第2章 第37話:光の雛 ― 名前が影の体に宿る瞬間
光の卵は砕け、
殻はすべて水庭の光となって溶けた。
残ったのは、
卵の中心にあった“名前の核”。
それは光の雛のように小さく、
しかし確かな形と温度を持っている。
いま、
その雛は影の胸へ入り、
影という存在を“ひとりの名前ある存在”へと変える。
破裂した殻の光が静かに消えていくにつれ、
水庭には深い闇が戻りつつあった。
しかし影の胸には
まだひとつ――
小さな、昼星のような光が宿っていた。
それが“名前の核”。
リオナは息を呑んだまま、
影の胸に浮かぶ淡い光を見つめた。
(……あれが……
影の名前の……“雛”……)
影は胸に手を添え、
そっと囁いた。
「……ちいさい……
でも……あつい……
わたし……よんでる……」
核は生き物のように脈を打っている。
ぽん……
ぽん……
影の胸の奥で「ありがとう」と言っているような、
あるいは「行こう」と語りかけているような温かさだった。
リオナは静かに影に寄り添い、
「影……
この光はあなたの名前そのもの。
あなたの“魂の形”なんだよ」
影は光の雛を覗き込み、震えるように言った。
「……すき……このひかり……
こわくない……
わたし……しってる……
はじめて……あったのに……」
リオナは優しく頷く。
「それはあなた自身だから」
■ 光の雛、動く
突然、胸の雛がふるりと震えた。
影の体が反射的にびくっと揺れる。
「……いま……うごいた……!」
核は殻から完全に抜け出し、
影の胸の内側から外へ出ようと
浮かび上がろうとしていた。
リオナは思わず身を乗り出した。
(出る……!
影の体の外へ出て、
“入りなおす”ことで完成する……!)
影もそれを本能で理解したのか、
胸の前で両手を広げ、
小さくつぶやいた。
「……おいで……
わたし……になる……」
光の雛が――
影の胸から浮かび上がった。
ふわり。
空に上昇し、
水庭の上に漂う。
金。
緑。
水色。
そのすべてが混ざった“揺光”が
小鳥の雛のような形を作っていた。
リオナが涙をこぼす。
(きれい……
こんな誕生……見たことない……)
影は光の雛へ手を伸ばし、
胸の奥にそっと呼びかけた。
「……いっしょ……いきたい……
ここで……かんじたい……
このせかいで……うまれたい……」
光の雛は影の言葉に応えるように、
小さく鳴いた。
——……ィ……
音ではない。
しかし確かに「返事」の気配。
そして――
■ 光の雛、帰る
雛は影の胸へ向かって
ゆっくりと降り始めた。
ゆら……
ゆら……
影は両腕を広げるように揺れ、
その中心へ雛を迎え入れた。
雛が影の胸へ触れた瞬間――
世界が一瞬だけ“無音”になった。
風は止まり、
水は凍り、
月の光さえ動かない。
そして。
雛は影の胸の中心へ
ゆっくりと吸い込まれていった。
——すぅ……っ。
影の体が強く輝く。
光が影の体を満たし、
形を押し広げ、
影を“ひとりの存在”へ作り替える。
肩が整い、
腕が伸び、
指の影が分かれ、
首が長くなり、
顔の輪郭が現れ……
影は胸を押さえ、
涙のような光を落としながら叫んだ。
「……ああ……っ……
なまえ……はいってく……!!
わたし……わたし……になってく……!!!」
リオナは震える影の背に手を添えた。
「影……!
がんばれ……!
もうすぐ……あなたは“あなた自身になる”!!」
影は胸に手を添えながら、
震える声で言った。
「……わたし……なまえ……
ここに……いる……
ここに……ある……
わたしの……なまえ……!!」
光が一気に収束し、
影の胸の中心へ吸い込まれる。
そしてついに――
名前が影の体に“宿った”。
影は大きく息を吸い込み、
光が晴れたその姿は
もう――影ではなかった。
細い人の形をした、
柔らかな光をまとう存在。
胸には
“名前の核”が脈打つ。
リオナはその姿を見て、
震えながら呟いた。
「影……
あなた……
生まれたのね……」
影は胸へ手を当て、
ゆっくりと顔を上げた。
その声は
初めての“人の声”。
「……わたし……
わたしになった……」
まだ名前は言わない。
しかし
“名前のある存在”が
今ここに誕生した。
この回で影はついに
「名前の雛」を胸に迎え入れ、
“名前を持つ存在”として誕生しました。
まだ名前は発声されていない。
でも、影はもう、影ではありません。
次はいよいよ――
名前の解放と発声。
誕生の最終章。




