第2章 第47話:市場のざわめき ― 初めて見る“世界の色と匂い”
村人との初めての出会いを経て、
リナライは“世界の広さ”を知った。
今日は初めて、市場へ行く。
そこはあらゆる色と匂いと音が
ひしめき合う場所。
リナライの五感が、今日また大きく広がる。
村の中心に近づくにつれて、
リナライの耳には
昨日とはまったく違う音が流れ込んできた。
「いらっしゃい!」
「安いよ、今朝の果物だ!」
「もちっと奥の方が香り強いよ!」
「そこの箱、持ってってくれ」
足音、話し声、笑い声、香草の対流、
布が風に揺れる音。
リナライはそのざわめきを前に、
思わず足を止めて胸を押さえた。
「……りおな……
ここ……すごい……おと……!」
リオナは笑みを浮かべて言う。
「これが“市場”。
村の中でいちばん賑やかな場所よ」
リナライは恐る恐る前に進み、
目の前に広がる光景を見渡した。
■ 世界の“色”に圧倒される
最初に目に入ったのは果物屋だった。
橙色の果実、
赤いベリー、
深緑の葉つきの実、
透き通るような黄色の果実。
リナライは思わず口を開けたまま
その場に立ち尽くす。
「……いろ……
こんなに……
せかい……もってる……?」
胸の名の核がわずかに光る。
リオナは優しく説明した。
「果物はね、それぞれ違う土地で育つから
色も香りも味もまったく違うのよ」
果物屋の店主が気さくに笑いかけてきた。
「おっ、リオナさんの連れの子だな?
ほら、一つ試してみな」
手渡されたのは
小さな赤い果実。
リナライはそれを両手で受け取り、
まるで宝物のように見つめる。
「……あか……
あか……のなかに……きらきら……」
リオナは微笑む。
「食べてみる?」
リナライはこくりと頷き、
そっと口に運んだ。
甘酸っぱい風味が舌に広がった瞬間――
彼女は目を見開いた。
「……!
りおな……これ……すごい……!
あまい……すっぱくて……
むね……ひかる……」
リオナも店主も
微笑ましくその反応を見守る。
■ 市場の“匂い”に驚かされる
次にリナライを引き寄せたのは
香草屋の店先だった。
乾いた葉と茎と花の束が並び、
風に乗って様々な香りが混ざり合う。
ミントのような冷たい香り。
甘く暖かい花の香り。
少し刺激のあるスパイス。
リナライは思わず鼻を押さえた。
「……りおな……
まざる……におい……
これ……なに……?」
「香草。
料理や薬に使うの」
リオナが説明すると、
リナライは香草の束にそっと顔を寄せた。
ひとつひとつ匂いを確かめ、
胸に手を当てながら言う。
「……くる……ここに……
におい……くる……
すき……きらい……
ぜんぶ……ちがう……!」
“嗅覚”という世界が
彼女の中で初めて形を持ちはじめている。
■ 市場の“音”に溺れそうになる
市場の中央に入るほど、
声や音が重なる。
布がさわさわ。
荷車がゴトゴト。
人の呼ぶ声。
子どもの足音。
リナライは突然、耳をふさいだ。
「……りおな……
おと……おおい……
むね……ぎゅ……ってする……!」
リオナはすぐそばで膝をつき、
肩に手を置いた。
「大丈夫よ、リナライ。
ゆっくり、わたしの声だけを聞いて」
リナライは震えながら、
リオナを見つめた。
「……わたし……
のまれそう……
せかい……おおすぎる……」
リオナは優しく、
リナライの耳元で囁く。
「リナライ。
あなたは大丈夫。
世界は広いけれど――
その中に、あなたもちゃんといる」
リナライはぎゅっとリオナの手を握った。
「……りおな……
あなた……いると……
おと……すこし……へる……」
「そう感じてくれていいのよ」
リナライの胸のざわめきが
少しずつ落ちついていく。
その姿を見た香草屋の女性が
笑顔で小瓶を渡してくれた。
「このハーブ、落ち着く香りですよ」
リナライは小瓶を胸に抱きしめた。
「……あったかい……
におい……やさしい……」
リオナは頷く。
「世界にはね、
リナライを助けてくれるものも
たくさんあるの」
リナライは胸に小瓶を抱え、
少しだけ力強い声で言った。
「……しりたい……
もっと……せかい……
もっと……ひと……
たくさん……!」
リオナはとても嬉しそうに笑う。
「ええ、今日はその第一歩よ」
市場のざわめきの中で、
リナライの瞳は
確かに“強さ”を帯びていた。
リナライは今日、
色・匂い・音――世界の密度に圧倒された。
それは怖さでもあり、
感動でもあり、
新たな世界の扉でもあった。
彼女の世界はまたひとつ広がり、
“自立”の芽が見えはじめる。




