第2章 第44話:はじめての夜更け ― 眠れない理由と、胸に宿る不思議なざわめき
痛みを知り、涙を知り、
心が大きく揺れたリナライ。
その夜、彼女は眠れなかった。
胸の奥で、
言葉にできないざわめきが生まれていたから。
今日は――
リナライが自分の心と向き合う“初めての夜”。
夜の静けさが
水庭の上にゆっくり降りていた。
リオナの家の一室。
温かな灯りの中でリナライは
ふかふかの白い布に包まれて横たわっていた。
リオナが作ってくれた
やさしい寝床だ。
目を閉じて、
ゆっくり呼吸をしながら眠ろうとする。
……でも。
胸の奥がざわざわして、
どうしても眠りの波が来ない。
「……ねむれない……」
リナライはそっと身を起こし、
窓の外の夜空を見つめた。
月が丸く光を落とし、
庭の水面に揺れている。
その光を見ていると、
胸のざわめきが余計に大きくなった。
「……ここ……
いたくないのに……
なんか……おちつかない……」
痛みじゃない。
怖さでもない。
けれど、
胸がふわふわして落ち着かない。
リナライは布を握りしめ、
自分の胸へ手を添える。
名の核は淡く温かい光を放っている。
その脈動に合わせて、
胸の奥がそわそわと揺れる。
(……なんで……ねむれない……?
りおな……どこ……?)
気づけば
リナライは静かに部屋を出て、
廊下をそっと歩いていた。
歩けるようになったことで、
彼女は初めて“夜の冒険”を手に入れた。
リオナの部屋の前。
扉をそっと開ける。
月明かりの中、
リオナは穏やかな寝息を立てていた。
その横顔を見た瞬間、
リナライの胸がぎゅっと熱くなる。
「……りおな……」
彼女はそっと近づき、
布の端をつまんで小さく揺さぶった。
「……リオナ……?」
リオナが目を開ける。
「……リナライ……?
どうしたの、こんな時間に」
リナライは少し震える声で答えた。
「……ねむれない……
ここ……ざわざわする……
いたくない……
でも……おちつかない……」
胸を押さえ、続きを探すように言う。
「……りおな……
あなたの……ところ……
きて……しまった……」
リオナはそっと身を起こし、
優しく微笑んだ。
「来ていいのよ。
眠れないときは、誰だって不安になるもの」
リナライは小さく首をふる。
「……ふあん……じゃない……
ちがう……
なんか……あったかい……
まって……でてくる……
ことば……しりたい……」
リオナは少し驚く。
「胸が……あたたかい?」
リナライは胸を押さえながらうなずく。
「……りおな……のこと……
かんがえると……
ここ……あつくなる……
ねむれない……
これ……なに……?」
リオナは息を呑んだ。
この質問は――
リナライにとって
“心の目覚め”の問い。
リオナは胸の奥がじんわり熱くなりながら
静かに答えた。
「それはね……
“誰かを大切だと思う気持ち”よ」
リナライは瞬きをし、
その言葉を胸の奥へ落としていく。
「……たいせつ……?」
「そう。
一緒にいたいとか、
そばにいたいとか、
眠る前に思い出しちゃうとか……
そういう気持ち」
リナライの目が丸くなる。
「……りおな……
わたし……
あなたのこと……たいせつ……?」
リオナは微笑んで頷いた。
「うん。
それは――とても幸せなことよ、リナライ」
リナライは胸を押さえ、
少しうつむきながら言った。
「……だから……
ねむれなかった……
あなた……おもって……
ここ……ずっと……あたたかい……」
リオナはそっと手を伸ばし、
リナライの髪を撫でた。
「大丈夫。
リナライが眠れるまで、そばにいるよ」
リナライは安心したようにリオナへ寄り添い、
布にもぐりこむ。
その体温は小さく、
けれど確かに「人の温度」だった。
「……りおなと……
いっしょ……ねむる……」
「おやすみ、リナライ」
「……うん……
おやすみ……りおな……」
しばらくして、
リナライの呼吸が穏やかになり、
胸のざわめきはゆっくりと落ち着いていった。
リオナは静かに目を閉じながら思う。
(リナライ……
あなたはきっと、
これからもっと色んな気持ちを知っていくんだね)
月明かりが二人を照らし、
静かな夜が深く、優しく包んだ。
リナライは
“好き”にも似た、
“安心”にも似た、
新しい感情に胸を揺らし、
初めて眠れない夜を経験した。
それは、
彼女の心が確かに育っている証。
リオナとの距離も
少しだけ深くなった夜だった。




