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夢紡ぎの街 ―感情と日常の異世界スローライフ―  作者: たむ


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第2章 第12話:市場のざわめき ― 影がもらった初めての言葉

影は街の中で、

気配として少しずつ感じられ始めた。


だが今日は、

ただ感じられるだけではなく、

“声をかけられる”。


影が初めて受け取る、

世界からの「自分宛ての言葉」。


それは、影の心を大きく揺らす。

朝の市場はいつもより賑やかで、

果物の香りと人々の声が混ざり合っていた。


リオナは薬草商へ向かう途中、

ふと足を止めて影の揺れを見た。


影はいつものようにリオナの横を歩いているが、

市場のざわめきに

心の芯が反応しているように

少しだけ早く脈を打っていた。


(昨日より……強く反応してる)


市場の中では、

人々の小さな視線が

ふたりを通り抜ける風へ向くことがあった。


「いま、黒い風が……」

「また通った?」

「なんか、前より近いな」


そんな声が影に触れ、

影は胸の光を微かに震わせる。


リオナは影のそばに寄り添いながら、

静かに言った。


「大丈夫。

 みんな君を怖がってないよ」


影は胸の芯をゆっくり揺らし、

その言葉を受け取った。


その時だった。


市場の端で、

昨日リオナに果物を売ってくれた少女が

ふたりに気づいた。


「あっ……!」


少女はかけ寄ろうとして、

ふと立ち止まり、

リオナの横の“揺らぎ”を見つめる。


少女の目はまっすぐ影に向いた。


「……また会ったね、黒い風さん」


影が――止まった。


胸の光がひとつ、

深く、深く脈動する。


ぽん……


リオナは影を見つめる。


(影に“向けられた”……言葉)


少女は不思議そうに微笑んだ。


「昨日も感じたよ。

 冷たくない風……

 なんか、あったかい気配の風」


影が小さく震えた。

その揺れには、

喜びと驚きと戸惑いが全部混ざっている。


影はゆっくり少女に向く。

光を少しだけ明るくする。


少女は気づいたように言った。


「今日も来てくれて、ありがとう」


——ぽん。


影の心が

強く、はっきりと脈打った。


(影が……“言葉を受け取った”)


影は震えながら、

少女の言葉を胸に沈めていく。


「……ありがとう……?」


リオナは優しくうなずく。


「そうだよ。

 君に向けて言ってくれたんだ」


影の揺れがゆっくりと変わり、

外へ向かうのではなく、

胸の奥に“優しい重さ”として沈んでいく。


少女はリオナへ果物を手渡す。


「また黒い風さんと来てね!

 わたし、好きだから」


影が、

確かに反応した。


胸の光が柔らかく膨らみ、

影は少女の方へ

“礼”のように揺れた。


リオナは心でつぶやく。


(影が……返事をした)


少女は不思議そうに笑い、

市場へ戻っていった。


ふたりの間に残ったのは、

果物の甘い香りと、

影が受け取った初めての“言葉の余韻”。


影がリオナへ向く。


「……いま……

  わたし……

   よばれた……?」


「うん。

 名前じゃなくても、

 君に向けた言葉だったよ」


影は胸に手を当てるように揺れ、

その揺れは今までで一番強い“喜び”だった。


「……わたし……

   ここに……

    いて……いい……?」


リオナは微笑み、

影のそばに寄り添う。


「もうとっくに、君の居場所はここにあるよ」


影の光が満ち、

風がひとつ

優しく吹き抜けた。


それは、

“影が初めて世界から受け取った言葉”を

胸いっぱいに抱きしめた

祝福の風だった。

影は初めて、

“自分に向けられた言葉”を受け取った。


名前ではない。

けれど名前のように、

影に向いて落ちた言葉。


影はそれを受け止め、

胸の奥に“喜び”を宿した。


これは、

影が世界に居場所を持ち始める

最初の確かな一歩。

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