銀河鉄道に乗って
「文学聖地巡礼の旅へようこそ! 私、ツアーコンダクターの鳥海と申します。皆さま、気軽に鳥さんと呼んで下さいね」
僕は親友のミウと一緒に、このツアーに参加することにした。
「今回の作品は宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』です! 皆さまを素敵な旅にお連れいたします。それでは早速、銀河ステーションから出発いたしましょう」
『銀河鉄道の夜』は僕もミウも大好きなお話だ。
「ねえ、ミウ、僕がジョバンニやるからミウはカムパネルラね」
「……まあ、別に、いいけど」
ミウは少し不服そうな顔をしたけどOKしてくれた。
「もうすぐ汽車が来ますからね~」
鳥さんがそう言うと、いきなり金剛石をひっくり返したように目の前が明るくなった。
ごとごとごとごと、空から汽車がやって来て、僕達の前に停まった。
「さあ、お乗りください」
僕達は汽車の中に入り、青いビロードを張った腰掛けに座った。
「黒曜石の地図をどうぞ」
「ありがとう」
「車窓を開けてみて下さい。天の川が見えますよ」
ガラスよりも透き通った川が虹のように光ったりしながら流れていた。
「わあっ、すごい! ミウも見て見て!」
「うん」
「次は、りんどうの花畑です。綺麗ですが、飛び降りて取りに行かないようにして下さいね」
「この後、カムパネルラが、ほんとうの幸いについて語るんだよね」
「うん」
「次は白鳥の停留所です。二十分停車しますから降りてみましょう」
「僕達も降りてみようか」
「うん。降りよう」
白い道を二人、肩を並べて歩く。
ミウが河原の砂を一つまみ掌に広げた。
「わあ、綺麗だねえ」
河原の礫は、みんな透き通って、水晶や黄玉や青白い光を出す鋼玉やらでした。
「プリシオン海岸」という瀬戸物のつるつるした標札が立っていた。
「くるみの実が沢山落ちているよ」
「流れてきたんじゃないの」
二人はどんどん歩いていくと、一人の背の高い、ひどい近眼鏡をかけた学者らしき人が手帳に何か書きつけていた。
「君達は参観かね」
「はい、銀河鉄道に乗って来たんです」
「そうか。おや、そのくるみ、そいつはまあ、ざっと百二十万年ぐらい前のくるみだよ」
「もう時間だよ。行こう」
ミウが地図と腕時計を見て言った。
僕達は汽車に戻って、元いた席に座った。
汽車は静かに動き出していた。
すると、ぼろぼろの外套を着た男が話しかけてきた。
「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか」
「どこまでも行くんです」
「それはいいね。……わっしは鳥をつかまえる商売でね。鷺や雁を捕って食べるんです。どうです。すこし食べてごらんなさい」
鳥捕りは黄色の雁の足を二つちぎって、僕達にくれた。
「チョコレートよりも美味しいです」
一体、何のお菓子なんだろう。
「白鳥区はここらでおしまいです。ご覧ください。あれが名高いアルビレオの観測所です」
黒い大きな建物が四棟ばかり立って、その一つの平屋根の上に、透き通った球が、輪になってしずかにぐるぐると回っていた。
「切符を拝見いたします」
車掌が来て言った。
ミウは小さな鼠いろの切符を出した。
いつの間に、切符を持っていたのだろう。
僕は上着のポケットを探ってみると、はがきくらいの大きさの緑色の紙が出てきたので、それを渡した。
「これは三次空間の方からお持ちになったのですか」
「何だかわかりません」
「よろしゅうございます。南十字へ着きますのは、次の第三時ころになります」
「もうじき鷺の停車場ですよ~」
いつの間にか鳥捕りがいなくなっていた。
「何だかリンゴの匂がする」
「野茨の匂も」
六つばかりの男の子と背の高い青年が男の子の手を引いて乗り込んできた。
「あら、ここどこでしょう。まあ、きれいだわ」
十二ばかりの可愛らしい女の子が青年の後ろにいた。
「わたし達は天へ行くのです。もう何にもこわいことはありません。わたし達は神さまに召されているのです」
ごとごとごとごと汽車はきらびやかな燐光の岸を進んだ。野原はまるで幻燈のようだった。
透き通った奇麗な風は、ばらの匂でいっぱいだった。
燈台看守が「さあ、向うの坊ちゃんがた。いかがですか。おとり下さい」と、リンゴを寄こしたので、いただくことにした。
川下の向う岸に青く茂った森が見え、その中からオーケストラベルやジロフォンにまじって何とも言えず奇麗な音色が流れてきた。
「まあ、あの烏」
「からすじゃない、かささぎ」
ミウは訂正したので、女の子はきまり悪そうにした。
汽車のずうっと後ろから讃美歌の節が聞こえてきた。
歌が強くなり僕もミウも一緒に歌い出してしまった。
「あ、孔雀が居るよ」
「ええ、たくさん居たわ」
「いまこそわたれわたり鳥、いまこそわたれわたり鳥」
高いやぐらが組まれていて、そこに赤と青の旗を持った人が旗をふりふりしていた。
「わたり鳥へ信号をしてる」
ミウが教えてくれた。
「川から離れて崖の上を通りますよ~。とうもろこしの木も見ていって下さいね。川までは二千尺から六千尺あります。もうまるでひどい峡谷になっているんです」
汽車を追うインデアンも見えた。
「あれきっと双子のお星さまのお宮だよ」
男の子がいきなり窓の外をさして叫んだ。
「あれは何の火だろう」
「サソリの火」
ミウが地図を見て答えた。
「サソリの話なら知っているわ。どうか神さま。私の心をごらん下さい。こんなにむなしく命を捨てず、どうかこの次には、まことのみんなの幸いのために私のからだをお使い下さい、って言ったというの」
「もうじきサウザンクロスですよ~」
「さあ、降りるんですよ」
青年が男の子の手を引いていった。
「じゃ、さよなら」
「さよなら」
乗客は僕達、二人だけになった。
「カムパネルラ、どこまでもどこまでも一緒に行こう」
「うん」
「きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。どこまでもどこまでも僕達一緒に進んで行こう」
「ああ、きっと行くよ」
「終点でございます。物語の世界には浸れたでしょうか?」
「はい、とても楽しかったです!」
「ありがとうございました!」
『銀河鉄道の夜』のエッセンスは伝わったでしょうか……。
これから他の文学作品でもシリーズ化していきたいですね。




