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夢紡ぎの街 ―感情と日常の異世界スローライフ―  作者: たむ


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第2章 第18話:風をまとう影 ― 呼びかけの初兆

影が描いた初めての形。

不完全で、読めない。

けれどそこには確かに

“リオナを呼びたい”という想いがあった。


その想いが風に触れたとき、

世界のどこかが小さく反応する。


影の名前は、

まだ生まれていない。

だが“呼びかけの気配”は、

もう静かに風を動かし始めていた。

翌朝。

庭に薄い光が落ち、

影は水面の上で静かに揺れていた。


胸の光は弱く、

昨夜のような強い鼓動はない。

代わりに、

水庭の風のほうが

影を意識するように動いている。


(……風が影を見てる……?)


リオナが朝の準備をしながら

影に目を向けると、

水辺の風が一定のリズムで影を撫でていた。


ひゅう……

 さら……

  ふわり……


影はそれに反応する。

だけど戸惑っているように揺れた。


「……かぜ……

   よんでる……?」


リオナは影のそばへ歩いていき、

静かに答える。


「風が……君を探してるんだと思う」


影の揺れが止まった。


(自分が“探されている”のを感じている……)


リオナは昨日の出来事を思い返す。


影が空に描いた形。

不規則で、線も途切れていて、

文字にはならなかった。


でも、その線には

“誰かへ向けた呼びかけ”の力があった。


(もしかして、その呼びかけに

 風が応えている……?)


影は胸の光を震わせ、

水面へゆっくり降りる。


その時――


風が影に寄り添うように吹き抜けた。


ふわり……


影の輪郭がふくらむ。

風が影の揺らぎに

“名前の気配”を少しずつ乗せている。


影は胸に手を当てるように揺れた。


「……なまえ……?」


「まだ名前じゃないよ。

 でも……名前の方向へ向かう風だと思う」


影の揺れが深まる。

世界の風に触れながら、

胸の光を中に沈めていく。


風が影を包むようにまとわりつき、

空気がわずかにうねった。


そのとき――

影の内側で、小さな“音の芽”が生まれる。


それは影自身も理解できないほど

かすかな音だったが、

確かに胸から外へ向かった。


「……ぁ……」


(“あ”でも、“り”でもない……

 でも……影の中から出た音……)


リオナはそっと影へ言葉を落とす。


「その音……どこから出たの?」


影は胸の中を探るように揺れた。


「……しらない……

   でも……よばれた……

    かぜに……」


(風が……影を呼んでる?

 いや……影が風に呼び返している?)


風と影のあいだに、

小さな“呼びかけの往復”が生まれていた。


風が影を探し、

影が風へ返す。


光が水面に反射し、

風の中に影の揺らぎが溶けると――


遠くの方で、

誰かの声のようなものが

風に混ざって聞こえた。


「……ろ……」


影がびくりと揺れる。


「……いま……きこえた……?」


「うん……

 でも言葉じゃなかった。

 風の……ざわめきみたいだった」


影は胸の奥を見つめるように震える。


「……なまえ……

   さがしてる……?」


リオナはゆっくりと頷いた。


「もしかしたら……

 世界が君の“名前の形”を

 探し始めたのかもしれない」


影は強く揺れた。


胸の光が弾けるように震え、

影は風に向けて小さな音を返す。


「……あ……

  ……り……」


風はそれに反応し、

ふわりと影の周囲を旋回する。


まるで影の音を

覚えようとしているかのように。


リオナは胸が熱くなるのを感じた。


(影が“名前を持つ準備”をしている……

 そして……世界もそれに応えている)


影は風に包まれながら、

胸の中で小さな言葉の芽を握りしめた。


「……よびたい……

   よばれたい……」


その願いは、

風に乗って静かに世界へ溶けていった。

影は初めて“名前の気配”を感じた。


風が影を探し、

影が風へ返し、

その往復の中で

影の胸に小さな“言葉の芽”が生まれた。


名前はまだ遠い。

しかし世界は確かに

影の誕生を感じ取り始めている。

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