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95話 南ヌビア戦役、無血の勝利

ナイル西岸の乾いた大地に、茜が率いる部隊とエジプト王国第三軍団が整然と展開した。陽光を浴びて輝く青銅の槍列が、まるで鏡のように砂丘の波を映し出す。


最前線にはガルナードが率いる歩兵陣。中央には茜直轄の重装のポプリタイ1000名が盾を並べ、まるで城壁のように動かず構える。その背後、第一線中央のすぐ後ろには予備部隊として鉄斧歩兵300が控え、両翼にはエジプト第三軍団から編入された中装槍兵が1000ずつ布陣。合わせて3300の歩兵が、秩序よく並び立っていた。


第二線には、リュシア率いる弓兵隊が整列している。複合弓を携えた600の茜直轄の部隊と、第三軍団の軽弓兵800。計1400の射手たちが、砂丘の稜線を背に静かに矢を番えている。


さらにその第二線右翼には、アルタイが率いる騎兵700。重装のヘタイロイ400と、タランティン軽騎兵300。この時代としては圧倒的な機動力を持つ戦力が控える。


そして後方には茜の司令部。茜の親衛隊ともいえるスパルタのポプリタイが守る陣には、アス―医療隊、祭詠巫女隊が控え、戦場の最奥にはトーションカタパルト12台、さらに第三軍団から派遣された戦車50台が総予備として整然と待機していた。


茜は、自らの眼前に揃った戦列を遠望しながら呟く。


「よし、これで陣形は整ったかな。あとは…相手がどう動くかだよね…」


彼女はエンへドゥアンナとバトラー将軍を伴い、古代の戦い特有の、戦う前の話し合いのため白い砂の上をゆっくりと前線に向かおうとしていた。


「交渉の余地があるなら、少しでも血を流さずに済む方法を探したいんだけど――」


しかし、敵軍は止まらなかった。遠方の砂煙が次第に大きくなり、鬨の声が重なる。槍を振り上げ、盾を叩きながら、前進、前進、前進。指揮官らしき姿は見えず、まるで巨大な群れが押し寄せてくるようだった。


茜は眉をひそめ、低く呟いた。


「……なるほど。これが反乱ってやつね。秩序のある戦じゃない。止まらない、いや…止まれない軍なんだ。」


エンへドゥアンナが短く祈りの言葉を唱え、茜はため息をつきながら指揮所へ戻る。背後でバトラー将軍が険しい顔をして吐き捨てた。


「戦の礼も知らぬ蛮族どもめ……」


だが茜は、風を受けながら静かに言葉を返した。


「違うよ。止まらないんじゃなくて、止まれないんだと思う。あの布陣、装備も訓練もバラバラ。彼らにとって進むことだけが、崩壊を防ぐ唯一の道なんだよ。」


将軍はしばらく沈黙したのち、頷いた。


「……なるほど。指揮も秩序もない寄せ集めの軍という事ですな。確かに止まれば瓦解する。ならば――止まる前に潰すのみですな。」


茜は短く顎を引いて、神の戦況盤を指でなぞるように視線を移した。遠目に見えている砂煙が、敵の編成を語っている——右翼に勇壮なクシュの戦士達と数輌のエジプト式戦車、中央と左翼には盾も統制もないクシュの軽装歩兵が雑多に集まっているが、一部に武装がしっかりしており士気が高そうなメジャイの傭兵の姿が混じっている。見た目には数が多く見えるが、その実、統率力と装備の偏りが一目で分かる編成だ。


「アカーネ様、敵の右翼はクシュの精鋭戦士達と思われます。それに戦車もいるようですな。相手が、我が軍の左翼に正面突破を試みてきたら、厄介な相手になるでしょう。また中央と左翼の一部に、メジャイの傭兵団が混じっているようですな。こちらも油断はできませぬ。」


とバトラー将軍が低く報告する。茜は頷きつつ、目を細め、ゆっくりと口を開いた。


「分かったわ、将軍。でも、それって逆に言えば――右翼に実質的な戦力が集中されていて、中央と左翼の奴らは数だけの壁ってことよね。ただ一部だけ精鋭部隊が混じっていて、その精鋭部隊と通常部隊のまとまりの有無が鍵ってことね。」


