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42話 偽りの巫女、真なる戦場へ

 ラガシュの城門が開かれた瞬間、都市全体が揺れるような歓声に包まれた。


 「風の大巫女様だ!」「シュメールを救った風の大巫女様だ!」


 広場を埋め尽くす市民たちは、花びらを撒き、手を振り、歓喜の声を惜しみなく送っていた。茜はその声にやや困惑しつつも、風の指揮棒を高く掲げて応える。黄金の糸で風の紋を縫い取った外套が、朝陽を浴びて美しく輝いた。その隣で、ユカナがふふっと肩をすくめる。


 「ねえ茜、ちょっと言いづらいんだけど……これ、私より信仰されてない?」


 「……う…本当に勘弁してほしいんだけど」


 冗談めかすように笑い合いながら、エアンナ神殿の広場へと進んでいくと、そこに立っていたのは――ユカナ自身の神像だった。しかも、そこには美しく整えられた供え物、花束、香炉、そして祈りを捧げる人々の姿があった。その神像は、年齢も容貌も、現実のユカナより幾分大人びた姿をしており、神としての威厳をたたえた顔立ちであった。


挿絵(By みてみん)


 「わあ……」


 ユカナは目を丸くし、それから静かに微笑んだ。


 「……ちゃんと、根付いてるんだね。私の信仰も」


 茜の後ろに続いていたエンへドゥアンナがその様子を見て、上品な笑みを浮かべながら言葉を続けた。


 「これからは、風の神ユカナだけではなく、風の大巫女への信仰も集まるよう、筆をとらせていただきますわ。……もちろん、あくまで事実に基づいて」


 茜は苦笑しながらも、軽く額に手をやる。


 「余計なことはしなくていいから。ほんとに」


 「まあまあ。皆様が望んでおられるのですもの。少しばかり、風に乗って筆を走らせるのも悪くありませんでしょう?」


 そのやり取りを背に、エアンナ神殿に風が吹き抜ける。茜は一度だけ深く息を吸い、そして振り返った。満面の笑みを浮かべて手を振る市民たちに向かって、再び指揮棒を掲げる。


 「……行くよ、ユカナ」


 「うん!」


 ラガシュ市民の大声援を背に受けて、茜達はエアンナ神殿に入っていった。その日の午後、エアンナ神殿の奥まった茜の私室には、神殿の喧騒とは対照的な静寂が満ちていた。分厚い織物のカーテンが陽を遮り、香炉から漂う芳香が空気を満たす中、茜、リュシア、ガルナード、ユカナの四人が小さな卓を囲んでいた。


 「さて、まずは今回の戦果と神力の計算から始めようか」


 茜が粘土板を見ながら言うと、リュシアが事務的な口調で続けた。


 「初期勝利点70に、勝利点S評価で30……合計100。元々の神力568と合わせて、現在の神力は668になります。また今回は前線の被害は最小限に抑えられました。回復に要する神力は、わずか8です」


 「そしてシュメール各都市での私への信仰発生分が40か。不本意ではあるけど、ありがたいことだよね」


 茜は少し目を細め、卓上の石板に視線を落とした。その瞳に浮かぶのは、これから始まる“遠征”の二文字。


 「ここまできたら、そろそろ兵力の強化を本格的に進めたいな……ただ、数を増やすか、質を上げるかで迷うところだけど」


 「今回は遠征になるでしょうから、数より質をお薦めします」


 リュシアがきっぱりと言う。


 「数を増やせば補給が追いつかなくなります。長距離進軍に備えるには、精鋭の少数部隊が理想です」


 「同感ですな。補給線が伸びれば、敵の思う壺となります」


 ガルナードも落ち着いた口調で補足する。茜は静かに頷いた。


 「了解。じゃあ、質を上げるためにも文明レベルを一気に上げるよ。鉄器文明、開放!」


 石板に記された神力を見つめながら、茜は指先で数式を描くように空をなぞる。


 「文明3-1、『製鉄冶金・初期鉄装備』の開放で140だけど、リュシアの補正で100。文明3-2、『騎乗戦闘技術・軽騎兵戦術』の開放に160のところを114の消費……合計で214。神力の残りは…454か」


 「やっと、青銅文明から脱出だね」


 ユカナが笑いながら言う。その顔は、どこか誇らしげだった。


 鉄の時代の幕が上がったところで、茜は新たな編成表とにらめっこしていた。神力の残りは、454。ここから先は、より洗練された兵種による再編に移るべきだと、全員が考えていた。


 「さて、いよいよ兵種開発と進化に取りかかろうか」


 茜がそう口にすると、リュシアが隣で静かに頷く。


 「ここからは、進化兵種も事前の開発が必要になります。今までは初心者優遇措置だったと思ってください」


 「……あー、つまり、初心者モード終了ってやつね。まあ、そろそろだと思ってた」


 愚痴をこぼしながらも、茜の視線は真剣そのものだった。彼女の指が、開発表に記された兵種の名前をなぞっていく。


 「開発対象は……鉄槍歩兵、鉄斧歩兵、鉄槍騎兵、それと軽弓騎兵。って、ちょっと待って、これってアッシリア帝国クラスじゃん……シュメールから1500年以上も未来の部隊が、ここで出てくるのか……! まあいいや、合計260、でもリュシアの補正で185。まだ余裕はあるね」


