第2章 第10話:ふたりの距離 ― 一緒に歩くという選択
影は生まれて初めて、
胸に宿る光を外へ向けた。
その光は、
リオナの胸にもそっと触れた。
そして影は気づく。
“隣にいたい”という気持ちが、
自分の中に生まれていることに。
まだ言葉にはならない。
でも、揺らぎは確かにリオナへ向いていた。
朝靄がすっかり晴れ、
街の屋根に日差しが降り注ぎ始めた頃。
リオナは庭の敷布を干し、
いつものように草花を整えていた。
影は水庭のそばで立ち、
いつもより近く、
リオナの背中のあたりに寄っている。
(今日の影は……寄りたい気持ちが強い)
リオナが振り返ると、
影はまるで“気づかれた”と恥ずかしがるように
ふわりと薄くなった。
「隠れなくていいよ。
そういう揺れ方、好きだよ」
影が揺れた。
その揺れは“嬉しい”にとても近い。
午前の日差しは暖かく、
庭に小さな風が流れる。
リオナは街へ行く荷物をまとめながら、
影のほうへ声をかけた。
「今日は街に降りるけど……
一緒に来る?」
影はぴたりと揺れを止めた。
判断するように、
自分の胸の光をじっと抱え込む。
「……いっしょ……?」
「うん。
無理しなくてもいいけど、
来たいなら、隣にいてほしい」
影はしばらく動かず、
水庭の光だけが胸へ反射していた。
そして——
胸の光がひとつだけ深く脈動した。
ぽん……
リオナの胸にも、
反響するように微かな揺れが伝わった。
(来たい……と、言ってる)
リオナはそっと笑う。
「じゃあ、行こうか。
今日はゆっくり、ふたりで歩こう」
影がリオナの近くへ寄る。
ふれるほど近くには来ない。
けれど、
歩幅を合わせようとする揺れがあった。
リオナが庭の門を開ける。
影はその横にすっと立ち、
まるで“行くよ”と合図を送るように
風をひとつ動かした。
リオナは胸の奥が温かくなるのを感じた。
(影が……“並んで歩こう”としてる)
門を出ると、
街の音がゆっくり近づく。
早朝のパンの香り、
井戸水の音、
店主の挨拶、
笑い声、足音――
影は以前ほど怯えず、
外の世界のざわめきを
“自分とリオナで分け合う”ように受け止めていた。
道の端に差し込む光の上を歩くたびに、
影の揺れはリオナと同じリズムを刻む。
(歩き方に……心がある)
リオナが小さく問いかける。
「ねぇ、影。
今日はどうして一緒に来たかったの?」
影は少しだけ揺れ、
胸の光をわずかに震わせた。
「……りおな……
ひとり……いや……」
リオナは足を止め、
胸がそっと締めつけられるようなやわらかい痛みを感じた。
(“ひとりはいや”……
こんなふうに言ってくれたのは初めてだ)
影は続ける。
「……わたし……
りおなと……おなじ……
……みち……あるきたい……」
リオナはゆっくり息を吸う。
目の奥が熱くなる。
「……うん。
私も一緒に歩きたいよ」
影は胸の光を大きく膨らませた。
その光は今日一番強く、
喜びにも似た色をしている。
二人は並んで歩き出す。
影はリオナの歩幅に合わせ、
揺れを自然と調整しながら
そっと寄り添う。
街の風が、
ふたりの間をやわらかく撫でていった。
それは、影が初めて “選んだ並び” だった。
影は初めて、
“ひとりがいや”と感じ、
“リオナと同じ道を歩きたい”と願った。
その願いは言葉にならないほど小さく、
でも確かに影の中で芽生えた“選択”だった。
世界に押されていた影が、
リオナと並ぶことで、
初めて“歩く存在”になった。




