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夢紡ぎの街 ―感情と日常の異世界スローライフ―  作者: たむ


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第1章 第16話:観測庁への招待 ― 記憶座標の儀

異世界に来てからしばらく経ち、穏やかな日々の中で“観測士”としての力を少しずつ自覚し始めたリオナ。

そんな彼のもとへ届いたのは、「観測庁」からの正式な招待状だった。

それはこの世界で“時の流れ”と“記憶の座標”を司る存在たちが集う、特別な場所だった。

朝の光が静かに差し込む。

リオナはいつものように、家の裏手に広がる小さな水庭を整えていた。

睡蓮の花が一輪だけ咲き、薄い光の粒を周囲に散らしている。

光が触れるたびに、水面が淡く揺れ、彼の掌の上で小さな波紋が踊った。


そのとき、家の扉を叩く音がした。

リオナが振り向くと、そこには淡い灰色のローブを纏った若い女性が立っていた。

長い髪の間から見える銀の飾りが、朝日を反射してきらめく。


「おはようございます。リオナ・エリン様ですね」

「ええ。あなたは?」

「私は観測庁の使いです。“記憶座標の儀”への参加が正式に承認されました。庁長より直々の要請です。」


その名を聞いて、リオナの心がわずかに波打った。

“観測庁”——彼がこの世界に来てから耳にしていた、最も謎に包まれた組織。

世界中に散る時間の断片や記憶の流れを記録・維持し、世界の均衡を見守る存在。

そして“記憶座標の儀”とは、その観測士が正式に登録されるための古い儀式だという。


「分かりました。準備を整えます。」


彼は水庭の方へ一礼し、少しだけ息を整える。

観測とは、“ただ見ること”ではない。

世界の光と影の輪郭を心で感じ、そこに流れる記憶を掬い上げる行為。

これまでの静かな日常で身につけた感覚が、今まさに新たな段階に進もうとしていた。


――――


昼過ぎ、観測庁への道のりは街の北に続く丘陵地帯を越えた先にあった。

高く聳える塔が幾つも並び、空気は澄み、どこか現実とは違う透明感を持っていた。

地上には水晶のような装置が並び、風が吹くたび淡い光の線が空へと伸びていく。


案内人の女性が静かに言った。

「ここが“時の観測庁”。世界の過去と現在、そして記憶の残滓が集う場所です。」


建物の中に入ると、円形の大広間に無数の光球が浮かんでいた。

それぞれが誰かの“記憶”であり、“時間の断片”だという。

彼が近づくと、いくつかの光球が淡く反応し、ゆらりと揺れた。

まるで彼の中にある記憶の共鳴を感じ取ったかのように。


「リオナ・エリン。あなたの能力、“残響視”は極めて珍しい。」

声をかけたのは庁長と思しき老人だった。

深い青の外套を纏い、瞳には星のような光が宿っている。

「あなたが視る“光の軌跡”は、この世界に記録されぬ記憶を読み取る力。まさに観測士の素質そのものです。」


リオナは静かに頷いた。

「……でも、私はただ、日常の中で小さな変化を見つけているだけなんです。

花が咲く瞬間や、人の笑顔が生まれる瞬間を。」


「それでいい。」

庁長は微笑んだ。

「観測とは、戦いや奇跡ではなく、“日常の波紋”を拾い上げることなのです。

あなたの目が向ける先が、この世界を支えている。」


そう言って彼は杖を掲げ、空間に小さな光の円を描く。

それが徐々に広がり、床の模様と共鳴して輝き出す。

「“記憶座標の儀”を始めよう。」


――――


リオナは円の中心に立った。

足元には無数の光が流れ、過去の映像が淡く浮かび上がる。

街の人々、花畑、風、笑い声――それは彼がこの世界で見てきた断片たち。

一つひとつが波紋となって空間を満たし、ゆっくりと彼の胸へと吸い込まれていく。


(これは……僕の見てきた世界そのもの……)


その瞬間、彼の意識は光の中に包まれた。

思考が深く沈み、耳元で風と光のさざめきが混ざり合う。

そして、静かな声が聞こえた。


「――おかえりなさい、観測士。」


視界が戻ると、足元の円が穏やかに収束していた。

庁長が頷き、光球の一つが彼の前に浮かび上がる。

それは薄い金色の光を放ち、リオナの掌にふわりと触れる。


「これはあなたの“記憶座標”。この世界で観測したすべての記録が、ここに蓄積されていく。

あなたが見つめるすべての“日常”が、未来の地図を描くのです。」


リオナはその言葉を胸に刻み、光を見つめた。

自分の生き方がこの世界に意味を持ち始めたような、不思議な感覚があった。


――そして、その夜。

丘を下る帰り道、夜空には淡い光の帯が広がっていた。

彼が見た世界の記録が、空のどこかに刻まれているように感じられた。

風が頬を撫で、星々が瞬く。

リオナは深呼吸し、静かに笑った。


「……観測するって、きっとこういうことなんだな。」

リオナは正式に観測庁の一員となり、世界の“記憶”を観測する役目を得た。

彼の力「残響視」は、過去の残滓と未来の気配を繋ぎ、

やがてこの世界に眠る“真の構造”を明らかにしていくことになる。


だが今はまだ、日常の中の小さな光を拾い上げる――それが、彼の観測のすべてだった。

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