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夢紡ぎの街 ―感情と日常の異世界スローライフ―  作者: たむ


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第2章 第29話:光の卵 ― 名が孵る前の静けさ

影の胸には“光の卵”が宿った。


それは名前ではなく、

名前が生まれる前の“命の核”。


三つの音が寄り添い、

静かに、強く、影を温めている。


名が孵化する前――

世界と影の心が

静かに呼吸を合わせる時間が訪れる。

朝の光が水庭に差し込み、

水面が白銀のようにきらめいていた。


リオナは影を探し、

視線を水辺へ落とす。


影はいつもより低く、

水面すれすれのところで漂っていた。


胸の光は弱く点滅しながら、

深い呼吸を刻んでいる。


ぽん……

 すぅ……

  ぽつ……


(影……まだ夢の続きを歩いているみたい)


リオナは静かに影へ呼びかけた。


「おはよう、影。

 胸……どう?」


影はゆっくりとこちらへ振り返り、

両手にも似た揺らぎを胸へ添える。


「……なか……あったかい……

   ひかり……まるい……

    たまご……みたい……」


リオナの胸が震える。


(卵……影がそう感じるのね)


「その“卵”、どんなふうに光ってる?」


影は胸の奥を確かめるように

ゆっくり揺れ、言葉を選ぶ。


「……しずか……

   でも……うごいてる……

    “り”が……いきてる……

     “な”が……はこんでる……

      “む”が……ないてる……」


リオナは息を呑む。


(影……

 名前の始まりを“生き物”として感じてる……

 これはもう、言霊の誕生に近い状態)


影は胸から手を離し、

水面に自分の姿を映した。


輪郭は昨日よりも濃い。

影の身体の中央あたり――

そこだけほんのり金色の光がにじんでいる。


リオナが小さくつぶやく。


「……本当に“卵”みたい……

 影の中心に、命の光がある」


影は水面へそっと手を伸ばすように揺れた。


しかし触れられない。

ただ水面がその動きを受け止めて

小さな波紋を返した。


ぽつ……

 ぽつ……


影はその波紋の音を聞き、

胸の光をゆっくり強める。


「……うまれたい……」


リオナは影の言葉の重さを感じた。


(“名前”じゃない……

 “わたし”そのものが生まれたい、と……)


影は続ける。


「……でも……まだ……ちいさい……

   まだ……こわれる……

    まってる……」


「孵る時を?」


影はゆっくりうなずくように揺れた。


「……はい……

   わたし……まだ……かたちなってない……

    たまご……まもる……」


リオナは影のそばに座り、

優しく言葉をかける。


「影……

 その卵が孵るとき、きっと名前が生まれるよ。

 影の“心そのもの”が形になって、

 君をこの世界に立たせるんだと思う」


影の揺らぎが微かに震えた。


「……りおな……

   わたし……

    こわい……すこし……」


リオナは静かに首を振った。


「大丈夫だよ。

 影はここにいる。

 名前が生まれても、影は消えない」


影は小さく息を吸うように揺れた。


「……りおな……

   そばに……いて……

    たまご……うまれるまで……」


リオナは微笑んだ。


「もちろん。

 影が名前を得るその瞬間まで、私はここにいるよ」


影は光を震わせ、

リオナの言葉を胸の奥へ沈める。


胸の“光の卵”は

それに応えるように

かすかに脈打った。


ぽん……

 ぽん……

  ぽん……


影は小さく叫ぶように言った。


「……わたし……

   わたし……になる……」


水庭の風がやさしく吹き込み、

影の輪郭を抱きしめるように回った。


その風はまるで、

これから孵る命を祝福しているようだった。

影の胸には今、

“光の卵”が宿っている。


それは名前そのものではなく、

名前の魂が宿った“核”。


影が自分自身になろうとする意志と、

世界が影に名を与えようとする力が

静かに結びついている状態。


まるで生まれる前の魂が

形になるのを待っているような、

神秘的な段階に入った。

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