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夢紡ぎの街 ―感情と日常の異世界スローライフ―  作者: たむ


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第1章 第23話:帰路の微睡み ― 小さな影の気配

上位観測室での対話を終え、

リオナはふたたび日常の道へと戻る。


街へ下る坂道、風は穏やかで、遠くには子どもの笑い声。

しかし、その帰路には小さな“影”がついてきていた。

世界は何も変わらないように見えて、確実に揺れ始めていた。

塔を後にした時、風は高く澄んでいた。

下へ続く石畳の道は薄い霧をまとい、

静寂がまるで聖域の余韻のように漂っている。


リオナは深く息を吸った。

胸の奥に残る光の残響が、ゆっくりと落ち着いてゆく。


(あの問い……いつか、選ばなくてはならない時が来る)


“触れずに見守るのか

 触れて救おうとするのか”


それは、優しさと傲慢の境界線。

観測士でありながら、まだどちらにも踏み込めない。

だからこそ、今はただ歩く。


足音が静かに響く。


そのとき――


ぴし、と小さな音が霧の奥から聞こえた。

乾いた枝を踏むような、とても小さな音。


リオナは足を止める。


振り返っても、そこには誰もいなかった。

ただ、霧が薄く流れ、石段が静かに続くだけ。


(気のせい……?)


歩き出す。

また、ぴし。


今度は確かに、小さな足音がした。

軽く、リズムも不規則。

まるで幼い子どもが、追いかけるように。


しかし――風の中に声はない。

笑い声も、呼びかけも。

ただ、気配だけがそっと衣を掴むように存在している。


ふと、視界の端で霧が揺れ、

黒い丸い影が小さく覗いた……気がした。


リオナは優しく声をかけた。


「……そこに誰かいる?」


返事はなかった。

しかし、霧の奥で息を呑むような気配が確かに揺れた。


敵意ではなく、怯え。

逃げ出す勇気もなく、ただ、ついて来てしまっている影。


リオナはしゃがみ、霧に向かって手を伸ばした。

触れはしない。

ただ、そこに“空席”を作るような所作。


「怖くないよ。

見守るだけなら……一緒に歩いてもいい」


霧がわずかに震え、

ぱち、と何かが弾ける小さな音。


すると――

子どもの影は、霧に押されるように一歩後ずさった。

そして、消えた。


(……気のせい、ではない)


あれは

追いかけたのではなく、

安心できる光を探して寄ってきた影。


観測庁での言葉が胸をよぎる。


「光が歩き始めれば、影もまた目を覚ます」


それは脅しではない。

ただの“真理”だった。


リオナは小さく息を吐き、再び歩き出す。


道の途中、風がやさしく吹き抜け、

睡蓮の葉の緑――彼の庭の光が頭に浮かんだ。


(帰ろう。僕の場所へ)


坂を下り、街が近づくにつれ

日常の気配が戻ってくる。


パン屋から漂う焼き立ての香り、

遠くで子どもたちの笑い声、

水桶を運ぶ人々の足音。


ここにはまだ、影は溶け込めない。

光が柔らかく満ちている。


家の前に立つと、

彼はそっと振り返った。


霧はすでに晴れ、

塔はただの遠い影になっている。


けれど、どこかで確かに

“あの小さな足音”はまだ、

世界のどこかに残っている気がした。


リオナは静かに扉を開けた。


帰ってきた。

温度のある世界へ。

塔で光を受けたリオナの背中を、

世界のどこかにいた小さな影が追った。


それは敵でも害でもない。

ただ、光に惹かれた存在。

“孤独な気配”を持つ、まだ名もない影。


光があれば、影もある。

けれどその影は、まだ泣いていない。

まだ、たださ迷っているだけ。

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