第1章 第13話:共鳴の観測者と光の揺らぎ
花を甦らせた“光の力”の噂は、街の学者たちの耳にも届いた。
静かな暮らしを続けていたリオナのもとに訪れたのは、魔導学の研究者――「観測者」と呼ばれる青年。
それは、リオナの力の本質を照らし出す最初の出会いとなる。
翌朝。
リオナがいつものように庭のパン窯に火を入れていると、門の前に一人の青年が立っていた。
淡い灰色の外套をまとい、肩には魔導計測器のような円盤状の装置を下げている。
目つきは鋭くもどこか穏やかで、まるで常に何かを“観察”しているようだった。
「……あなたが、リオナ殿ですね」
「はい、そうですが……?」
青年は深く頭を下げた。
「私はクローディス。王立魔導研究院から参りました。“共鳴現象”の観測を行っております」
リオナは少し驚いた。
研究院――この街では滅多に関わることのない、高位の学術機関だ。
クローディスは穏やかに微笑むと、腰に下げた装置を軽く持ち上げた。
「数日前、丘の上の屋敷で“光の再生現象”が起きたと聞きました。現場に残された魔力痕を調べたところ……通常の魔法反応とは異なる、特殊な波動が検出されたのです。
もしよければ、その力を少し観測させていただけませんか?」
「観測……?」
「はい。あなたの力が、どのような原理で“存在”に影響を与えるのか。私たちはそれを“共鳴現象”と呼んでいます」
◆
リオナはしばらく考えたのち、うなずいた。
「僕の力が、誰かの役に立つなら」
二人は庭に出た。
クローディスは計測器を石畳の上に置き、複数の小さな水晶片を並べた。
水晶は淡い青色に光り、空気の流れを可視化するかのように揺らめいている。
「では、何か小さな物に“光”を感じてみてください」
リオナは手を伸ばし、足元に咲く小さな白花に触れた。
ふ、と空気が波立つ。
周囲の風が静まり、光がひと筋――指先から花へと移る。
花弁が淡く輝き、透明な光の膜が広がった。
クローディスの計測器が音を立てた。
「……すごい。魔力波ではない。もっと根源的な“存在の律”に近い」
リオナは少し戸惑いながら問う。
「つまり……どういうことですか?」
「普通の魔法は“力を与える”ものですが、あなたの力は“存在の記憶”を呼び起こしている。
この世界のあらゆるものには、“あったという痕跡”が残る。それに触れ、共鳴させることで、光として再現しているようです」
「存在の……記憶」
リオナは呟いた。
確かに、自分の力が働く瞬間には、過去の映像のような“温もり”を感じる。
花々や果実、人の笑顔――それらは、ただ光を作るのではなく、“そこにあった心”を映していたのだ。
クローディスは真剣な目でリオナを見る。
「あなたの力は、過去と現在を“繋ぐ”力かもしれません。
だが同時に――この力が暴走すれば、“忘れられるべきもの”まで呼び戻してしまう危険があります」
リオナは小さく息をのんだ。
「……そんなことが?」
「ええ。共鳴は常に双方向です。あなたが光を与えれば、過去の残響もまた、あなたを見つめ返す。
それが、あなた自身の心を侵す可能性がある」
その言葉に、リオナの胸がざわついた。
“光の力”は、人を癒すためのものだと信じていた。
けれど、それが同時に“過去の影”を呼ぶ危うさを孕んでいるとは思いもしなかった。
クローディスは静かに付け加えた。
「あなたが悪いわけではありません。むしろ、我々には理解できないほど純粋な力です。
だからこそ、もし今後もこの街で活動を続けるなら――どうか、私に観測を続けさせてください。
あなたの光がどこへ向かうのか、それを共に見届けたい」
リオナは一瞬考え、そして頷いた。
「分かりました。僕も、この力を知りたいんです。
どうして、僕だけがこの“共鳴”を感じ取れるのかを」
クローディスは満足げに微笑んだ。
「ありがとうございます。リオナ殿。あなたのような人に会えたことを、誇りに思います」
観測が終わる頃、夕暮れが訪れていた。
クローディスは帰り際、ふと空を見上げながら言った。
「空の彼方に、“光の記録層”と呼ばれる場所があるのをご存じですか?
過去の全ての存在が、わずかな痕跡として蓄えられる場所――
もしかしたら、あなたの力はそこから流れ出しているのかもしれません」
リオナはその言葉を胸に刻んだ。
“記録層”――存在の記憶が集まる場所。
もしそこへ行けたなら、失われたものたちの本当の“想い”に触れられるのだろうか。
沈む夕陽が二人を照らす。
光の粒が漂い、風が穏やかに流れていく。
その揺らぎの中で、リオナは自分の力が新たな段階へ進み始めていることを感じていた。
「共鳴の観測者」クローディスとの出会いは、リオナにとって大きな転機となった。
彼の言葉は、リオナの中に“この力の源を知りたい”という探究心を芽生えさせる。
リオナの庭に夜の訪問者が現れる。
その者は、かつて光を失った存在であり、“共鳴”によって再び形を得た“影”だった。




