第1章 第1話:目覚めの朝
世界には、まだ人間の知らない“日常”がある。
木々のざわめき、風に舞う花びら、朝焼けに輝く露――そのすべてが、ただ美しいだけではなく、意味を持ち、価値を持ち、時には社会そのものを動かす。
この物語は、そんな異世界での静かな冒険の記録である。戦いや剣ではなく、知恵と発想、夢と感情の日常によって紡がれる物語。
今日から始まるのは、一人の青年がこの世界で目覚め、少しずつ「夢紡ぎ」として生きる物語の第一歩である。
リオナ・カイトは、薄暗い光に包まれた部屋で目を覚ました。目を開けると、見知らぬ天井――木の梁がむき出しの古びた民家のような空間――が広がっていた。窓から差し込む光は柔らかく、カーテン越しに揺れ、床に淡い影を落としている。空気はひんやりとしているが、どこか懐かしい香りが漂っていた。木の香り、湿った土の匂い、そして微かに甘い草花の香り。
「……ここは……?」
リオナは首をかしげる。昨日まで自分は自室で目覚め、ノートパソコンに向かっていたはずだ。机の上には半分飲みかけのコーヒーカップと、書きかけのノートが置かれていた。だが今、目の前にあるのは、現実とは全く異なる世界だった。漆喰の壁、厚い木の板の床、外には緑豊かな森と小さな村の屋根が散在する。
テーブルの上には、紙切れが置かれていた。見知らぬ文字で書かれているが、なぜかリオナの頭には自然に日本語として翻訳される。
「目覚めた者よ。ここはあなたの新しい日常の始まり。恐れず、歩みを進めよ。」
リオナは考える。夢か、現実か――判断がつかない。頭が混乱する中、しかし一つだけ直感的に理解したことがある。ここで逃げるべきではない。
彼はゆっくり立ち上がり、窓の外を眺める。村の人々の足音、話し声、笑い声――そのすべてが色となって視界に浮かんでいる。喜びは金色に輝き、哀しみは青、怒りは赤く、楽しさは虹色に揺れる。
「感情が……色として見える?」
思わずつぶやくリオナ。子供が転んで泣くと、青い光が空に舞い上がり、大人たちが駆け寄ると光は微かに変化して消えていった。街の中で、人々の感情が直接目に見える形で存在している。リオナは息を呑む。
さらに、自分の力――夢を現実化する能力――を少しずつ思い出す。最初は小さな家具や庭の花程度しか作れなかったが、ここでなら、日常を少しずつ豊かにできるかもしれない。
心を決め、リオナは外に出る。木造の扉を押すと、森の香りと朝の光が体を包んだ。屋台の並ぶ街路には、焼きたてのパンや香草の香りが漂い、人々の色彩が街全体を生き生きと照らしている。
「まずは……朝食だな」
リオナは小さな屋台でパンを一つ手に取り、口に運ぶ。甘く、ふわふわとした食感が口の中で溶けると、周囲の人々の色がわずかに明るくなるのが見えた。自分の行動で、街や人々の生活に影響を与えられる――そんなことが、静かに彼の胸を高鳴らせる。
異世界での生活は、未知であり、奇妙であり、そして楽しみに満ちていた。戦いや冒険ではなく、日常の中で世界を少しずつ変える力。リオナはそれを胸に、第一歩を踏み出した。
新しい世界、新しい生活――それは恐怖よりも、好奇心の方が勝る冒険だった。
リオナ・カイトの目の前には、未知の日常と小さな奇跡が広がっている。人々の感情が色となり、街の空気に溶け込む中、彼の力はまだ小さくとも、確かにこの世界に存在していた。
明日はどんな出来事が待っているのか、どんな夢が現実となるのか――それは、まだ誰にもわからない。だが確かなことは一つ。この異世界での日々は、静かに、そして確実に紡がれていくということだった。




