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座という構造を理論として捉え始めたことで、私はようやく「過去」に目を向ける準備が整ったのだと思う。感情としての恐怖は、すでに私の中に深く刻み込まれていたが、それはあくまで現在の体験だった。だが座は現在だけで完結するものではない。むしろ過去において最もよく機能し、そして「終わったこと」として封じ込められてきた痕跡こそが、その正体を最も雄弁に語っている。


 郷土資料館で見つけたのは、N集落に関する古い家系図の写しだった。観光用に展示されているものではなく、地元の中学生が自由研究でまとめたものを、ほぼそのまま保管してあるような、雑多で整理されていないファイルの中に紛れ込んでいた。そこには、名前の横に小さく「夭」「不詳」「外」と書き添えられている人物が、一定の間隔で現れている。


 不自然なのは、その頻度だった。戦争や飢饉の時期とは関係なく、ほぼ二十年から三十年に一度、家系図の流れがわずかに歪む。名前が飛び、世代がずれ、理由の説明が一切ないまま、次の行に進んでいる。事故でも病死でもなく、ましてや犯罪記録も残っていない。ただ「いなくなった」という事実だけが淡々と配置されている。


 私はそのうちの一人に注目した。

 昭和初期、N集落の中でも比較的大きな家に生まれた次男。幼少期の記録はなく、徴兵もされていない。婚姻歴もない。二十代後半までは確かに家系図に名前がある。そこから先が、途切れている。

 同じ家の聞き取り記録が、別の資料に残っていた。民俗調査の一環として、戦後すぐに行われた簡易インタビューの書き起こしだ。話者は、当時すでに高齢だった女性で、その語り口は驚くほど淡々としている。


 ――あの子は、奥に行ってしまった。

 ――座のことですか、と聞いたら、そうだとも違うとも言わなかった。

 ――家は壊さなかった。壊す理由がなかったから。


 この記録にはそれ以上の説明がない。調査者も深く追及していない。おそらく、これ以上聞いてはいけない、という空気を感じ取ったのだろう。私はこの「聞かなかった」という行為そのものが座の機能の一部なのだと理解し始めていた。

 別の事例では明治期に一度だけ、座を「改築」した家がある。図面には奥の部屋を物置として拡張した形跡が残っている。しかし、その家系は三代続けて家督が途絶えている。火災でもなく、疫病でもない。単に、人が残らなかった。それ以上の説明はどこにも記されていない。


 資料を閉じた。

 ここまで来ると座はもはや怪談の要素ではない。それは、N集落という共同体が長い時間をかけて編み上げてきた「処理装置」だ。個人が抱えきれないものを、家という単位で受け止め、さらに集落全体で黙認することで、社会としての形を保つための、極めて合理的な構造。


 だから、座は語られない。語れば、それは「未処理のもの」になってしまう。

 Aの体験がこれほどまでに異質に感じられた理由も、ここでようやく理解できた。彼は処理される側としてではなく、処理の途中で止まってしまった存在だからだ。

 私はこの考えをAに伝えた。電話越しに、資料の断片を説明しながら。


 「今までの人たちは、座に触れた時点で、共同体の中から静かに消えていった。記録も、記憶も、ちゃんと“終わらせてもらってた”」


 Aは、しばらく黙っていた。


 「俺は?」

 「終わってない」


 その言葉を口にした瞬間、私は自分の声がわずかに震えたのを自覚した。理論としてはあまりにも自然な結論だった。だが、人に向かって言うには、あまりにも重い。


 「だから、追われてる感じがするんだと思う。座そのものに、じゃない。構造に、だ」


 Aは、低く笑った。


 「処理され損ねた、不良品ってことか」


 私は否定しなかった。否定できなかった。

 過去事例を積み重ねれば積み重ねるほど、Aの存在は例外として浮かび上がる。そして、例外は、構造にとって最も不安定で、最も危険な状態だ。

 私はようやく確信した。座は、過去において完成している。未完成なのは、現在のほうだ。

 過去と現在が交差する地点――Aという例外が、この構造に何をもたらすのか。

 それは、集落にとっても、私自身にとっても、避けて通れない。

像が見えたからといって、それが全体とは限りません。

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