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――記録番号なし/記録者本人による覚え書き――

 これを読んでいる人が、どんな立場なのかは分かりません。 研究者かもしれませんし、集落の人かもしれません。あるいは、単に興味を持っただけの無関係な人かもしれません。

 最初に書いておきますが、私は「選ばれた」とは思っていません。

 あの集落の人たちが言うような、役割だとか、均衡だとか、そういう言葉には今でも距離を感じています。

 正直に言えば、最初は否定しました。

 あれは集団心理だ。古い土地特有の思い込みだ。幼少期の体験を、後から意味づけしているだけだ。

 都会に戻ってからも、そう考え続けました。仕事をし、酒を飲み、眠り、目の前の生活を積み重ねれば、いずれ薄れていくはずだと思っていました。

 実際、日常生活に支障はありませんでした。幻覚を見ることもありません。声が聞こえることもありません。

 それでも、分かってしまう瞬間があります。

 何かを決断しようとしたとき。 道を誤りそうになったとき。 あるいは、自分の存在が、少しだけ浮いたとき。

 「ああ、見られているな」と。

 それは恐怖ではありません。監視されている感覚とも違います。

 もっと近い言葉を使うなら、自分が境界の内側に立っていることを、忘れさせてもらえないという感覚です。

 集落の人たちは、これを当然のように受け入れていました。語らず、説明せず、しかし否定もしない。

 私は、そこが一番理解できませんでした。

 なぜ怒らないのか。なぜ悲しまないのか。なぜ、誰も「不幸だ」と言わないのか。

 しばらくして、ようやく気づきました。

 彼らにとって、これは物語ではないからです。

 英雄譚でも、怪談でも、被害者の話でもない。土地が土地として在るための調整なのです。

 人が生きるために水を引くように、山が崩れないように道をずらすように、その延長線上に、私が置かれただけです。

 それを「納得した」と言うのは、違います。納得などしていません。

 逃げられないことを理解したのです。

 死ぬまで逃げられない。関係は切れない。忘れても無かったことにはならない。

 ではどうするのか。

 集落の人たちは、「向き合え」と言いました。しかし、それも正確ではありません。

 向き合う、という言葉には主体的な選択が含まれます。私の場合、それは違います。

 正しくは、向き合わされ続けるです。

 私は祈りません。儀式も行いません。像を持ち歩くこともしません。

 自分の中に「座」があることを、自覚しています。

 軽率な言葉を選ばない。境界を忘れたふるまいをしない。分かったつもりにならない。それだけ。

 それが、私にできる最大限の距離の取り方であり、唯一の抵抗でもあります。

 集落に戻ることは、今のところ考えていません。戻れば、より深く関わることになるでしょう。

 それが良いのか悪いのか、まだ判断できません。

 ひとつだけ確かなことがあります。

 もし、あの冬、私が死んでいたら。もし、すべてを忘れられていたら。

 それは、きっと楽だったでしょう。

 でも、生きてしまった。触れてしまった。覚えられてしまった。

 だから私は、境界に立ったまま、生き続けます。

 逃げない代わりに、踏み込みすぎない。信じない代わりに、否定もしない。

 それが、この事象と共に生きる、私なりの、唯一の折り合いのつけ方です。

 もしこれを読んで、「それでも普通に生きているじゃないか」と思う人がいたなら、それは正しいです。

 神性に触れた人間は、壊れるわけではありません。狂うとも限りません。一生、無関係ではいられなくなる。

 それだけの違いです。

 そして、その違いは、外から見ても、ほとんど分からない。

 だからこそ、この話は、怪談として語られるのだと思います。

続きます。

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