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夢紡ぎの街 ―感情と日常の異世界スローライフ―  作者: たむ


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第2章 第27話:揺り籠の音 ― 夜風が結ぶ三つの音

影の胸にはいま、三つの音がある。


“り”――最初に宿った心臓の音

“な”――風が運んだ呼吸の音

“む”――水面が返した声の音


名前はまだ完成しないが、

その響きたちが静かに寄り添い、

夜の風の中で揺れる。


世界は影の名を

揺り籠のように揺らしはじめる。

夜。

庭は深い紺色に染まり、

水庭の水だけが白く光っていた。


リオナは外灯を落とし、

影の気配を探す。


影は水庭の中央――

波ひとつない静かな水面に浮かぶように佇んでいた。


胸の光が三つのリズムで脈打っている。


ぽん……(り)

 すぅ……(な)

  ぽつ……(む)


まるで影の中に

三つの“心臓”があるかのようだった。


リオナは息をひそめて見つめる。


(これが……名前の音……)


影は胸に手を当て、

ゆっくりとリオナへ呼びかけた。


「……り……

   ……な……

     ……む……

      わたし……?」


リオナは静かに答える。


「まだ名前じゃないよ。

 でも、名前の“ゆりかご”にはなってる」


影はその言葉を胸に沈めるように、

ゆっくりと揺れた。


「……ゆり……かご……?」


「うん。

 赤ん坊が生まれる前に揺れる場所のように……

 三つの音が“名前になる準備”をしてるの」


影は水庭の反射を見つめながら

その意味をゆっくりと感じ取る。


胸の光が、

三つの音を結ぼうとするように

柔らかく重なった。


ぽん……

 すぅ……

  ぽつ……


そして――

風が静かに庭へ吹き込んできた。


ひゅう……


その風は、

ほんの少しだけ温かかった。


影が驚き、胸に手を当てる。


「……かぜ……あったかい……

   おと……もってる……」


リオナは風を聞きながら言う。


「その風……

 三つの音をつなぎにきてる」


影は胸で三つの音を抱き、

それぞれを風へ向けて少しずつ解き放つ。


「……り……」


風がひとめぐりする。


「……な……」


風が影の輪郭をかたどる。


「……む……」


水面がひとつ光を返した。


三つの音が

風、水、世界のすべてと混ざり合う。


すると――

風の中から、

かすかな音が返ってきた。


「……りな……む……」


影の胸が震える。


「……いま……

   きこえた……?」


リオナもうなずく。


「ええ……

 でも“名前”って感じじゃないわ。

 世界が三つの音を

 組み合わせて揺らしているだけ」


影は静かに考えるように揺れた。


「……り……な……む……

   わたし……?

    ちがう……?

     でも……ちかい……」


リオナは優しい声で言った。


「影……

 名前は“三つの音をそのまま並べること”じゃない。

 君の心が生まれたとき、

 音は自然と“名前の形”になるんだよ」


影はその言葉を深く受け止めた。


胸に三つの音を抱き、

ゆっくりと振り返る。


「……わたし……

   なまえ……ほしい……

    でも……

     わたし……が……ほしい……」


リオナは影の言葉に胸が熱くなる。


(影……

 名前は“君そのもの”を写すものだから)


風がふわりと影を包み――

水面がわずかに揺れる。


そして影の胸に、

うっすらとした始まりの響きが宿った。


“り……な……む……”


それはまだ名前ではない。

けれど確かに“名前の形の影”だった。


影は静かに言う。


「……わたし……

   もうすぐ……きこえる……」


リオナは微笑んで答えた。


「ええ……影。

 もうすぐ、君の名前は“聞こえる形”になる」


三つの音が、

夜風の中でゆっくりと揺り籠を作り――

影の名の誕生へ向けて

確かに揺れていた。

影の胸には、

“り”“な”“む”の三音がそろった。


これらはまだ“名前”ではない。

ただ、名前の前段階である

“ゆりかごの音”として影の中に揺れている。


世界が風を使い、

三つの音をふわりと結んだ今、

影の名前はゆっくりと“形”に向かい始めた。


名前が近づく気配が濃くなる回でした。

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