第2章 第68話:揺らぐ信頼 ― 村に広がる不安の声
ナリが笑った日。
子どもたちは少しだけ距離を縮めた。
だが村は一つではない。
見守る者。
受け入れようとする者。
そして――恐れる者。
夜、村の集まりが開かれる。
集会所。
灯りがいくつも吊られ、
大人たちが円を描くように座っている。
ざわめきは低いが重い。
リナライはリオナの隣に座る。
ナリは外で待っている。
「……りおな……
ナリ……
ひとり……」
「大丈夫。
あなたの光が届いているわ」
だが胸は落ち着かない。
■ 不安の声
村長がゆっくり口を開く。
「川の裂け目は閉じた。
だが、影が一体残った」
静かなざわめき。
「危険はないと言うが、
本当に保証できるのか?」
別の男が言う。
「子どもたちが近づいている。
何か起きてからでは遅い」
女性の声。
「昨日、笑ったように見えた。
でも、それが何を意味するの?」
不安は、
敵意ではない。
理解できないことへの恐れ。
リナライの胸がきゅっと締まる。
(……わたしも……
はじめは……
こわかった……)
■ リオナの説明
リオナが立ち上がる。
「ナリは名を持っています。
固定され、こちら側に存在している」
「名?」
ざわめきが広がる。
「名は錨。
境界を越えて暴走することはありません」
村長が問う。
「それはあなたの責任か?」
「ええ」
迷いのない答え。
だが、
それだけでは足りない。
■ リナライの声
リナライは立ち上がる。
膝が震える。
「……ナリ……
こわくない……」
視線が集まる。
「……ナリ……
さびしかった……
わたし……みたい……」
ざわめきが止まる。
「……わたし……
むかし……
なまえ……なかった……」
村人の何人かが息を呑む。
「……なまえ……もらって……
ここに……いられた……」
胸の名の核が、
静かに光る。
「……ナリも……
ここで……
えらんだ……」
“選んだ”。
その言葉が、
場の空気を変える。
■ 分かれる意見
「だが影だ」
低い声が響く。
「境界の存在だろう?」
別の者が言う。
「けれど、襲ったか?
誰か傷つけたか?」
沈黙。
「……今は、な」
疑念は消えない。
だが、
完全な拒絶でもない。
村長がゆっくり言う。
「猶予を設けよう」
全員が顔を上げる。
「一定の期間、様子を見る。
異変があれば、即座に対処する」
それは、
完全な受け入れではない。
だが、
排除でもない。
■ 外で待つ影
集会が終わる。
リナライは急いで外へ出る。
ナリは、
集会所の壁際に立っている。
揺れていない。
逃げていない。
ただ待っている。
「……ナリ……
まってた……?」
ナリが小さく揺れる。
リナライの胸が温かくなる。
「……まだ……
ここに……いられる……」
ナリは、
ゆっくりと近づく。
二つの影が重なる。
■ それでも消えないもの
だが遠くで、
まだ視線がある。
完全な信頼ではない。
猶予。
試される時間。
リナライはナリを見る。
「……ゆっくり……
いこう……」
ナリが小さく頷く。
それは、
恐れではなく、
受け入れようとする強さ。
村は完全には受け入れていない。
だが、排除もしなかった。
それは小さな前進。
共存とは、
全員が同時に頷くことではない。
時間をかけて、
少しずつ重なること。
だが境界の揺らぎは、
まだ終わっていない。




