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月曜日の朝、私はホテルの部屋で目を覚ましたが、目覚めたという感覚がなかった。正確には眠りから浮上したはずなのに、意識のどこかがまだ昨夜の暗がりに引っかかったまま、カーテンの隙間から射し込む光を見てもそれが朝の光なのか、ただの明るさなのか、すぐには判断できなかった。
時計を見ると、七時を少し回っている。夢は見ていない。少なくとも覚えてはいない。
それでも、胸の奥に、微妙な圧迫感が残っていた。
私は顔を洗い、歯を磨き、身支度を整えた。その動作一つひとつを、意識的に行った。気を抜くとどこかに引きずられる気がした。
この日はN集落(仮)そのものに深入りするつもりはなかった。集落の中に入る前にまず周辺の資料を調べる。それが第三者としての最低限の距離の取り方だと思っていた。
駅前に戻り小さな市立図書館へ向かった。建物は古く利用者も少ない。
郷土資料の棚は奥に追いやられている。私はそこで時間を忘れてページをめくった。
N集落(仮)という名前は、ほとんど出てこない。正確には、名前としては存在するが、説明がない。
人口推移。耕作面積。簡単な沿革。
どれも事務的な情報だけだ。
だが私は「書かれていないこと」を探していた。
古い民俗調査報告書。昭和中期にまとめられた、簡素な冊子。
そこに、ほんの一行だけ、引っかかる記述があった。
——座に関する習俗については、当時すでに詳細不明。
座。
その文字を見た瞬間、指先が、紙の上で止まった。
私の知っている「座」はいくつかある。
座敷。講座。星座。
あるいは、村の寄り合いの座。歌舞伎の座元。
この文脈の「座」は、そのどれでもない。
私は別の資料を探した。座という語が使われている箇所を、片っ端から拾う。
古い年中行事の記録。祭礼の配置図。 家屋の間取りに関する簡単な図解。
共通しているのは、「動かないもの」「決まっている位置」というニュアンスだ。
人が座る場所、ではない。人が「座らされる」場所。
あるいは、何かが座るために空けられている場所。
その考えに至った瞬間、私は、強烈な嫌悪感を覚えた。
身体の奥が、冷たくなる。
私は資料室の椅子から立ち上がり、深呼吸をした。
考えすぎだ、と自分に言い聞かせる。これは、推測に過ぎない。Aの話と、資料の断片を、無理に繋げているだけだ。
それでも、私の中で何かが、確実に噛み合い始めていた。
午後、私は再びN集落の近くまで行った。
昨日までとは違う。覚悟、というほど大げさなものではない。
郵便局の前で、私は一度、立ち止まった。
扉のガラスに映る自分の顔が少しこわばっている。
中に入ると、局員は私を見て、わずかに眉を動かした。
「また来られたんですね」
「ええ。少しだけ」
私は、資料の話はしなかった。代わりに、単刀直入に聞いた。
「この集落で、『座』という言葉を聞いたことはありますか」
局員の動きが、止まった。
ほんの一瞬。だが、確かに。
「……誰から聞きましたか」
「資料です」
私は嘘をついた。
局員はしばらく黙っていたが、やがて小さく首を振った。
「詳しいことは、分かりません」
それは、昨日までと同じ返答だった。
違う点が一つある。彼は、否定しなかった。
郵便局を出たとき、私は、はっきりと恐怖を自覚した。
理由は単純だった。
ここまで来て、誰も「そんなものはない」と言わない。
存在を肯定しない。否定もしない。それは、曖昧さではない。
触れてはいけないから、輪郭を与えないという態度だ。
私は集落の中を歩いた。
昨日よりも一歩だけ深く。
道はぬかるんでいる。靴底に土が絡みつく。
その感触が異様に生々しい。
そして気づいた。
自分の足音が、やけに大きい。
周囲の音が、遠い。
視線を感じる。
だが誰もいない。
この感覚は、Aが言っていたものと、同じだ。
私は、ここで初めて理解した。
Aが恐れていたのは、何かに襲われることではない。
自分の存在が、正しい位置からずらされることだ。
私は第三者だ。当事者ではない。
それでも、この瞬間、私は、第三者であることが、絶対ではないと知ってしまった。
恐怖は、強烈だった。身体が震える。思考が、散らばる。しかし、逃げ場がない。
なぜなら、この恐怖は、外から来たものではない。
私自身が、理解してしまったことによって、生まれたものだからだ。
その日の夜、ホテルに戻っても、私は眠れなかった。
目を閉じると、「座」という文字が、頭の中に浮かぶ。
誰がそこに座るのか。なぜ空けておく必要があるのか。
考察は、まだ、考察に過ぎない。恐怖だけは、確かだった。
これは忘れられない。
Aが抱えているものの、ごく一端に、触れてしまった。
その事実が、私の中で、重く沈んでいた。
名前が与えられたからといって、理解できたとは限りません。




