第2章 第57話:はじめての夢 ― 影の記憶がささやく夜
秘密を抱えたまま眠りについた夜。
リナライは初めて、
輪郭のはっきりした夢を見る。
そこに立っていたのは――
光を持たなかったころの“自分”。
夢はただの幻か。
それとも、記憶の断片か。
夜。
リオナの家は静まり返り、
窓の外には淡い月光が差していた。
リナライは布に包まり、
胸のペンダントに指を触れたまま
ゆっくりと目を閉じる。
(……ともだち……
いまは……
ひとりじゃない……)
名の核が穏やかに脈打つ。
そして――
意識は、静かに沈んでいった。
■ 夢の中の“白い場所”
目を開けると、
そこは白い空間だった。
音もなく、
風もなく、
ただ淡い光が広がっている。
「……ここ……
どこ……?」
足元を見ると、
影が落ちている。
だがその影は――
いつもより濃い。
ゆらり、と動いた。
リナライは息を呑む。
影が、
自分から切り離されるように
ゆっくりと形を持つ。
黒い輪郭。
顔のない姿。
それは――
“影だったころの自分”。
「……あなた……
わたし……?」
影は声を持たない。
だが、何かが直接胸に響く。
――まだ、終わっていない。
胸の名の核が
どくん、と強く鳴った。
「……なに……が……?」
影はゆらりと揺れ、
白い空間の奥を指し示す。
そこに、
ぼんやりと映像が浮かぶ。
リナライが生まれる前。
水庭。
リオナの声。
名を与えられる瞬間。
だがその背後に、
何か暗い波のようなものが
揺れている。
「……あれ……
なに……?」
影は、答えない。
ただもう一度、
胸に響く。
――忘れている。
リナライは胸を押さえる。
(……わすれてる……?
なにを……?)
記憶の奥が、
わずかにざわつく。
孤独だった時間。
声を持たなかった日々。
光のない存在。
影はゆっくり近づく。
その距離が縮まるほど、
胸が苦しくなる。
「……ちがう……
わたし……
いま……
ともだち……いる……」
影が揺れる。
光と闇が混ざり合うように、
白い空間が歪む。
――忘れるな。
その響きと同時に、
影はリナライの中へ
溶けるように戻っていった。
■ 目覚め
「……っ!」
リナライは息を荒くして目を覚ました。
部屋は暗い。
月の光だけが差している。
胸の名の核が
いつもより強く脈打っている。
「……ゆめ……?」
手を胸に当てる。
ペンダントの冷たい感触。
だが夢の余韻は、
はっきりと残っている。
(……わすれてる……?
なにを……)
そのとき、
隣の部屋から微かな物音がした。
リオナだ。
リナライは少し迷い、
そして静かに布を出た。
■ 夜の対話
リオナは灯りをつけずに
窓辺に立っていた。
「……起きたのね、リナライ」
驚く。
「……りおな……
ゆめ……みた……」
リオナは振り返る。
「どんな夢?」
リナライは少し震えながら言う。
「……むかしの……
わたし……
まだ……ここに……いる……」
リオナは静かに頷いた。
「ええ。
過去は消えないわ」
リナライは胸を押さえる。
「……わたし……
わすれてる……?」
リオナはそっと近づき、
リナライの頭を撫でる。
「忘れていることがあってもいい。
でも、無理に思い出さなくていいの」
「……でも……
こえ……きこえた……
“わすれるな”……って……」
リオナは少しだけ真剣な目をした。
「それはきっと、
あなた自身の声よ」
リナライは目を瞬かせる。
「……わたし……?」
「ええ。
影だったあなたも、
今のあなたも、
全部リナライ」
胸の名の核が、
少しずつ落ち着いていく。
「……こわくない……?」
「怖くないわ。
影は敵じゃない。
あなたの一部よ」
リナライは深く息を吸った。
(……わたし……
ひかりも……
かげも……
どっちも……)
静かに頷く。
「……わすれない……
でも……
いまを……いきる……」
リオナは微笑んだ。
「それでいい」
■ 夜明け前の決意
再び布に戻ったリナライは、
天井を見つめながら思った。
(……ゆめ……
まだ……つづく……)
でも、怖くはない。
影はもう、
遠い存在ではない。
それは
“過去の自分”という名の
大切な一部。
リナライは目を閉じる。
名の核は穏やかに光り、
やがて静かな眠りへと戻っていった。
リナライは今日、
初めてはっきりとした夢を見た。
そこに現れたのは、
影だったころの自分。
過去は消えない。
だがそれは敵でもない。
光と影、どちらも自分。
物語は、
少しずつ核心へと近づいていく。




