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私は、自分が集めてきた証言や資料を、ある時点から「怪異」としてではなく、「構造」として読もうとし始めていた。それは、恐怖を感じなくなったからではない。むしろ逆で、感情としての恐怖をそのまま抱え続けることがこれ以上は耐えられなかったからだ。理解することで距離を取る。その態度自体が、すでにこの物語の内部に組み込まれているのだと、その時点ではまだ自覚していなかった。
民俗学の文献を読み漁ると、「家屋内の非機能的空間」という項目は驚くほど頻繁に現れる。納戸でもなく、仏間でもなく、使用目的が明確でないまま残されてきた空間。多くの場合、それは「忌避」「結界」「境」といった言葉で説明されるが、N集落の「座」はそれらと似て非なるものだった。なぜなら、座は境界ではない。隔てるための線ではなく、内部に抱え込むための“余白”だからだ。
建築史の視点から見ると、家という構造物は、単なる生活の器ではない。それは社会秩序、家族関係、役割分担、信仰体系を、そのまま平面図に落とし込んだものだ。どこで寝て、どこで食べ、どこで死を迎えるか。それらが固定されることで、人は安心する。だが、その秩序から必ず零れ落ちるものがある。説明できない感情、役割に収まらない衝動、共同体にとって都合の悪い記憶。座は、それらを「無かったこと」にするのではなく、「在るが、触れない」という形で保存するための装置なのではないか。
心理学的に言えば、これは抑圧に近い。ただし、完全な抑圧ではない。抑圧されたものは無意識へ沈むが、座に置かれたものは、常に家の内部に留まり続ける。見えないが、消えない。意識の端に、重さとして存在し続ける。だからこそ、誰かが誤って、あるいは必然的に、そこへ踏み込んだ瞬間、均衡が崩れる。
私はこうした考えをAに話した。大学時代の同期としてではなく、今はもう、彼の体験を記録する側として。
「つまりさ、座って、何か“祀ってる”場所じゃないんだと思う。むしろ、祀れなかったものを、生活の中から排除しきれなかった結果、ああいう形で残った空間なんじゃないかって」
Aは少し考えてから曖昧に頷いた。以前のようにはっきり否定もしなければ、強く同意もしない。どこか疲れたような顔をしていた。
「俺が入った時さ、怖くなかったんだよ。本当に。落ち着いてた。あそこにいると、自分が何者かとか、何をすべきかとか、そういうの全部どうでもよくなった」
その言葉を聞いた瞬間、私は背中に冷たいものが走るのを感じた。理論が、体験に追いついてしまった感覚だった。
「それ、たぶん、座が“正しく機能した”状態なんだと思う」
「機能、ね。人を壊す機能か?」Aは苦笑した。
私は答えなかった。なぜなら、その問いに現時点で答える言葉を持っていなかったからだ。
座は、人を選ばない。善悪も、覚悟も、知識も関係なく、ただそこに“適合した”者を、静かに受け入れる。だからこそ、子どもが触れてしまう。だからこそ、大人は理由を語らない。語れば構造が露呈してしまうからだ。
私は、Aに最後にこう言った。
「たぶんさ、座って、なくならない。壊しても、埋めても、名前を変えても、同じ構造は別の形で残る。家の中だけじゃない。集落でも、社会でも、たぶん、もっと大きな単位でも」
Aは、その時、初めてはっきりと私を見た。
「じゃあ、逃げられないってことか?」
私は、少し間を置いてから答えた。
「逃げる、って発想自体が、もう座の外の人間のものかもしれない」
その会話の後、私は、自分が第三者であるという立場を、もはや完全には保てていないことを自覚した。理論化することで距離を取ろうとしたはずが、気づけば、座の構造を自分の中に組み込んでしまっていたのだ。
私は「座」を定義しようとした。だが、定義とは本来、対象を外側から囲う行為である。
私はその輪の内側に、すでに片足を置いている。
ここで示された内容も、最終的な答えではありません。