そして何かを思い出しながら続けた。


「将軍?さっきの話の続きだけど、この戦いを単なる殲滅って形で終わらせたら、こちらも被害は免れない。それにクシュの人々を極端に傷つければ、私達の灌漑事業もラムセス王の統治も長持ちしない。だから、こちらの損耗だけでなく、敵の消耗も最小限に抑えつつ、敵の戦意を折って降伏させることが真の勝ちなんだよ。」


バトラーの顔に驚きが広がる。


「アカーネ様がそこまで考えておられるとは……」


彼の声には、畏敬と少しの安堵が混ざっていた。周囲の将校たちもそれぞれに頷き、バトラー将軍と同様、僅かに安堵の表情が見える。茜はふっと小さく笑みを漏らし、目を輝かせた。


「なら、始めるよ。彼らが想像しないような初手で相手の心を折る。圧倒するけど、血はそんなに流さない。アッシリアとの戦いの時のように、神の怒りという演出を見せるわよ。」


茜の作戦は迅速に口頭で整えられていく。まずはトーションカタパルトによる「圧倒的な長距離からの攻撃」——可燃性の油壺を高弧で放射し、敵の頭上から炎を降らせる。実質的な損害は限定的に止める一方で、視覚と温度で「神の怒り」を演出する。次いでリュシアの弓隊が広域射撃を仕掛け、敵部隊の進軍の足を止めさせ混乱を拡大させる。そして最後にガルナード率いる歩兵部隊が盾の壁を前進させ、その混乱している敵を一気に突き崩す。


「わかった?」茜が簡潔に確認すると、バトラーが低く言葉を添える。


「アカーネ様の意図は理解しました。演出で動揺を誘い、矢で統率を断ち、歩兵部隊で押し切る。被害を抑える戦術としては理にかなっています。」


茜は静かに頷くと、指揮所の端に据えられたトーションカタパルト群に目を向けた。兵士たちは既に油壺をカタパルトに搭載し、発火剤を準備している。今回は岩塊で城壁を粉砕するための使い方はしない――今日の狙いは敵の士気を挫くことが目的だ。茜は低く命じた。


「点火!接近中の敵右翼の部隊へ攻撃するよ。この攻撃で敵部隊に大打撃を与える事が目的じゃないから。向こうに何かが来たと思わせることが出来れば目的は達成。正確に頼むね。」


カタパルトが唸りを上げ、炎を灯した油壺が高弧を描いて空を裂く。火の塊が砂塵の中で赤い尾を引き、敵右翼の列へと落下した。着弾とほぼ同時に、壺が割れ、油がはじけ、地表に細い炎の筋が走る。火は乾いた草地をなぞるように広がり、パチパチと音を立てて燃え、黒煙が一気に立ち上った。


エンへドゥアンナは思わず顔をしかめて近寄り、小声で尋ねる。


「茜?これは…本物の神の怒りではありませんか?空中から炎が降ってくる…そのような事は神話の世界でしか起こりません」


茜は肩をすくめて笑った。


「私と一緒にいるあんたでもそう思うなら、今回の目的は達成しそうかな。たしかに、この時代の兵にしてみれば、こんな攻撃は初めてだと思うから、敵を恐怖させる目的は達成できそうね」


天から降り注いだ炎が、戦場の空気を一変させていた。


クシュの戦士たちが構える重盾の列に、トーションカタパルトから放たれた火のついた油壷が直撃する。爆ぜる陶器、飛び散る火油、赤々と燃える大地。直撃を受けた数名は軽い火傷を負ったにすぎなかったが、それ以上に彼らを苛んだのは、「空から炎が降る」という超常の現象だった。


挿絵(By みてみん)


「神の怒りだ……」


誰ともなく漏らしたその呟きが、瞬く間に隊列の奥深くにまで伝播する。屈強なクシュの戦士たちですら一瞬たじろぎ、足を止める。統率の取れていた右翼の進軍が止まったことで、他の部隊にも緊張が波及していった。


