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――集落の者の記録として――

 あの家の息子が帰ってくると聞いたとき、正直に言えば、私たちは胸を撫で下ろしました。


 雪が本格的に降り始める前、年の瀬に差しかかった頃でした。誰が言い出したわけでもありません。ただ、集落の空気がそういう向きに動いたのです。山の気が下りてくる。境が近づく。そういう年回りでした。

 あの家は、集落の中でも少し特別な位置にあります。古いからでも立派だからでもありません。座を持っている家だからです。

 もっと正確に言えば、「座を預かっている家」です。

 今でこそそんな言い方をする者はいません。言葉にした途端、薄くなるからです。役割というものは語られなくなったときに一番よく機能します。

 私が子どもの頃から、あの家の奥の間には入るなという空気がありました。親に言われた覚えはありません。叱られたこともありません。ただ、入らない。それだけでした。


 理由を聞く者はいませんでした。理由を必要としなかったからです。

 集落というのはそういうものです。

 山が荒れれば、雪が増える。水脈がずれれば、田が痩せる。理由は分からなくても、結果は共有される。


 だから、境が乱れれば困るのです。


 あの家の息子が幼い頃に奥の間に入ったことは私たちは知っていました。誰が見たわけでもありません。ただ、分かりました。


 座が、一度、空いたからです。


 その年、妙なことが続きました。山菜の時期がずれ、獣が人里に下り、誰も怪我をしていないのに、村全体が落ち着かない。

 説明はできません。ただ、「そういう時期」でした。


 あの子が高熱を出したと聞いたとき、年寄りたちは黙りました。

 叱る者はいませんでした。責める者もいませんでした。子どもは境を知らない存在です。触れてしまうことは責められるべきことではありません。


 問題は、その後です。


 座は、人ではありません。神とも、霊とも、呼びきれないものです。

 ただ、「そこに在るべきもの」が在るべき場所から外れたとき、別の均衡を求めます。人の理解など考慮しません。

 あの家の親はよく耐えました。息子が都会へ出てからも何も言わず、何も語らず、ただ座を保ち続けました。年に一度、奥の間を整え、白布を替え、誰にも見せず、誰にも話さず。

 それが集落にとっての「恩」でした。

 だからこそ私たちは何も言えなかった。


 息子が帰ってくると聞いたとき、止めるという選択肢はありませんでした。止めることは介入です。介入は名付けです。

 名を与えた瞬間、その関係は変質します。都会の人間はよく「助ける」「守る」という言葉を使います。

 しかし、境に関わるものにとって、それは最も危うい行為です。助けるとは、理解したつもりになることです。


 理解された神性は、もはや神性ではありません。

 彼が帰省して二日目、集落の空気が変わりました。冷え方が違った。雪の音が重くなった。説明はできませんが、全員が感じていました。


 「ああ、触れたな」


 そう呟いた年寄りがいました。

 私たちは彼を観察しました。遠巻きに、しかし注意深く。

 彼は境に立っている状態でした。

 境に立つ者は最も不安定で、最も可能性を持ちます。人として生き続けることもできるし、役割を引き受けることもできる。

 選ぶのは本人ではありません。選ばれるのでもありません。収まるのです。


 奥の間が開いた夜、私たちは集落の外れで集まっていました。何をするわけでもありません。そこにいる必要があった。

 風が止み、音が消え、雪が祝うように降った。それで十分でした。

 翌朝、彼は生きていました。それが何よりの証でした。


 死んでしまえば話は簡単です。座は別の形を探すだけです。しかし、生きている。触れたまま、生きている。

 それは、最も面倒で、最も長く続く形でした。私たちは安堵しました。同時に覚悟もしました。


 ――これから先、長い。


 彼は集落を出ました。都会へ戻り、日常へ戻った。表面上は何も変わっていないように見えました。

 しかし、私たちは知っています。


 神性に触れた者は死ぬまで逃げられません。

 それは呪いではありません。祝福でもありません。関係です。


 人と人の関係が、距離や沈黙によって形を変えるように、人と神性の関係も、逃げた分だけ別の形で現れます。

 彼が今どこで何をしているのか私たちは知りません。知る必要もありません。

 奥の間は、今もあります。像も、そこにあります。誰が座っているのか。それは、問いではありません。

 問いは、いつも同じです。


 ――均衡は、保たれているか。


 それだけです。

 集落は、今日も静かです。雪は降り、山は黙り、誰も多くを語りません。

 それでいいのです。

 語られすぎた神は、死にます。恐れられすぎた神も、死にます。

 生き残るのは、名を持たず、説明されず、ただ座り続けるものだけです。

 そしてそれに触れてしまった人間もまた生きながら境に座り続けることになる。

 それが、この土地で続いてきた、人と神性の、最も穏やかで、最も残酷な関係なのです。

出来事そのものではなく、それをどう理解し、どう整理しようとしたかの記録。


物語の性質が変わりますが、引き続き同じ線上にある話です。

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