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夢紡ぎの街 ―感情と日常の異世界スローライフ―  作者: たむ


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第2章 第141話:返ってきた明るさの形

やさしさや喜びは、いつも同じ形で返ってくるわけではない。

嬉しい言葉が、そのまま嬉しい言葉として戻ることもあれば、

少しの気遣いになったり、誰かの行動になったり、

目には見えるけれど意味はあとからわかるような形で返ってくることもある。

二つの白の前に置かれてきた小さな報せは、この日、また別の姿で庭へ返り始める。

それは派手ではない。

けれど、ここで連なってきた明るさが、ちゃんと村の中を巡っていたのだとわかるには十分な出来事だった。

朝のここは、すっきりと晴れていた。


二つの白は今日も並んでいる。

先に咲いた白は落ち着いた影を持ち、後から咲いた白は昨日より少しだけ自然に開いて見える。

そのあいだの空気はやわらかく、石の縁も朝の光を受けて静かに明るかった。


リオナは小さな水差しを手に、いつものように二つの白へ水をやる。

水滴が土へ落ちる。

それを見ていたリナライが、ぽつりと言う。


「……きょう、しろ、やさしいいろ」

「うん」

リオナは頷く。

「昨日のあたたかさが、まだ少し残ってるのかも」

シオンもまた、二つの白とその前の空気を見ていた。


「……ここ」

「うん」

「……あかるい」

「うん。今日も明るいここだね」


その時、門の外に小さな物音がした。

足音ではない。

木のものが地面に軽く触れたような音。


振り向くと、門の前に細長い木箱がひとつ置かれていた。

誰かが声をかけるより先に、そこへそっと置いていったらしい。

まだ遠くへ去りきっていない気配が残っている。


「……なんだろう」

リオナが門へ歩いていくと、木箱の上には小さな紙片が乗っていた。

整った字ではないが、丁寧に書かれている。


“白の前に座る人が増えたので。使えそうならどうぞ。”


