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夢紡ぎの街 ―感情と日常の異世界スローライフ―  作者: たむ


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第2章 第21話:街の記憶 ― 人々が語る“黒い風の名前”

影の胸には

“り”と“あ”という大切な音が芽生えた。


世界もまた、

影の名前を探し始めている。


今日はその兆しが、

街の噂話の中にひっそりと混ざり込む。

朝の光が街に差し込み、

市場は早くも活気にあふれていた。


リオナは影に声をかける。


「今日、街に行ってみようか。

 影、色んな音があるよ」


影は水面からふわりとあがり、

ゆっくりリオナの肩のそばへ寄る。


「……いきたい……

   おと……しりたい……」


リオナは微笑み、街へ向かった。


■ 市場のざわめき


市場に着くと、

さまざまな人々の声が入り混じり、

影は胸の光を強くして吸い込むように聞き入った。


呼び声。

笑い声。

値段交渉の声。

子どものはしゃぎ声。


影は胸の奥に響いた音を

ひとつずつ拾い上げる。


「……お……

  ……ゆ……

   ……ね……

    いろんな……おと……」


リオナは影を見守りながら、

市場を歩いた。


すると、魚屋の前で

若い女性がふとこんなことを言った。


「そういえば昨日、変な風を見たの。

 黒くて、ふわっと曲がって……

 なんていうのかな……“ルア”みたいだった」


影がびくりと揺れた。


(ルア……?)


次の店では、老夫婦の会話が耳に入る。


「黒い風を見たんだとよ」

「へぇ、あれは“リア”って風だって聞いたわ」


影の胸が波打つ。


「……り……

  ……あ……

   ……リア……?」


リオナも驚き、影を見る。


(街の人たちが……影に似た音を口にしている?

 偶然……じゃない)


さらに、酒場の前を通ると

老人たちが話をしていた。


「黒い風? ああ、“ラウ”とか言ったな」

「いや、“ルア”だろうよ」

「おれは“リウ”って聞いたぞ」


影は胸を抱えるように震える。


「……り……あ……

  ……る……あ……

   ……りう……

    ……いっぱい……

     わたしの……みたい……」


リオナは影のそばにしゃがみ込み、

小さな声で言った。


「影……

 この人たちは、

 君を見たわけじゃないんだよ。

 でも“黒い風”に名前のような音をつけはじめてる」


影は水に落ちる雨粒のように震えた。


「……よんでる……?」


「うん。

 世界が……人を通して

 君の名前を探しているのかもしれない」


影は胸の光を強くした。


ぽん……

 ぽん……!


リオナは影の反応を見て、

さらに確信を深める。


(影の音……

 “り”と“あ”が核になっている。

 そして街の人たちの噂にも……

 “リ”“ア”“ル”“ウ”が混ざってる)


影の名前はまだ形にならない。

しかし街の噂の中で、

たしかに影へ近づく音が繰り返されていた。


影は胸の中で音を重ねながら震える。


「……り……あ……

   ……りあ……

    ……るあ……

     ……りう……

      ……どれ……わたし……?」


リオナはそっと影に触れるように言う。


「焦らなくても大丈夫。

 影が“これが私だ”と思う音が

 いつか自然に残っていくから」


影は水面のような静けさで揺れた。


「……よびたい……

   よばれたい……

    なまえ……

     すこし……いた……」


リオナは胸の奥が熱くなるのを感じた。


(影……

 君はもう、自分の名前に手を伸ばしてるんだ)


影の周囲の風が小さく回り、

まるでその瞬間を祝福するように

静かな音を響かせた。

街の噂話の中に、

影の名前へと近づく音が現れ始めた。


“リア”

“ルア”

“リウ”


偶然ではない。

世界が、人々が、

影の名前を探しはじめた現象。


影の胸の中で揺らぐ音と、

街のざわめきが

少しずつ呼応しはじめている。


影はまだ名前を持たない。

だが――

名前の“揺籃”は確実に育っている。

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