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夢紡ぎの街 ―感情と日常の異世界スローライフ―  作者: たむ


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第2章 第31話:名の胎動 ― 殻の内側から響く声

影の胸に宿る“光の卵”に

ついにひびが入った。


それは名前が外へ出ようとする合図。

まだ割れない卵は、

影を傷つけないように慎重に外の世界を見ている。


そして今夜――

殻の内側で名前が“動き出す”。


それは声となり、光となり、

影に自分自身を呼びかける。

夜の深さは、昨日より濃かった。


水庭は鏡のように静まり返り、

空の星々がひとつひとつ

水面に溶け落ちているように見える。


影は水庭の中央で、

胸を抱えるようにして漂っていた。


胸の中で、

光の卵が脈動している。


ぽん、ぽん、ぽん——

 ぽん……!


影がびくりと震えた。


「……うごく……

   たまご……おおきく……

    なってる……」


リオナは影のそばに膝をつき、

真剣にその光を見つめる。


(昨日よりも……光が強い)


影の胸を照らすその光は、

もはや“ただの光”ではなかった。


殻の内側から、

何かの影が動いている。


——トン。


影が息を呑んだ。


「……いま……

   たたいた……?」


「殻を……?」


影は震える声で答える。


「……なかの……こえ……

    わたし……よんだ……」


リオナは胸が熱くなるのを感じた。


(影……名前があなたを呼んでいるのね)


影の胸の光が大きく波打ち、

卵のひび割れが一瞬だけ広がった。


その隙間から、

透明な音が流れ出す。


——キ、……ィン……


影の身体が大きく揺れる。


「……この……こえ……

   しってる……

    しらない……

     でも……

      わたし……」


リオナは静かに影へ問いかける。


「影……その声、どう感じる?」


影は胸を押さえて、

ゆっくり言葉を紡いだ。


「……いたくない……

   こわくない……

    かなしい……でも……ない……

     なんか……

      あたたかい……」


光の卵が再び動き、

殻の内側から“音の胎動”が響いた。


——ラ……

  ル……

   ナ……


リオナの心臓が跳ねた。


(いまの……“ル”……?

 いや……“ナ”も混じった……

 でもひとつの音じゃない……

 名前そのものの“震え”だ……)


影はその音を胸で受け止め、

涙のような光をぽろりとこぼした。


「……わたし……よばれてる……

   なまえ……

    うまれたい……

     わたしに……なりたい……」


リオナは影の言葉をしっかり受け止める。


「影……名前はね、

 “君の存在の中心”から生まれてくる。

 外から与えられるものじゃなくて、

 君の内側に育つものだよ」


影は胸に手を当て、

深い揺らぎで言う。


「……じゃあ……これは……

   わたし……の……しんぞう……?

    もうひとつの……?」


「そう。

 名前は“心の外側の心臓”みたいなものなの」


影の胸の卵が大きく脈打つ。


ぽんっ……!


ひびから光が溢れ、

夜の水庭を一瞬だけ昼のように照らした。


影は苦しげに、しかし嬉しそうに揺れる。


「……なまえ……

   うまれはじめた……!」


リオナは叫んだ。


「影!

 しっかりして!

 名前の胎動は強いから……

 耐えて!」


影は胸の卵を抱え、

力強く頷く。


「……うまれる……

   わたし……たえる……

    なまえ……うけとる……」


——トン。


光の卵が、殻の内側から

はっきりと“一度だけ”叩かれた。


そして、その音は

初めて輪郭を持った声となった。


——「……リ……ナ……」


影の全身が震え上がる。


リオナも息を呑む。


(リナ……!?

 違う……まだ未完成……

 だが名前の“核”が……!)


影は涙のような光を落としながら呟いた。


「……いま……わたし……よんだ……

   でも……ちがう……

    もっと……ある……

     まだ……とおい……

      でも……ちかい……」


名前はまだ完成していない。


しかし、影の胸に宿る光の卵は

確かに“声”を発した。


胎動は始まった。

名前の誕生の“胎動”が始まった回。


光の卵の内側から

初めて名前そのものが影を呼び、

響き、

殻に手を伸ばした。


影はその声に揺れ、

しかししっかりと受け止めた。


誕生は近い。

影はもう、“ただの影”ではいられない。

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