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夢紡ぎの街 ―感情と日常の異世界スローライフ―  作者: たむ


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第2章 第26話:水面に映る音 ― 名前の第三の響き

影はすでに、

名前の最初の二つの音を抱いている。


“り”は影の心臓。

“な”は影の呼吸。


その二つの音が胸で響くたび、

影の輪郭は少しずつ濃くなり、

世界は影を“形ある存在”として受け入れ始めている。


そして今日――

影の姿を映す水面が

新しい音を返してくる。

昼下がりの庭は、

静かな光に包まれていた。


リオナは影と並んで水庭の前に座り、

風の動きが静まるのを待っていた。


影は水面の中心に寄り、

胸の光を弱く脈打たせている。


ぽん……

 ぽん……


リオナが影へ声をかける。


「影、今日は水の音を聞いてみよう。

 風は“な”を運んでくれたけど……

 水はまた違う音を返してくれるかもしれない」


影は頷くように揺れた。


「……みず……

   すき……

    しずか……きれい……」


影がそっと水面に近づくと、

自身の輪郭が薄く映りはじめた。


以前より濃く、

以前より確か。


影はその姿をじっと見つめ、

胸の奥で“り”と“な”を重ねた。


「……り……

  ……な……

   ……わたし……」


水面がひとつ波紋を広げた。


ぽつ……


その波紋は、

風でも石でもなく、

“影の胸の音”に反応して広がったものだった。


影が驚いたように震える。


「……みず……こたえた……?」


リオナは目を細めて言う。


「うん……

 影の音が、水に届いたんだよ」


影は胸に手を当てる仕草をし、

もう一度ゆっくり音を落とした。


「……り……

  ……な……」


ぽつ……

 ぽつ……


波紋が重なり、

やがて円が大きく広がった。


その中央に、

淡い光が沈む。


リオナは息を呑む。


(……水が“音”を返してきてる……)


水面の中央で、

小さな声のような響きが生まれた。


「……む……」


影は大きく揺れた。


「……いま……

   きこえた……?」


リオナも驚きながら頷く。


「“む”……だったね。

 水が返した音……?」


影は震える声でつぶやく。


「……む……

   あたらしい……

    わたしの……おと……?」


影はその響きを胸に抱きしめるように揺れた。


すると、水面の映像が

影の輪郭をほんの少し変化させた。


丸みを帯びた胸の影が、

少しだけ膨らむように揺れた。


リオナは静かに言う。


「影……

 “む”は君の名前の第三音になるかもしれない。

 “り”が心臓。

 “な”が呼吸。

 そして“む”は……

 君の“声”かもしれない」


影の胸の光が優しく脈打つ。


ぽん……

 ぽん……

  ぽん……


「……り……な……む……

   わたし……?」


リオナは少し笑って言う。


「全部つながるかはまだ分からないけど……

 影の名前の音がそろい始めてるのは確かだよ」


影は水庭の上でそっと回転し、

その音を確かめるように揺れた。


「……む……

   やさしい……

    しずか……

     すき……」


リオナの胸に、

ふいにあたたかい思いが広がる。


(影……

 “む”の音は君に似てるよ)


影は胸へ向けてそっと言った。


「……り……な……む……

   わたし……の……はじまり……」


水はその言葉を受け止めるように

静かに波紋を返した。

影の名前はまだ完成しない。


しかし――

“り”、

“な”、

そして今日、“む”。


影の胸には三つの音が集まり、

ひとつの魂の形を作ろうとしている。


水面が返した“む”は、

影の内側に生まれた“声の響き”。


これで名前の基礎が整いはじめた。

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