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――日付未記載/記録者本人――

 これが最後の記録になるだろうと思い、書いています。 日付はあえて書きません。

 時間の区切りが、私にとって意味を持たなくなって久しいからです。

 最近、自分の身体が、少しずつ「こちら側」から離れていくのを感じます。病名はあります。治療法も延命措置もあります。

 しかし私はそれらを積極的に選んではいません。

 それが諦めなのか、覚悟なのかは、正直分かりません。今の私は、終わりを避けようとしていないというだけです。

 私は「死ぬまで逃げられない」と書きました。今でもその認識は変わっていません。

 ただ一つ当時と違うのは、「逃げられない」という言葉にもはや抵抗が含まれていないことです。

 私は、長いあいだ境界に立っていました。座ることもなく、離れることもなく。

 その理由は、使命感ではありません。責任でも、信仰でもありません。

 単純に、そこに立ち続けるしかなかったからです。

 集落の人たちは、私を「座に触れた人間」と呼びました。その言い方が、今では少しだけ、分かる気がします。

 神性という言葉を、私はあまり使いません。理由は簡単です。

 あれは、人の上位にあるものではないからです。

 土着信仰で言う「神」は、全能でも慈悲深くもありません。

 境界を保つために在り、均衡が崩れたときに、人の側に「歪み」を生じさせる存在です。

 私は、その歪みを、たまたま深く引き受けてしまった。

 

 この歳になって、ようやく理解しました。

 あの家の奥の部屋。誰も入らなかった理由。集落の人間が、語らなかった意味。

 あそこは、祀る場所ではなかった。閉じるための場所でした。名付けず、形を与えず、人の生活の奥へ、押し込むための余白。

 幼い私は、そこに入ってしまった。理由は今でも思い出せません。

 呼ばれたのかもしれません。迷い込んだだけかもしれません。

 重要なのは、入ってしまったという事実。

 そこから先はもう因果の問題です。

 私は多くのことを失いました。完全に失ったわけではありません。

 家庭も、仕事も、友人もありました。笑ったことも、喜んだこともあります。どこかに、常に余白がありました。

 誰にも見せない場所。自分でも、立ち入らない場所。そこに、あれは在り続けました。

 恨まれたことはありません。怒られたこともありません。離れてはくれなかった。

 

 最近、夢を見ます。あの奥の部屋の夢です。何も置かれていない。それが少しだけ、寂しいと感じます。

 人は、理解したものに、情を持つのでしょうか。それとも、長く共にあったものを手放す準備をしているだけなのか。

 

 この記録を誰かが読むことがあるなら、一つだけ伝えておきたいことがあります。

 神性に触れた人間は、特別な存在にはなりません。

 救済も、破滅も、等しく与えられません。世界の輪郭を、少しだけ、はっきり見てしまう。

 それは祝福ではありません。呪いとも言い切れません。生き方が変わるだけです。


 私の人生はあの冬の日から確かに別の線を歩きました。

 しかしそれが不幸だったとは今は思っていません。

 もしもう一度選べるとしても、同じことが起きるでしょう。

 なぜならあれは選択ではなかったからです。

 そろそろ、筆を置きます。身体が、少し冷えてきました。

 境界に立ち続けた人生でした。悪くなかった、と言っていいでしょう。

 座ることは、最後までありませんでした。それで十分です。

 もし次に触れてしまう人がいるなら、どうか深く入りすぎませんように。

 そして、もし引き返せなくなったなら、どうか否定せず、生きてください。

 逃げられなくても、生きることは、できます。

 私は、それを証明するために、ここまで、生きてきました。

後少し、続きます。

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