表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢紡ぎの街 ―感情と日常の異世界スローライフ―  作者: たむ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/93

第1章 第42話:重なる夜気 ― はじめて並んだ影

夕暮れに帰ってきた影。

言葉ではなく、気配で「ここにいる」を告げた夜。


そして、静かな夜風の中。

影ははじめて“並ぶ”という選択をする。


距離はひと息ぶん。

近すぎず、遠すぎず。

それは、心がはじめて覚えた居場所の距離。

夜。

家々の窓に灯りがともり、

街の空気が穏やかに沈んでいく。


風は柔らかく、

どこか眠りの香りが混ざる。

夢葉の甘い匂いが、ほのかに漂う夜。


リオナは水庭の前に立っていた。

湯を手に、静かに呼吸する。


今日は、心が軽い。

それは“喜び”ではなく、

胸に余白があるような軽さ。


(水の上って、こんなにも静かだったっけ)


睡蓮の葉が、月明かりを薄く抱いている。

水面には風が揺れ、

世界が眠りに入る支度をしている。


と——

足音も気配もなく、影が現れた。


昨日より、はっきりとしている。

それでもまだ、風の端にいるような存在。


迷いは薄れ、

宿り木のように、そっとここにいる。


リオナは声をかけない。

誰かが帰ってきた時、

無理に迎える必要はない。

ただ、その存在を受け止めればいい。


影の子はいつもの場所へ——

……ではなく、

リオナのすぐ横に立った。


手を伸ばせば触れてしまう距離。

けれど影は、触れようとしない。

ただ、隣に“並ぶ”。


(……すごいな)


人は気づかずに涙を流すことがある。

影は気づかずに“勇気”を抱いたらしい。


街の灯が揺れて、

焼き菓子の香りと夜草の匂いが混ざる。


リオナは小さく息を吸う。


影は横で、月を見ていた。

言葉はない。

けれど、沈黙が会話そのもの。


風が吹く。

影の輪郭がほんのり震える。

それは不安ではなく、生きている証の揺れ。


リオナは静かに言った。


「……好きだよ、この距離」


影がわずかに震え、

その震えは「わからない」と「うれしい」の中間。


風鈴がひとつ鳴り、

庭の草が擦れて音を立てた。


影が、ゆっくりと首を傾ける。


「……ここ……あたし……いる」


(“ここに、いる”)


それは報告でも許しを乞う言葉でもない。

事実の確認。

存在の肯定。


リオナはその言葉に、静かに応えた。


「うん。ここにいるね。

それで十分すぎるくらいだよ」


影は震えを止め、

ほんのわずかに、姿を濃くした。


ふたりの影が、地面で並ぶ。

重ならない。

絡まない。

けれど、ひとつの方向を見ている影。


やがて、影はふっと薄れ、

いつものように夜気へ溶けた。


だが今日は違う。

消えるというより、離れただけ。


リオナは目を閉じ、胸に手を当てる。


(隣に立つというのは、こんなにも静かで、

こんなにもあたたかいのか)


風がそっと肩を撫でた。

月光が庭に降り続ける。


その夜、

リオナの影は、少しだけ柔らかく見えた。

影は“隣”を選んだ。


それは大きな変化ではない。

抱きしめもしない。

手をつながない。

ただ、隣に立つ。


けれどそれこそが、

心が誰かに向かう一番静かな始まり。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