 兵種開発が完了すると、茜はすぐに編成強化へと移る。まずは中装槍兵の一部隊を、武装度CからBへ強化。そのまま進化条件を満たしたことで、既に進化条件を満たしていた一部隊と合わせて二部隊を鉄槍歩兵へと進化させた。


 「ふふん、これで装備も防御力も大幅アップ。さすが鉄器文明。それとこの部隊、私が初めて雇用した軽装槍兵から引き継いできたから、思い入れもあるんだよね」


 嬉しそうに笑う茜の背で、神力の残量がぐんと減る。それでも手は止まらない。


 「次は……エジプト騎射戦車、これも進化いけるね。練度BをAに上げて、軽弓騎兵に進化。2部隊まとめて、行っちゃえ!」


 たちまち配置表に、新たな騎兵ユニットの名が記されていく。古代文明の戦車部隊よりも圧倒的に高い機動力を備えた騎兵部隊がついに現れる。


 「でもこっちは…」と、茜はヒッタイト戦車の数値に目を細めた。「練度も武装度もDか。これで練度Aと武装度Bに上げるのは……神力の無駄ね」


 「同感です」とリュシアが頷く。「一端、神力に還元してから新規雇用が適切でしょう。還元処理では、その部隊の作成に使用した神力が半分戻ってきますので、練度や武装度の向上で使用した神力も半分は戻ってきます」


 茜はうんうんと頷きながら、戦車2部隊を神力への還元処理にかけ、54の神力を得る。その神力を使って、鉄槍騎兵2部隊を新規雇用。そして練度・武装度をDに強化して、残りは75。順調だった。


 「さて……次は中装歩兵か。練度D、武装度E。これは……払戻して、鉄斧歩兵に変えたほうがいいね」


 三部隊分の処理が行われ、茜の編成図にまた一つ、新たなアイコンが並ぶ。


 「よし、これで前衛の突破力も格段に上がる……それでも次の戦いを考えると、被害は増えそうなんだよね」


 彼女の声がふっと沈む。神力は残り21。だが頭の中には、次に控えるティグリス河渡河戦がよぎっていた。正面決戦ではなく、陽動と錯乱が必要なのでは…。そこで茜は、ひとつの作戦を思いつく。


 「リュシア、影武者って作れる?」


 「ええ。祈祷巫女を進化させた“祈祷巫女長”なら、風の大巫女の代行はある程度可能かと…」


 祈祷巫女の進化条件はすでに整っていた。練度と武装度はC、祈祷巫女長は文明2-3のユニットのため、既に進化先ユニットの開発も終わっている。そこで進化コスト20を支払い、茜の元に新たな支援ユニットが加わる。


 「これで、河の対岸に“もう一人の私”を見せることもできる、っと……」


 リシュアはわずかに微笑んだ。最後に茜は、残った神力を確認した。


 「残りは神力1……それと私の神力分が40。ユカナのが170。これは、非常用にキープしておこう」


 茜のその言葉を聞いてユカナは胸を撫でおろす。


 「よかった……今回は私の神力、奪われなかった……」


 神力の運用を終えた部屋に、ほっとした空気が流れた。外ではまだラガシュの民が、風の神とその巫女の勝利を祝っている。だがその内側で、青銅文明を超えた軍団が静かに生まれつつあった。


 夕刻頃、エアンナ神殿の作戦会議室では、再び緊張感が立ち込めていた。円卓を囲むのは、茜を筆頭にリュシア、ガルナード。そしてシュメール各都市国家を代表する軍の首脳――ウルの神官将エン・ナンナ、ラガシュの旧王ウルカギナ、ウルクの将軍、そして合流してきたエリドゥ・ラルサの将軍たちが顔を揃えていた。


 ただし、ニップルとキシュの軍は、予定通りシュメール北方のキシュ付近での待機命令を受けており、今回の会議には姿を見せていない。粘土板の地図の上を、茜の指がゆっくりとなぞる。その視線は、ティグリス河の太く流れる線上で止まった。


 「正面からこの河を渡るのは……正直、無謀だと思う」


 その一言に、会議室が静まり返る。


 「私達を対岸へ誘引して補給路を断つ作戦が失敗した以上、ティグリス河対岸にはアラッタの主力が、確実に布陣しているわよね。水際での戦いになれば、こちらの損害は計り知れないわ。こっちも兵力を強化したとはいえ、あの川を命懸けで越えるのは避けたいの」