クシュの軽装兵たちは、指揮もあやふやなまま前進していたが、右翼の動揺を感じ取り、ざわめき始める。精鋭と謳われるメジャイの傭兵たちだけではなく、クシュの軽装槍兵達も立ち止まったことで歩調が乱れ、互いに顔を見合わせながら状況を伺っていた。


そこに、リュシアの率いる弓兵隊の矢が襲いかかる。


「射撃開始!目標は中央から左翼にかけて広範囲に。敵に打撃を与えるのではなく、敵の足を止めるのが目的です。ですから広範囲に攻撃を」


リュシアの指令は冷徹だった。合図と同時に、矢の雨が砂塵を裂きながら敵陣に降り注ぐ。空が唸る。弓兵たちは矢を絶やすことなく撃ち続け、降りしきる矢に敵兵は怯え、立ち止まり、崩れていく。進軍の足を止めた彼らにとって、これは一方的な制裁だった。


その光景を見届けながら、茜は静かに口を開いた。


「……あと一押しで、全崩れするわね」


彼女はためらいなく前線への命令を下す。


「ガルナード、前線の歩兵部隊を前進させて。歩兵部隊!前へ!」


「御意!」


ガルナードが前進の号令を飛ばすと、戦線中央の盾を構えたポプリタイの列が一斉に前進を始めた。足並みを揃えた重装兵の進軍は、まさに大地を押し出すかのような迫力を持つ。左右に布陣していたエジプト第三軍団の中装槍兵達も続き、戦列は徐々に敵陣へと迫る。


そして――第三軍団のバトラー将軍は、司令部の茜の傍でその一部始終を目の当たりにしていた。空から降る炎、矢の雨、そして整然と進む重装歩兵の軍勢。


「アカーネ様、これは一体……」


声を震わせながら、バトラーは茜に問うた。茜は視線を前線から逸らすことなく答える。


「将軍。その話は後だよ。いまは相手の戦意を折って、降伏させる。それがこの戦いの目的だから」


その一言に、バトラー将軍は言葉を失った。戦を演出に変え、味方だけではなく敵の損耗すらも最小にし、民を守る。目的のためには手段を選ばない。それが風の神アカーネという存在なのだ――。


(これは必ず、ファラオに伝えねばならぬ。アカーネ様を、決して怒らせてはならぬ……)


バトラー将軍は戦慄とともに、神の真の姿をその目に焼きつけていた。


そして…戦場の大地に、規則正しい足音が響き始めた。茜の命令に従い、ガルナードの指揮下にある全歩兵部隊が前進を続ける。特に目を引いたのは、戦線中央を押し出すように進む――ポプリタイの隊列であった。


一糸乱れぬファランクス。厚い円形の盾が幾重にも重なり、前方に突き出された槍の列が、風を切る音すら呑み込んで進む。まるで、大地そのものが迫り来るような錯覚を覚える壁の進軍だった。その横を進む、エジプト第三軍団の中装槍兵たちは、自然と視線を横に逸らし、重厚なポプリタイが進軍する姿を見遣った。


(あれが味方で、本当に良かった……)


多くの兵士が無意識にそう思っていた。中装槍兵の自分たちとは異なり、鉄のような意志をまとったあの密集陣形は、戦場の常識を覆す視覚の暴力だった。


一方、その光景を正面から目撃した者たち――クシュの軽装兵たちは、恐怖に打ち震えていた。彼らはもともと、砂漠の民らしく機動力に長け、散開しての突撃戦を得意としていたが、今、彼らの眼前には、どこにも突撃の隙がない。密集した楯と槍の森、揺るがぬ足取り。まるで戦いの神そのものが、音もなく忍び寄ってくるようだった。


