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夢紡ぎの街 ―感情と日常の異世界スローライフ―  作者: たむ


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第2章 第15話:言葉のはじまり ― 影が出会う最初の音

“言葉を知りたい”

“もっと伝えたい”


影の胸に生まれた願いは、

夜明けの光のようにゆっくりと広がっていた。


言葉への道は遠い。

けれどその第一歩となる“音”が、

今日影の心に出会う。

朝の光が水庭に反射し、

庭の空気が静かに温まりつつあった。


リオナは木桶の水を入れ替えながら、

影の方を見る。


影は水面のそばでじっとしていた。

しかし静けさの中には、

昨日までにない“集中”の気配がある。


胸の光が弱く脈打ち、

その脈が水へ伝わり、

わずかな波紋を広げていた。


(影……聞いてる? 何か)


リオナがそっと問いかける。


「影、何を感じてるの?」


影が少しだけ揺れ、

水面へ視線を向けるように震えた。


「……おと……」


「音……?」


影は水の音に胸の光を寄せる。


水が小石に当たって跳ねる音。

風で生まれる細かな波の音。

朝の鳥の声が遠くで混ざる。


影はそれらを、

まるで胸の奥で受け取るように沈めていく。


ぽつ……ぽつ……

 さあ……

  ひゅう……


(影……音を“集めてる”)


リオナは影に近づき、問いかける。


「その音……どう聞こえるの?」


影は、自分の中で探しているように震えた。


「……ちいさい……

   ちいさいつぶ……

    はいってくる……」


「あぁ……音の粒が、君に届いてるんだね」


影は胸の光をまたひとつ膨らませた。


「……ことば……

  ちいさいつぶ……から……?」


リオナは優しくうなずく。


「そうだよ。

 言葉はね、音の粒がまとまってできるの。

 まずは“音を感じる”ところから始まるんだよ」


影の揺らぎが深くなる。


胸の芯がじっと水面へ向き、

音の粒を抱きしめるように沈み込む。


風の音。

鳥の声。

葉の触れ合う音。

水のさざめき。


影はそれらの音を、

まるで宝物みたいに拾って集める。


「……りおな……

  おとは……

   ことばの……はじまり……?」


「うん。

 音は、言葉の最初の形だよ」


影はゆっくり動き、

リオナの近くへ寄る。


その動きには、

昨日までにない“目的”が見えた。


リオナは影に向かって、

ひとつゆっくりと「音」を落とす。


「……あ……」


影が震えた。


胸の光が一瞬強まり、

影の形がわずかに膨らむ。


「……あ……?」


「そう。“あ”っていう音。

 小さくて、まるくて、

 ひとつの始まりの音なんだよ」


影はもう一度、

リオナの口の形を見て、

その音の粒を胸に取り込んだ。


「……あ……

   ……あ……」


水辺の風が静かに動く。


影が初めて

リオナの音を“真似た”。


影の心が、

言葉へ向かって踏み出した

最初の一歩だった。


リオナは胸が熱くなるのを感じながら言う。


「影……

 君、すごいよ。

 音を……言葉にしようとしてる」


影は胸の光を輝かせ、

もう一度、

とても小さな声で言った。


「……あ……」


世界がそれを聞いたわけではない。

でも──

影の中で確かに

“ひとつの言葉の芽”が生まれた瞬間だった。

影は言葉を知らない。

でも、伝えたいという願いが

影を“音”へ向かわせた。


影が初めて発した音、「あ」。


それは言葉ではない。

意味もない。

でも影の心に芽生えた

最初の“言葉の種”。


影はもう、

沈む影ではない。

音を覚え、心を形にする存在になり始めた。

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