第2章 第42話:はじめての食事 ― 味・香り・満たされるという不思議
身体を得たリナライは、
世界の光や色、温度を理解し始めた。
次に彼女を待つのは――
“食べる”という行為。
味を知らない彼女が、
人生で初めて口にする食べ物とは?
そしてその体験は、
彼女に新たな世界を開く。
朝の庭に、
やわらかな湯気が漂っていた。
リオナが用意したのは
薄い黄色のスープと、
ふわりと香る小さな白いパン。
リナライはその香りに近づいた瞬間、
目を大きく見開いた。
「……あまい……
あったかい……
ここ……ひかる……!」
胸に手を当てると、
名の核がほんのりと光った。
リオナは笑いながらスープ碗を差し出す。
「これが“食べ物”よ。
リナライが安全に口にするために
薄く味をつけてあるの」
リナライは碗を覗き込み、
「……きいろ……
くも……みたい……
うごいてる……?」
湯気がゆらゆら揺れているだけなのだが、
彼女には生き物のように見えるらしい。
リオナは、
スプーンをそっとリナライの手に握らせた。
「まずは……こうやって、すくって……」
リナライはおそるおそるスープをすくい、
慎重に唇へ近づけた。
温度に驚いたのか
一瞬身を引いたが、
リオナを見るとまた前へ。
そして――
すこしだけ、口に運んだ。
……その瞬間。
リナライの表情が変わった。
目が見開かれ、
身体がふるりと震え、
胸に当てた手が強く握られる。
「……!?
あ……あ……
なに……これ……!
おい……しい……!!!」
リオナは思わず笑い声を漏らした。
「そう、それが“味”。
あなたの舌が世界を感じたのよ」
リナライはもう一口すくうと、
今度は勢いよく口に入れた。
そして、頬を手で押さえながら言う。
「……あったかい……
ひかり……たべてる……みたい……!」
リオナは優しく説明する。
「食べ物はね、
あなたの体を作るための力なの」
リナライの瞳が輝く。
「わたし……これ……すき!!」
次はパンだ。
リオナがちぎって渡すと、
リナライはぱくっと口に入れた。
ふわふわの感触に
身体がびくりと跳ねた。
「……やわらかい……!
くち……あったかくなる……!」
そして、かみしめると――
「……あ……
これ……すき……
すごく……すき……!」
リオナは目を細める。
「リナライは甘いものが好きみたいね」
リナライは胸に手を当て、
「……ここ……いっぱい……なる……
うれしい……
たのしい……
もっと……たべたい……!!」
しかし突然、彼女の動きが止まった。
胸を押さえ、少し困った顔になる。
リオナはその表情を読み取り、
「リナライ、どうしたの?」
リナライは眉を寄せた。
「……なんか……ここ……
ぽかぽか……
でも……すこし……いっぱい……?」
リオナは微笑む。
「それは“お腹が満ちてきた”ってことよ」
「みちる……?」
「うん。
もう十分だよ、って体が教えてくれているの」
リナライは自分の腹をそっと触り、
不思議そうに言った。
「……ふしぎ……
たべると……
ここ……うれしい……
あたま……ゆれる……
でも……いっぱい……」
リオナは彼女の肩を優しく抱いた。
「それが“満たされる”という感覚よ。
リナライはちゃんと食べられたね」
リナライは嬉しそうに笑った。
「……わたし……たべた……!
いきてる……みたい……もっと……!」
リオナは少し慌てて言う。
「ゆっくりね。
焦ると苦しくなるから」
リナライはうんうんと頷き、
胸に手を当てて深呼吸した。
「……りおな……
ありがとう……
おいしい……くれた……
わたし……しあわせ……!」
その言葉に、
リオナの胸の奥がじんわり温かくなる。
(リナライ……
あなたが生きて、
喜んでくれている……
それだけで、私は……幸せよ)
リナライは、
食べ物の香りがまだ空気に残る中で
小さな口でしっかりと言った。
「……りおな……
あさごはん……すき……
いっしょ……たべたい……
これからも……!」
リオナは微笑み、
そっとリナライの手を握った。
「ええ。毎朝いっしょに食べましょう。
リナライの“お気に入り”を、いっぱい見つけようね」
リナライは胸を押さえ、
とても幸せそうに目を細めた。
「……うん……!!
りおな……だいすき……!」
その瞬間。
小さな風が二人の間を通り抜け、
新しい朝が始まった。
リナライは初めて
“食べる”という行為を通して、
味、香り、満たされる感覚を知った。
食事は
生きるための行為であると同時に、
心を満たす行為でもある。
リナライの世界は
またひとつ広がった。




