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夢紡ぎの街 ―感情と日常の異世界スローライフ―  作者: たむ


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第2章 第126話:しろのとなりに生まれる気配

同じように咲いている日々の中にも、次の変化は静かに混じり始めている。

花びらの開き方。

葉の傾き。

そして、これまで何もなかった場所に、ふと生まれる小さなふくらみ。

それはまだ“何か”と呼ぶには早すぎる気配かもしれない。

けれど、毎日見ている者の目には、そういう予感ほどはっきり映ることがある。

この日、線のそばの白は、“今日もいる”その隣で、また別の先を静かに育て始めていた。

朝のここは、昨日とよく似ていた。


白い花は、今日も静かに咲いている。

花弁の広がりは穏やかで、昨日よりほんの少しだけ影が深い。

根元には、乾きかけた白い花びら。

小さな水差し。

麻紐の線。

そのどれもが、見慣れた並びになりつつあった。


リオナは水差しを手に取る前に、いつものように花を見た。

そして次に、葉のあいだを何気なく見て――ほんの少しだけ目を細める。


「……あれ」

「……なに?」

リナライがすぐに反応する。


リオナは白い花のすぐ脇、茎の付け根のあたりを指した。


「気のせいかもしれないけど……小さいの、ある」

リナライがしゃがみ込む。

顔を近づけて、じっと見る。


「……ちいさい」

「だよね」

「……これ、なに?」

「たぶん、まだ“なに”とも言いにくいけど」

リオナは少し笑う。

「次のつぼみかもしれない」


その一言に、庭の空気がほんの少しだけ変わる。


いま咲いている白のそばに、次の白の気配。

それは大きな変化ではない。

でも、毎日この場所を見てきた者には十分すぎるほどの出来事だった。


シオンもまた、その小さなふくらみを見つめている。

灯りが細く揺れ、白い花から、その脇へと視線が移る。


「……しろ」

ぽつりと呟く。

「うん」

リナライが答える。

「……でも、まだ、はなじゃない」

「うん。まだだね」

リオナも頷く。

「でも、前にもこういう“まだ”があった」


シオンの灯りが、わずかに強くなる。

“まだ”の先に、ひらいた白が来たことを、彼はもう知っている。

だから今、この小さな気配はただの曖昧さではなく、“先へ続くもの”として見えているのかもしれなかった。


「……さき」

かすかにシオンが言う。

「うん」

リナライがやさしく頷く。

「また、さき」


朝のうちに最初に来たのは、ハルだった。

彼は門の前で白い花を見て、次にリオナたちの視線の先を追い、少しだけ目を見開く。


「……もう次?」

「たぶんね」

リオナが答える。

「まだ小さいけど」

ハルはしばらく黙って見ていたが、やがて静かに言った。


「終わったあとじゃないんだ」

「うん?」

「ひとつ咲いて、それで終わりじゃなくて、横でもう次の準備してるんだなって」

その言い方に、リオナは感心する。

「たしかにそうかも」

「……なんか、いい」

「いい?」

「うん。ちゃんと続いてる感じがする」


その“続いてる感じ”という言葉は、今のここにとてもよく似合った。

咲いた白が、今日もそこにいる。

その隣で、次の白がまだ小さく息をひそめている。

終わりではなく、続きが生まれている朝だった。


ノルが来たのはその少しあとだった。

彼は門の前でしゃがみ込むと、すぐにその小さなふくらみに気づいたらしい。


「増えた!」

「まだ増えたってほどじゃないよ」

リオナが笑う。

「でも、増える前だろ?」

「まあ、そうだね」

「じゃあ増えたのと同じ」

その理屈は少し乱暴だが、気持ちはよくわかった。


ノルは白い花と、その隣の小さなふくらみを見比べながら言う。


「これ、なんか……兄弟みたい」

「兄弟?」

リナライが目を瞬かせる。

「うん。こっちはもう咲いてて、こっちはこれから、みたいな」

その言い方が妙にかわいくて、リオナは思わず笑ってしまう。


「たしかに、そう見えなくもないな」

「だろ」

ノルは得意そうに頷いた。


シオンは“兄弟”という言葉の意味まではわからないかもしれない。

けれど、ふたつ並んでいる白の気配をじっと見つめていた。

違う。

でも、つながっている。

その感じは、彼の中でも少しずつ輪郭を持ち始めているようだった。


「……しろ」

次に、小さく。

「……ふたつ」

リナライが顔を上げる。

「……いま、ふたつ?」

シオンの灯りが揺れる。

「……ふたつ」

リオナは胸の奥が静かに熱くなるのを感じた。


「うん」

「白、ふたつだね」

