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夢紡ぎの街 ―感情と日常の異世界スローライフ―  作者: たむ


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第2章 第20話:名前の揺籃 ― 影の中の音が組みあがる夜

世界の風、街のざわめき、水音。

影はその中から、

自分に向けられた音を拾い集めた。


“り”

“あ”

“ろ”

“る”


それは名前の材料であり、

影の心が世界と繋がった証でもある。


今夜、影は

その音たちを抱えたまま――

静かに、自分だけの音を組み始める。

夜の庭は月光に包まれ、

水庭の反射が静かに揺れていた。


リオナは灯を低く落とし、

影の姿を探した。


影は庭の中央、

水面と空の真ん中に浮かぶように佇んでいた。


しかし今日は、

その揺れ方がいつもと違う。


ゆっくり、

深く沈むような呼吸――


(……音を抱えている)


リオナは影へゆっくり近づいた。


「影……起きてる?」


影は返事をせず、

ただ胸の光をひとつ小さく点滅させた。


それは返事の代わりであり、

“今は少し静かにしていたい”という合図のようにも見えた。


リオナは影から少し離れて座り、

そっと見守ることにした。


(名前の兆……

 影は今、その真ん中にいる)


影は胸の中の音をひとつずつ拾う。


「……り……」


 鋭く、細く、リオナを思い出す音。


「……あ……」


 やわらかく、丸く、影の最初の音。


風の中で聞いた音たちも混ざる。


「……ろ……」

「……る……」


 どちらも影に向けて返された小さな呼びかけ。


影はそれらの音を胸に抱えながら、

ゆっくり回転するように揺れた。


水庭の反射が影の内側で踊り、

音の粒が光に混ざって弾む。


リオナは目を細めながらつぶやく。


「……音が……組み上がっていってる……」


影が反応するように震えた。


「……さがしてる……

   わたしの……おと……」


その声は弱いが、

確かに“自分”へ向かっていた。


影は胸の中の音を

ひとつずつ組み替える。


“り”と“あ”を合わせてみる。

しかし違う。


“ろ”と“あ”を合わせてみる。

それもしっくりこない。


影は何度も、何度も、

胸の奥で音を組み替えながら

静かに揺れ続けた。


水の上でひらりひらりと舞う光が、

影の胸の音を照らす。


やがて――

影の中にひとつの音の並びが

強く残り始める。


「……り……あ……」


リオナは息を呑む。


(“リオナ”の……最初の音……)


影はその音を抱きしめるように揺れた。


「……り……あ……

   ……り……あ……」


その響きは、

影の中でひときわ強く輝く。


“り”はリオナへつながる音。

“あ”は影が自分で選んだ最初の音。


影の名前はまだ生まれない。

だが、その核が

確かに形を帯び始めていた。


影は胸の光をリオナへ向ける。


「……りおな……の……おと……

   わたしの……おとも……

    すこし……ちかい……」


リオナの胸が震えた。


「……影……

 君は自分の名前を探しながら、

 同時に私につながる音も探してるんだね」


影は静かに揺れ、

その揺れの意味は

“そうしたいからそうしている”

という純粋な答えだった。


胸の光が小さく収まり、

影は眠るように静まり返った。


その沈黙は、

音が芽を出し、

ひとつの名前へ向かって

影の中で揺られ続けている証だった。

影はまだ名前を持たない。

だが今夜、

胸の中で音が組み合わされ、

“影らしい音”が選ばれ始めた。


“り”

“あ”


影が最初に大切に抱いた二つの音。

それはリオナとの絆に最も近い響き。


名前の誕生にはまだ時間が必要だ。

しかし確かに、

影の中で育ちはじめている。

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