第2章 第61話:揺らぐ水庭 ― 境界が薄くなる日
名を呼ばれた翌日。
リナライは平静を装いながらも、
胸の奥で何かを感じていた。
そしてそれは――
彼女だけの感覚ではなかった。
朝。
広場に集まった子どもたちが、
いつもと違う話題で騒いでいた。
「なあ、昨日の川、見たか?」
「水がちょっと変だったよな?」
「光ってたって本当?」
リナライは足を止める。
「……ひかり……?」
ミルが近づく。
「ねえリナライ、昨日の夜さ、
川の水が少し揺れてたんだって」
トオマも頷く。
「オレの父さんが言ってた。
風もないのに波が立ったって」
ユルクが小さく言う。
「……祭りの後だからかな」
リナライの胸がどくん、と鳴る。
(……わたし……だけじゃない……)
■ 川辺の異変
昼過ぎ。
リオナはリナライを連れ、
静かに水庭へ向かった。
「確かめましょう」
川は穏やかだ。
だが、
水面の下にわずかな揺らぎがある。
光ではない。
“歪み”のようなもの。
「……りおな……
みえる……?」
「ええ。
境界が薄くなっているわ」
リナライは問い返す。
「……きょうかい……?」
「この川はね、
こちらとあちらを分ける場所」
リナライは胸を押さえる。
「……あちら……
ゆめ……と……
つながる……?」
リオナはゆっくり頷いた。
「おそらく」
■ 村人の不安
その日の夕方。
村の大人たちが
川辺に集まっていた。
「水の色が少し濁っている」
「魚が浅瀬に集まりすぎている」
「祭りの影響か?」
ざわめきが広がる。
リナライはその声を聞きながら、
胸の奥の鼓動を感じていた。
(……わたし……
なにか……
ひらいた……?)
名の核が、
静かに震える。
自分の存在と、
川の異変が
どこかで結びついている気がする。
「……りおな……
わたし……
わるい……?」
リオナははっきりと首を振った。
「違う。
あなたは“きっかけ”かもしれない。
でも原因ではない」
「……ちがい……?」
「境界は、
いつか必ず揺らぐもの」
リナライはその言葉を胸に落とす。
■ もう一つの影
夜。
リナライは再び川を見つめる。
今度はひとりではない。
リオナが隣にいる。
水面が、
かすかに揺れる。
そして――
川の中央に、
一瞬だけ黒い影が立った。
人の形。
しかし、輪郭が曖昧。
「……!」
リナライの胸が強く反応する。
どくん。
影はゆらりと揺れ、
水に溶けるように消えた。
村人たちは気づかない。
だがリオナは見ていた。
「……始まったわね」
リナライは震える声で言う。
「……あれ……
わたし……?」
「いいえ」
リオナは静かに答える。
「あなたとは“別の影”」
その言葉は重い。
別の影。
名のない存在。
境界の向こうから
滲み出るもの。
■ 選ばれた理由
リナライは胸を押さえながら言う。
「……どうして……
わたし……
よばれた……?」
リオナは空を見上げた。
「あなたが名を持ったから」
「……なまえ……?」
「名は“錨”よ。
こちらに繋ぎ止める力」
リナライは理解する。
自分は
境界の両側を知っている存在。
影だった過去。
名を持つ現在。
「……わたし……
つなぐ……?」
リオナは微笑む。
「その可能性はある」
その言葉は、
恐怖ではなく使命の響きを持っていた。
■ 境界が薄くなる日
その夜。
村の灯りが消えたあとも、
川面の揺らぎは続いた。
小さな波紋が広がり、
静かに、しかし確実に
境界が薄くなっている。
リナライは胸に手を当てる。
「……わたし……
こわい……
でも……
にげない……」
リオナは頷いた。
「あなたはもう、
ただの影ではない」
風が吹く。
水面が揺れる。
そして遠くで、
再び微かな声が響く。
――リナライ。
今度は、
はっきりと“二重”に重なっていた。
一つは自分。
もう一つは――
境界の向こう。
水庭の境界が揺らぎ始めた。
村にも、
小さな異変が広がる。
リナライは
ただの観測者ではない。
彼女は
“繋ぐ存在”になりつつある。




