第2章 第14話:夜明けのゆらぎ ― 影が初めて抱く“願いのかたち”
影は初めて“誰かに返事をしたい”と願い、
光の線で想いを届けた。
その経験は、影の心に
新しい感覚を生んだ。
“もっと伝えたい”
“もっと知りたい”
形のない願いが、
影の中で静かにひとつの“かたち”へまとまりつつあった。
東の空が淡く光を帯び、
庭にほんのりとした朝気が広がり始めた。
リオナは縁側でひざ掛けを抱えながら、
白んでいく空を見ていた。
(影……まだ来ないな)
いつもなら、
夜明け前には庭のどこかに姿を見せる影。
でも今日は、気配がふわりと遠い。
不安ではなく、
まるで“何かを抱えて考えている”ような静けさ。
(昨日の返事……
影にとって大きなことだったから)
リオナが立ち上がりかけた時、
庭へそっと風が流れた。
影が戻ってきた。
ただ、
その揺れ方がいつもとまったく違った。
(……静か……?
でも深い)
影は水庭の前にゆっくり降りると、
胸の中心に光をひとつ宿した。
その光は、
“何かが生まれようとしている”と
はっきり知らせる光。
リオナは影へ歩み寄る。
「影、おはよう。
今日は……何か考えてた?」
影はすぐには答えず、
胸の光をゆっくり強くした。
ぽん……
ぽん……
ぽん……
(こんなに強い鼓動……)
リオナが息を呑む。
「何か……生まれそうなんだね」
影は揺れを深くし、
胸の奥の光をさらに広げた。
そして――
影の中心に、
これまでになかった“形の気配”が現れた。
光の線でも、揺らぎでもなく、
ふわりと丸い、
願いの影。
リオナは思わず声を漏らした。
「……影……それ……」
影は、
その“丸い影”を胸に抱えるように震えた。
「……ほしい……」
「ほしい……?」
「……しりたい……
もっと……しりたい……」
リオナはゆっくり近づき、影の前で膝をつく。
「何を……知りたいの?」
影は胸の光を震わせながら答える。
「……わたし……
いった……
ことば……つたえた……
もっと……
もっと……つたえたい……」
(伝えたい……知りたい……
影が自分の心を自覚しようとしてる)
影の願いは続く。
「……りおな……
みたいに……
ことば……しりたい……」
リオナの胸が熱くなる。
(言葉を……知りたい?
影が?
それは影にとって……とても大きな進化だ)
影は自分の気持ちを探すように、
胸の“願いの影”を抱きしめたまま震え続けた。
「……いわれた……ありがとう……
うれしい……
でも……かえせない……
だから……
しりたい……」
リオナは影へそっと声を落とす。
「知れるよ。
影は……言葉を覚えられる。
だってもう“伝えたい”って思ってるから」
影が揺れ、
胸の光を大きく広げる。
その光が、
願いの影を包み込み——
影の内側にひとつの“種”を植えるように
静かに沈んでいった。
リオナは確信する。
(影の中に……“願いの核心”が生まれた)
それは名前ではない。
しかし名前へつながる大きな一歩。
影は震えながら言った。
「……わたし……
ことば……ほしい……」
リオナは影をまっすぐ見つめ、
やわらかく微笑む。
「なら、一緒に覚えよう。
影。
ゆっくりでいいからね」
影の光が大きく脈打ち——
朝の風がふたりの間を
あたたかく撫でた。
影はもう、
ただ風に揺らされるだけの存在ではなかった。
願いを抱き、その形を自分で選ぶ存在になり始めた。
影は初めて“願い”を抱いた。
もっと伝えたい。
もっと知りたい。
もっと言葉を覚えたい。
その願いは影の中心に“種”として残り、
名前と心を形づくるための
最初の核となる。
影は進化の第一歩を踏み出した。




