えられるものではないのですね。

 あの子が帰ってきた冬、正直に言えば、怖かったです。また触れるのではないか。思い出してしまうのではないか。

 けれど、同時に覚悟もしていました。

 逃げ切れるものではない、と。

 奥の間は、あの子のために在ったわけではありません。でも、あの子は、そこに関わってしまった。

 それだけのことです。


証言三

(記録者の父・六十代・男性)

 年に一度、掃除をする。

 それだけは、欠かしませんでした。

 信仰心があるわけではありません。義務でもありません。必要だったからです。

 座は、放置すると歪みます。歪んだ座は、人を引き寄せます。

 息子が触ったとき、正直、終わったと思いました。もう戻れない、と。

 でも戻ってきた。

 生きて戻ったということは、役割が残ったということです。

 だから、あの冬、掃除をさせました。見せるためではありません。思い出させるためです。

 逃げ切れるなら、それでよかった。逃げられないなら、せめて、向き合えるように。

 それが、親としてできる、限界でした。


証言四

(集落の中年女性・当時三十代)

 正直、怖かったです。

 あの人が帰ってきてから空気が変わった。誰かが何かをした、という感じではありません。「思い出した」感じです。

 集落全体が、昔の形に戻ろうとしているようでした。

 私は信心深くありません。でも、あの祠の前に立ったとき、あの人が「こちらを見ていない」ことだけは分かりました。

 あの人は、境の内側を見ていた。

 それは、羨ましいことでも、恐ろしいことでもありません。違う場所に立っている、というだけです。


証言五

(集落の若者・当時高校生)

 正直、よく分かりません。

 でも、あの冬だけははっきり覚えています。

 雪の音が違った。夜がやけに静かだった。

 あの家の前を通ると、何かを踏み外しそうな感じがしました。

 後で聞きました。「座が動いた」って。

 今なら分かります。あれは、動いたんじゃない。思い出されたんです。


証言六

(集落外から来た研究者・四十代・男性)

 最初は民俗資料として興味を持ちました。

 しかし現地で聞き取りを進めるうちに、ある種の一貫性に気づきました。この集落では、「説明しないこと」が最も重要な行為なのです。

 神を神として保つために、語らない。災いを災いにしないために、名付けない。

 非常に高度なバランスです。

 例の男性――都会に出た彼は、典型的な「境界接触者」です。シャーマンでも、巫覡でもありません。 触れてしまった。だから、逃げられない。

 彼が特別なのではありません。触れてしまった人間は、誰でも同じ立場になるのです。


証言七

(記録者不明)

 座は、空けてはならない。

 だが、座に座る者を選んではならない。

 選ばれたと思った瞬間、均衡は崩れる。

 触れ、覚え、離れられなくなった者が、自然に、そこに近づいていく。

 それだけのことです。


付記

 この証言集に、明確な答えはありません。

 しかし、ひとつだけ確かなことがあります。

 神性に触れた人間は、死ぬまで逃げられない。逃げるのではなく、向き合い続ける必要がある。

 それを「不幸」と呼ぶか、「役割」と呼ぶかは、立つ場所によって変わります。

 この集落では、それを「そういうもの」として受け入れてきました。

複数人への聞き取りをもとに再構成したものです。

語り口や認識の差異は、そのまま残しています。

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