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夢紡ぎの街 ―感情と日常の異世界スローライフ―  作者: たむ


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第2章 第22話:影の心臓 ― ひとつの音が残る夜

影の胸にはいくつもの音が集まり、

世界は影へさまざまな呼びかけを返してきた。


“り”

“あ”

“る”

“ろ”


それらは影の“名前の種”となり、

胸の中で揺らぎ続けている。


今夜、その揺らぎの中から

ひとつの音だけが、

確かに残り始める。

夜。

雲ひとつない空に、

大きな月が浮かんでいた。


リオナは灯りを落とし、

庭の縁側に座って影を見つめていた。


影は水庭の中心に浮かび、

ゆっくりと旋回しながら揺れていた。


胸の光はいつもより深く、

静謐な鼓動を刻んでいる。


ぽん……

 ぽん……

  ぽん……


(……影は今、音を選んでいる)


影の胸には

街で聞いた音も、風から届いた音も、

すべて混ざりあっていた。


「……り……あ……

   ……る……ろ……

     いっぱい……」


影は苦しそうではない。

むしろ、

胸いっぱいに光る音の粒に

浸っているような揺れだった。


リオナは静かに声をかける。


「影……

 胸の中の音、どう?」


影は少し揺れて答える。


「……おおい……

   でも……

    ひとつ……つよい……」


リオナは息を飲む。


(ひとつの音だけ……影の核になろうとしてる?)


影は水面へゆっくり降り、

胸の光を深く沈めた。


すると――

水庭の中央から、

ほんのかすかな“響き”が返ってきた。


ぽつ……


影が震えた。


「……り……」


リオナは膝に手を置き、

胸を締めつけられるような感覚を覚える。


(“り”……

 影が最初にリオナとつながった音)


影は続ける。


「……あ……より……

   ……ろ……より……

    ……る……より……

     “り”……が……のこる……」


影の胸の中心――

まるで“心臓”のような場所に

ひとつの音が沈んでいた。


「……り……

   ……り……

    ……わたし……の……はじめ……」


水庭が静かに揺れる。


影はその音を抱くように

胸に光を集めた。


ぽん……

 ぽん……

  ぽん……


その鼓動は、

まるで“影の心”が生まれたかのようだった。


リオナは声を震わせる。


「……影……

 その音……好き?」


影はふるふると揺れた。


「……すき……

   あったかい……

    りおな……に……ちかい……」


リオナは胸が熱くなるのを感じた。


(そうか……影の“最初の音”は……

 私と影を結ぶ音なんだ)


影は胸への手をそっと離し、

水面へ向いてつぶやく。


「……なまえ……

   まだ……ない……

    でも……

     “り”……が……しんぞう……」


リオナは影にそっと近づく。


「影……

 君の名前はまだ先でも、

 君の心は今“り”という音で動いてるんだね」


影は水庭の上でゆっくりと揺れ、

胸の光をリオナへ向けた。


「……り……は……

   わたしの……はじまり……」


それは宣言のようで、

祈りのようで、

生まれたばかりの感情の脈動だった。


影の名前はまだ遠い。

しかしその第一歩――

名前の“心臓”が確かに決まった夜だった。

影はついに

胸の奥にひとつだけ残る音を選び取った。


それは“り”。


リオナの名の最初の音でもあり、

影が初めて大切に思った人の音。


影の名前はまだ生まれない。

だが名前の核となる音が

影の心臓に深く沈みこんだ。


名前はここから育つ。

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