咲いた白と、まだ白になりきっていない小さな気配。

それでもシオンには、もう“ふたつ”として見えているのだ。


昼前、ミレナが来た時には、陽の光が少し強くなっていた。

白い花の影が葉の上に落ち、その脇の小さなふくらみも、朝より少しだけ見つけやすくなっている。


「……あら」

彼女は目を細めた。

「今日は、隣にいますね」

「隣?」

リナライが聞く。

「ええ。咲いた白の、隣に次の白が」

ミレナは少し嬉しそうに笑う。

「昨日までは“今日もいる白”だったのに、今日は“ひとりじゃない白”みたい」

その言い方に、リオナは静かに頷いた。


たしかにそうだった。

続いているだけではなく、並び始めている。

今あるものと、次に来るものが同じ場所にいる。

それは、昨日とはまた違う安心だった。


エマは昼の光の中でその小さなふくらみを見つけると、低く息を吐いた。


「余白が増えましたね」

「余白?」

リオナが聞くと、彼女は頷く。

「ひとつで完成していた形のそばに、次の線が入ると、見え方が広がるんです」

その表現は少し難しかったが、どこかしっくりもした。


「……できあがってるのに、まだひろがる」

リナライがぽつりと言う。

「うん」

リオナも頷く。

「そういうことなのかも」


午後、リツカが来た時には、白い花のそばの小さなふくらみを見て、しばらく何も言わなかった。

それから、ほんの少しだけ笑う。


「よかった」

「何が?」

リオナが聞くと、彼女は白い花から目を離さずに答える。


「……今日もここが、明日のことを持ってる」

その言葉に、庭の空気が静かに深くなる。


昨日は、今日もいる白が彼女の安心だった。

でも今日は、その白の隣に“明日の気配”がある。

それが、彼女には何より大きく見えたのだろう。


シオンはその言葉を聞きながら、白い花と、その隣の小さなふくらみを交互に見ていた。

そして、ぽつりと呟く。


「……きょう」

少し間があく。

「……さき」

その並びに、リオナは静かに頷く。


「うん」

「今日があって、その隣に先があるんだね」


午後の終わりごろ、老婦人が立ち寄った時には、もう門の前で止まる人たちの視線も自然と二つの白へ分かれていた。

咲いた白。

その隣の、まだ小さな白。


「欲張りな庭だねえ」

老婦人が笑う。

「え?」

リナライが首をかしげる。

「だって、ひとつ咲いて安心させておいて、もう次を見せてくるんだから」

その言い方がおかしくて、リオナも笑ってしまう。

「たしかに」

「でも、そういう方がいい」

老婦人は穏やかに続けた。

「終わりだけ見えるより、次も見える方が、人は楽だからねえ」


その言葉に、リツカが静かに頷いていたのを、リオナは見逃さなかった。


夕方、白い花は今日もやわらかな影をまとっていた。

その隣の小さな気配は、朝より少しだけ見つけやすくなっている。

気のせいかもしれない。

でも、そう思いたくなるくらいには、ちゃんとそこに在った。


リナライはシオンの隣にしゃがみ込み、白をふたつ見つめながら言う。


「……おなじ、じゃないね」

「うん」

リオナが答える。

「“いる”白と、“くる”白」

「……いる、くる」

シオンが小さく繰り返す。


その言葉が、今日のここをきれいに言い表していた。


すでにここに在るもの。

これからここへ来るもの。

同じ場所に、その両方が並び始めている。


白い花の根元には、今日もシオンの花びらがそっと添えられていた。

その白の隣で、次の白もまだ小さく息をしている。

変わること。

続くこと。

終わらないこと。

その全部が、線のそばで静かに育っていた。

今回は、咲いた白の隣に“次の気配”が見え始める回でした。

ひとつが咲いて終わりではなく、その隣でまた別の白が静かに準備を始めている。

それは、この庭が“ひらく”だけではなく、“続いていく”場所になっていることを、よりはっきり見せてくれたように思います。


ハルの「続いてる感じ」、ノルの「兄弟みたい」、ミレナの「ひとりじゃない白」、リツカの「明日のことを持ってる」、老婦人の「次も見える方が楽」。

どれも違う言葉ですが、同じ小さな気配を、それぞれの暮らしや気持ちに引き寄せて受け取っているのが印象的でした。


また、シオンは「ふたつ」「いる」「くる」と、ひとつの白の先にあるもうひとつの白を言葉として捉え始めました。

今日だけではない時間、今だけではない場所のつながりに、少しずつ触れ始めているのだと思います。

次は、この“くる白”がどう育っていくのか、そして“いる白”がどんなふうに毎日に残り続けるのか。

静かな庭の時間は、まだやわらかく先へ続いていきます。

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