「あれは……何だ……」


誰かが震える声で呟いた。その瞬間、最前列にいたメジャイ傭兵団の一人が、密かに盾を落とした。そして次の瞬間――その小さな動きは、堰を切ったように広がる。


「これは、勝てぬ」


短く、しかし鋭く言い切ったのは、百戦錬磨のメジャイ傭兵部隊の副官だった。彼は周囲に向かって叫ぶ。


「逃げろ!これはもう、戦じゃない!」


傭兵たちは即座に反応し、指示に従い戦列を崩す。彼らは金で雇われた者たちであり、忠誠よりも生存を優先する。逃げ足もまた、一流だった。メジャイの傭兵団の脱落は、戦場にさらなる波紋を生む。


左翼部隊と中央部隊の戦意を支えていた精鋭の逃走に、クシュの部族兵たちは恐怖を露わにし、後方へと後ずさる者すら出始めた。だが、盾の壁は止まらない。


整然と、無慈悲に、そして神話のように――茜の軍勢は、敵の心を完全に掌握しつつあった。


天空から炎が降り注ぎ、弓の雨が大地を叩きつけ、鋼鉄の壁が静かに迫る――その異様な光景に、クシュの軽装歩兵たちも、誇り高きクシュの精鋭戦士たちも、もはや動くことができなかった。戦意が潰えたというより、ただ圧倒され、茫然と立ち尽くす以外になかったのだ。


司令部から戦場を見つめる茜は、その様子を見て小さく息をついた。


「……これで、双方に犠牲なく決着できるかな」


自らの作戦が奏功したことに、安堵の色がその表情に浮かぶ。その瞬間――敵軍の中央、南ヌビアの部族兵たちの列の中から、一人の若者が、静かに、しかし確かな足取りで前へと進み出た。風に揺れる短い黒髪。褐色の肌に、泥と汗と決意が刻まれている。彼は手に武器を持たず、空を仰ぐようなまなざしを司令部へと向けていた。


「……あれは」


いち早くそれに気づいたガルナードは、目を細めて言った。


「おそらく……反乱軍の族長だな。降伏の意思ありと見た。――全軍、前進停止!」


ガルナードの低くも鋭い声が、戦場の前線に響く。ポプリタイたちは瞬時に止まり、隊列を維持したまま姿勢を正す。第三軍団の中装槍兵たちも、それに倣って静止した。地響きを伴って進軍していた神の軍が、まるで意志を持った生き物のように歩を止めた。


伝令が後方の司令部へと急行し、ほどなくして、茜のもとへ報告が届いた。


「アカーネ様、前線より報。敵軍より一名、非武装で接近中。ガルナード将軍の判断により、全軍前進を停止いたしました。」


茜は一瞬目を閉じ、そしてすぐに決断を下す。


「……よし。これ以上、戦わずに済みそうだね。行こうか」


彼女は身支度を整えると、すぐ隣に立っていたエンへドゥアンナとバトラー将軍を見やった。


「将軍、付き合ってくれる?」


「当然でございます」


と、バトラー将軍が力強く頷き、


「私もこの光景を神話として残しましょう」


と、エンへドゥアンナが柔らかな微笑を浮かべる。


三人はゆっくりと、戦場の中心――敵陣から出てきた若い男の元へと歩み始めた。若き族長は、茜たちの前に立つと、わずかに唇を噛みしめながらも、力強く一歩を踏み出した。その眼差しには、敗北の悔しさと、部族の命運を背負う覚悟が滲んでいる。


「……私は、マアニ。クシュの族長の一人です。」


言葉と同時に、彼は膝をつき、地面に両手をついて頭を垂れた。


「今回の反乱は、すべて私の責任。戦に加わった部族の者たちには何の罪もありません。どうか、どうか彼らには寛大な処置を……私が、すべての咎を負いましょう」


その声は震えていたが、同時に真摯だった。涙が一滴、乾いた大地に吸い込まれていく。茜はその姿をじっと見つめたのち、ゆっくりと問いかけた。


「……マアニ族長。どうして急いだの?もう少しだけ待っていれば、南にも繁栄の流れが来ているから、あなたの所にも届いていた筈よ。どうして、待てなかったの?エジプトの支配を受け入れられないというのが、反乱の名目だったと思うけど、本当の理由は北ヌビアとの格差…そうだよね?」