リオナは紙を読み、木箱の中を見る。

中に入っていたのは、磨かれた細い木の板と短い脚部材、それに簡単な組み立て用の紐だった。

不器用でも組める、小さな腰掛けになるらしい。


「……椅子?」

リナライがのぞき込む。

「たぶんね」

リオナは少し驚いたように笑う。

「しかも、白の前用の」

紙片の端には、名前こそなかったが、見覚えのある印が小さく付いていた。

雑貨屋の主人の店で扱う木箱によく押されている印だ。


「……あのひと?」

リナライが聞く。

「たぶん、そうだろうね」


昨日、“少し誰かに相談してみようかな”と言っていたあの主人。

その人が、今日こうして何かを返してきたのだ。


「……しらせ、足になるんだ」

リナライが小さく呟く。

リオナは少し目を細めた。

「うん。今度は、形になって戻ってきたのかも」


シオンは木箱を見る。

次に石の縁を見る。

それから二つの白を見る。

灯りがやわらかく揺れる。


「……ここ」

「うん」

「……すわる」

「うん」

「……ふえる」

リオナは思わず笑った。

「そうだね。座れる場所が、増えるのかも」


リオナたちは、朝のうちにその小さな腰掛けを組み立てることにした。

門の内側、石の縁の少し横。

二つの白がよく見えて、でも近づきすぎない位置。


木の板を紐で留め、短い脚を差し込む。

大きくはない。

けれど、一人が少し腰を落ち着けるには十分な大きさだった。


「……ほんとに、すわるやつだ」

リナライが嬉しそうに言う。

「うん」

「しかも、ちゃんとしてる」

「雑貨屋さん、こういうの得意そうだもんね」


その時、門の前に控えめな咳払いが聞こえた。


振り向くと、そこにいたのはやはり雑貨屋の主人だった。

少し気まずそうで、でも前よりずっとまっすぐな顔をしている。


「……勝手に置いていってしまって、すみません」

「やっぱりあなたでしたか」

リオナが笑うと、主人は照れたように頭をかいた。

「ええ。まあ」

「ありがとうございます」

「いや……」

彼は二つの白と、新しく組んだ腰掛けを見る。

「昨日、ベルドに少し相談したんですよ」

「店のこと?」

「ええ。棚の置き方と、品の見せ方を」

主人は少しだけ肩をすくめる。

「そしたら、ついでに言われましてね。“お前、あの白の前に座るやつ増えたって言ってたな。なら座るもん一個くらい足しとけ”と」

そのぶっきらぼうな言い方が、いかにもベルドらしくて、リオナは思わず笑ってしまう。


「ベルドさんらしい」

「ええ。でも、言われてみればそうだなと」

主人は腰掛けを見た。

「石の縁も悪くないけれど、誰でも座りやすいわけじゃない。だったら少しだけ足した方がいい」

リナライが嬉しそうに頷く。

「……やさしい」

主人は少し照れて咳払いする。

「まあ……使えそうなら、ですが」

「すごく使えそうです」

リオナは素直に答えた。

「ありがとうございます」

その言葉に、主人の表情が少しやわらかくなる。


「昨日、ここへ来てみてわかったんです」

彼は二つの白を見る。

「ここは、見に来るだけの場所じゃないんだなと」

「うん」

「なら、見る以外のこともしやすい方がいい」

その発想は、とても自然で、とてもこの場所に合っていた。


シオンは主人を見る。

次に新しい腰掛けを見る。

灯りが揺れる。


「……しらせ」

ぽつりと。

「うん」

主人が少し驚きながら頷く。

「知らせ、みたいなもんですかね」

「……くる」

「え?」

リナライが嬉しそうに笑う。

「……しらせ、来て、これ、来た」

主人は目を瞬かせ、それから少しだけ笑った。

「なるほど」

「そういうことかもしれないですね」


昼前、ミレナが通りかかって、新しい腰掛けを見るなり目を丸くした。


「増えてる」

「うん」

リオナが笑う。

「座る場所」

ミレナは木の質感を見て、すぐに気づいたらしい。

「雑貨屋さん?」

「ええ」

主人が少し照れたように答える。

「少しだけ」

ミレナは二つの白と、石の縁と、新しい腰掛けを見る。

それから、やわらかく笑った。


「なんだか……報せが、家具になって返ってきましたね」

その言い方がおかしくて、皆が少し笑う。

でも、その表現は不思議とぴったりだった。


昨日までここに置かれていた“少し前”の報せたち。

それが今日は、誰かがより座りやすくなる形になって戻ってきたのだ。


リツカもやって来て、新しい腰掛けを見ると、少し驚き、それから嬉しそうに言った。


「これ、すごくいい」

「座ってみる?」

リオナが聞くと、彼女は少し迷ってから頷く。

そっと腰を下ろす。

石の縁より少し高くて、背筋が自然に伸びる。


「……座りやすい」

その一言に、主人が照れたように目をそらした。

「なら、よかった」


サラも昼すぎに立ち寄り、石の縁に座るか新しい腰掛けに座るか少し迷ったあと、今日は腰掛けの方を選んだ。


「……なんか」

「うん?」

リオナが聞く。

「ちゃんと、“ここに来ていい人用”って感じがします」

主人がその言葉に、少しだけ息を止める。

リオナはその横顔を見て、やわらかく笑った。


「それ、いい言い方ですね」

サラは少し照れて笑う。

「そう見えたので」

主人は小さく咳払いしてから言う。

「……そう見えるなら、作った甲斐がありました」


午後、ベルド本人が通りかかった時、新しい腰掛けを見て鼻を鳴らした。


「ちゃんと持ってきたか」

「あなたのせいですよ」

主人が言うと、ベルドは肩をすくめる。

「使えりゃいい」

「使えてます」

リツカが腰掛けに座ったまま言うと、ベルドは少しだけ目を細めた。

「なら、文句ねえ」

それだけなのに、十分だった。


シオンはそのやり取りを見ていた。

白。

座る場所。

来る人。

少し前の報せ。

それが形になって戻ってきた今日。


「……ここ」

「うん」

リナライが答える。

「……すわる」

「うん」

「……ふえる」

「うん」

少し間があく。

「……やさしい」

リオナは静かに頷いた。

「そうだね。やさしさって、こういうふうにも増えるんだね」


夕方、二つの白の前には石の縁と、新しい木の腰掛けが並んでいた。

大きな変化ではない。

でも、その小さな増え方が、この場所にはよく似合っていた。


リオナは水差しを片づけながら思う。

ここは、ただ人の気持ちを受け取る場所ではない。

受け取ったものが少しずつ村の中を巡って、また別のやさしさとなって返ってくる場所になり始めているのだ。


リナライは二つの白と、その前の二つの座る場所を見て、ぽつりと言う。


「……ここ、ちょっとずつ、ふえてる」

「うん」

「……しろ、ふたつ」

「座るとこ、ふたつ」

「……しらせ、きて」

「うん」

「……やさしいも、ふえる」

その言葉に、リオナはやわらかく笑った。

「そうだね」

「それ、たぶんすごくいいことだ」


シオンは二つの白と、その前に増えた小さな場所を見る。

灯りが穏やかに揺れる。


「……しらせ」

少し間があく。

「……くる」

さらに、

「……ふえる」

そして最後に、

「……ここ」


夕方の風が、二つの白のあいだと、新しく置かれた木の腰掛けを静かに撫でていく。

その光景を見ながら、リオナは胸の中でそっと思う。

ここに置かれた小さな明るさは、人の足を動かすだけではない。

その先で、場所そのものを少しずつやさしく変えていくのだと。

今回は、白の前に置かれた小さな報せが、思いがけず“形あるやさしさ”になって返ってくる回でした。

雑貨屋の主人が持ってきた小さな腰掛けは、ただの道具ではなく、この場所で座る人の時間を少し楽にするための、静かな支えだったように思います。

報せが誰かの足を動かし、その足が今度は別の誰かの居心地を良くするものを運んでくる。

その循環が見えたことは、とても大きかったです。


また、「報せが家具になって返ってきた」というミレナの言葉も、この回をよく表していました。

ここに置かれたものは消えず、巡り、形を変えて、またやさしさとして戻ってくる。

それは、この庭が村の中でただの不思議な場所ではなく、少しずつ暮らしを支える場所になり始めている証なのかもしれません。


そしてシオンは、「しらせ」「くる」「ふえる」と、そのやさしさの広がりそのものを感じ取り始めています。

次は、この“増えたやさしさ”が、また別の時間や、別の人の過ごし方を変えていくのかもしれません。

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