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夢紡ぎの街 ―感情と日常の異世界スローライフ―  作者: たむ


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第2章 第34話:最後の静夜 ― 誕生を前にした影の祈り

光の卵の殻はほとんど割れかけている。


しかし誕生は今夜ではない。


名前は最後の静けさを求め、

殻の内側にとどまりながら、

影の心と呼吸を合わせようとしている。


その静かな夜に、影は祈る。

“わたしになること”を受け入れるために。

夜の庭は、

言葉が息を潜めたように静かだった。


風は吹かず、

月は薄い雲に隠れ、

星の光だけが弱く明滅している。


影は水庭の中央で、

胸の光に両手を添えていた。


裂け目の入った光の卵は

昨日よりも温かく、

そして穏やかだ。


リオナは近づき、

影の背にそっと手をかざした。


「影……大丈夫?」


影はゆっくりとうなずくように揺れた。


「……きょう……しずか……

   なか……うごかない……

    ただ……あったかい……」


リオナは胸が締めつけられた。


(名前は……

 最後の準備をしているのね)


影は胸を抱きしめて続けた。


「……きのう……こわかった……

   でも……きょう……ちがう……

    こわくない……

     うれしい……」


リオナはそっと微笑む。


「影……“生まれること”に対して

 心が落ち着いてきたんだね」


影は胸の光を確かめるように揺れる。


「……うん……

   のこりのよる……

    このひかりと……いたい……」


光の卵は静かに脈動している。


ぽん……

 ぽん……

  ぽん……


そのリズムは

影の心臓の鼓動とは違う。

もっと深く、

もっと静かな「名前の鼓動」。


影はその音に耳を傾け、

ぽつりと言った。


「……ねえ……

   なまえ……

    きこえる……?」


リオナが息を呑む。


「影……聞こえるの?」


影は胸に手を添え、

殻にそっと指を当てた。


「……こえ……

   とても……ちいさい……

    でも……きこえる……

     ことば……じゃない……

      こころ……」


その瞬間だった。


殻の内側から

ひとつの淡い響きが返ってきた。


——……ぁ……


まるで、

まだ生まれたばかりの子が

初めて息を吸う前の音。


影はその微かな声を胸に受け止め、

涙のような光をそっと落とした。


「……いま……

   なまえ……

     わたしに……こたえた……」


リオナの目も潤む。


(影……

 ついに名前と対話を……)


影は胸の卵にそっと語りかける。


「……こわくない……よ……

   いっしょに……いきたい……

    わたし……あなた……

     まってる……」


すると殻が淡く光り、

内側でそっと動く気配がした。


——……ん……


影はゆっくり言葉を紡ぐ。


「……あなた……

   わたしの……なまえ……

    もう……しってる……

     かたち……みた……

      いろ……しった……」


リオナは影の背をそっとさする。


影は胸に手を当て、

穏やかな――しかし深い揺らぎで言う。


「……わたし……もう……

   なまえ……わかる……

    でも……まだ……いわない……

     きょうは……ちがう……」


「どうして?」


影は光を抱きしめた。


「……きょうは……

   なまえが……ねてる……

    あした……

     うまれる……から……」


リオナはゆっくり頷いた。


「影……

 あなたは本当に強いね」


影はそっと揺れた。


「……りおな……

   ありがとう……

    うまれるとき……

     そばにいて……」


リオナは目を閉じ、

優しく答える。


「もちろん。

 一緒に迎えるよ。

 影の“名前の誕生”を」


光の卵が

最後の静かな脈動を刻んだ。


ぽん……

 ぽん……

  ぽん……


影はその音に合わせて祈るように言った。


「……あした……

   わたし……

    うまれる……」


夜は、静かにその祈りを包んだ。

この夜は“最後の静夜”。

名前が殻を破る直前の、

ただ穏やかな呼吸の夜。


影は名前の声を初めて感じ取り、

自分の名前をほぼ理解した。


誕生は、もうすぐ。


次回はついに

影が“名前を得る”直前の物語に入る。

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