顔を伏せたままのマアニは、やがて低く答えた。


「……我ら南ヌビアの奥地であるクシュは、これまで何度も厳しい仕打ちを受けてきました。水も、作物も、道も――北の民や南の一部の民が享受する恩恵は、いつも我らには届かなかった。いま、北がどれだけ栄えていても、それが我らに届くとは、誰にも信じろと言えないのです」


その苦悩と怒りのこもった言葉に、茜は小さく息をつき、やがて静かに言い返した。


「……なるほど、そういう背景があるのね。でも、今回は違うわ。今回こそは、本当に南の奥地までエジプトの富が届くはずよ」


「――その保障は?」と、マアニが顔を上げた。


茜は、わずかに笑ってみせた。


「私の言葉が、保障よ」


マアニはその言葉に目を見開いた。あまりにも簡潔で、あまりにも重たい言葉だった。


「……あなたの、言葉が……?」


動揺の色を浮かべるマアニに、隣に立っていたバトラー将軍が一歩前に出て、穏やかに語りかけた。


「そうだ。アカーネ様の言葉は、ファラオの約束と同じ意味を持つ。いや、それ以上かもしれんな。――私はエジプト第三軍団の将軍だが、ここに誓おう。アカーネ様がそう申されたならば、その繁栄は必ずそなたの場所にも届く」


マアニはしばらく沈黙していた。風が彼の髪を揺らし、焼けた砂の匂いが流れていく。やがて、若き族長は顔を上げ、茜の姿をまっすぐに見つめた。


「……正直に言えば、私はあなたをまだ信じ切れません。」


その声は震えていなかった。誇りと慎重さが入り混じった、率直な言葉だった。


「あなたはエジプトの軍の将なのか、それとも……神なのか。どちらにしても、我らの民にとって遠い存在です。しかし――」


マアニは視線を茜からバトラー将軍へと移す。


「ファラオの軍を率いる将軍が、そこまで断言するというのなら……。私は、その言葉を信じてみようと思います。」


彼は深く息を吐き、静かに膝をついた。


「エジプトの信義、そして……あなたの言葉に賭けます。どうか、我らをお助けください。」


戦場に風が凪ぎ、沈黙が広がる中、茜はひとつ息をついてマアニに向き直った。


「幸いなことに、今回はそちらの被害も少ないし、うちの方はほとんど無傷。だからあなたの罪も、大きくは問われないはずよ。とりあえず――私と一緒にこれからアニバまで来なさい。ラムセス王と直接話せる機会を作ってあげる。勿論、今回反乱に加わった部族も全員付いてくればいいわ。その方があなたも安心できるでしょ?」


その申し出に、マアニは目を見開いた。


「……エジプトに対して反乱を起こした我らに対して、そこまで言い切るとは。だが……あなたの軍と戦った感覚がまったく持てない。ただの幻だったのかとも思えてしまう。あなたはいったい何者なんだ?“アカーネ様”と呼ばれていたが、それは……」


疑問をぶつけるマアニに、茜は肩をすくめて笑った。


「ふふ、それはそのうちね。気が向いたら話すわ」


そう言いながら、茜は背を向けると、自軍の方へとゆっくりと歩き出した。その後ろ姿は、どこか神話の英雄めいていて、マアニはしばし言葉を失ったまま見つめていた。


「あなたの部族の安全は私が保障する。補給物資はこちらで手配しておくから。アニバまでの移動も、飢えさせるようなことはしないわ」


そう、振り返りもせずに告げる茜の声が風に乗って届く。マアニはしばらく茫然とし、続けていた思考を断ち切るように首を横に振る。


(……反乱を起こした以上、自分は処刑され、部族も罰せられると覚悟していたのに……まるで夢を見ているようだ)


動揺を隠しきれぬまま、彼はその背を追う決意を固め、数歩、踏み出した。その横で、エンへドゥアンナがそっと口を開いた。


「――風、止まりて静寂を抱く。

神の軍、言葉にて戦を終わらす」


その詩は、まるでこの瞬間を永遠へと刻むために存在していたかのようだった。

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