 茜の言葉に、ウルのエン・ナンナが重々しく頷いた。


 「確かに……こちらに渡河の意図が見えた時点で、アラッタは構えているでしょうな」


 「だが他に道があるか?」と、ウルクの将が苦々しく唸る。「いかに危険といえど、正面以外に大軍が渡れるような場所は、そう多くは……」


 そのとき、茜がふっと笑みを浮かべた。


 「それがあるんだよね。……正面から渡河する“ふり”をするの」


 彼女の目が、にやりと光る。


 「私の部隊に居る祈祷巫女長を、風の大巫女、つまり私の影武者としてラガシュ正面に配置します。そして皆さんの各都市国家の部隊と共に、ティグリス河岸に堂々と布陣し、祈祷台を設け、あたかも渡河の準備をしているように見せかける」


 「なるほど……」リュシアが続ける。「アラッタ軍の注意を、完全にこの周辺に引きつけるわけですね」


 「その間に、私と私の部隊、そして北方で待機しているキシュ・ニップルの軍は、シュメール北方――ティグリス河上流部から渡河する。アラッタの主力の注意をラガシュ周辺の南方に集めておけば、比較的警戒されずに上流部でティグリス河を渡河できるわ」


 ガルナードが腕を組み、戦術地図を睨む。


 「そしてラガシュ正面で対峙しているアラッタ軍主力に北から奇襲をかける、というわけですか」


 「そう。そして奇襲の混乱に呼応して、ラガシュ周辺で待機中の皆さんの都市国家軍も一斉に渡河。二正面から一気にアラッタ陣営を崩す」


 会議室に、一瞬の沈黙。


 最初に口を開いたのは、ラルサの将だった。


 「……その影武者、本当に風の大巫女の代わりに見えますか?」


 「外見と雰囲気は近いわ。完全ではないけれど、祈祷巫女長なら神格的な“気配”は演出できると思うの。しかも、本物の私が此処にいない分、気づかれにくくなる」


 エン・ナンナが静かに言葉を継いだ。


 「それに、我ら各都市国家の将軍が横に控えれば、演出としては十分でしょうな」


 茜は卓の上に手をついて、力強く言い放った。


「わざわざ被害が大きくなりそうな正面突破なんて、私の指揮下ではやりたくないの。ここは私に任せて」


 数秒後、会議卓に広がるのは、各将の静かな頷きだった。誰もがその作戦の危うさを感じつつも、それ以外に確かな打開策がないこともまた理解していた。


 「……分かりました、風の大巫女様。ラルサは大巫女様の作戦に従います」


 「ウルクも同様に」


 「エリドゥも、祈祷台設営に力を貸しましょう」


 各都市代表の声が次々と上がっていく。風の神と、その巫女に賭ける意志が、ひとつにまとまりつつあった。そして、会議が解散となると、茜はすぐに移動の準備に取り掛かった。


 「北に向かうよ。準備はいい?」


 「いつでも」リュシアが即答する。


 「主殿、既に準備は整っております」ガルナードが深く頭を垂れた。


 背後で、ユカナが茜の装いを眺めながら、いたずらっぽく微笑んだ。


 「ねえ茜。この奇襲、もし成功したら……また茜への信仰が増えちゃうんじゃない?」


 茜は苦笑を浮かべ、軽く肩をすくめる。


 「それは困るけど…エンへドゥアンナはここに置いていけば、変な風に伝わらないから大丈夫じゃないかな」


 すると、それを聞いていたリュシアが静かに口を挟んだ。


 「……残念ながら、彼女も既に移動の準備を進めていますよ。どうやら“必ず主の傍にいるつもり”のようですね」


 「……勘弁してよ……」


 茜は額に手を当て、ため息をついた。それでも――その表情には、どこか諦めと共に、微かな安堵が混じっていた。


****


 乾いた風が、都市国家アラッタの神殿を吹き抜けた。兵士が一人、足を引きずるようにして神殿の前までたどり着く。よろよろと神殿にたどり着いた彼は、護衛兵の手助けで、謁見の間に連れてこられると声を絞り出した。


 「ザルマフ王。……ご報告を……ラガシュに向けて出撃したおとり部隊、敗北しました……!」


 「……何?」


 ザルマフの声は低く、冷たく落ちた。


 「我が方の……おとり部隊は、シュメール軍の誘引に失敗し、またシュメール軍の奇襲によりティグリス河を渡河して帰還する前に補足され、ほとんどが討たれました……。そして私を含む少数の者だけが……かろうじて渡河に成功し帰還できました。申し訳ありません。またシュメール軍の総司令官は…あの風の大巫女です」


 その名を耳にした瞬間、ザルマフの表情が凍りついた。


 「……風の、大巫女……だと……?」


 その声は、自分でも気づかぬほど低く、かすれていた。神殿の中に、重たい沈黙が広がる。ザルマフはゆっくりと椅子に背を預け、手のひらを見つめた。指が、わずかに震えている。敵とまだ一度も剣を交えていないはずなのに、心の奥底が冷たい何かに蝕まれるようだった。


 十五年前。アッカドの王サルゴンが侵攻し、シュメール全土が絶望に染まりかけたその時、突如として現れ、風と共に戦場を駆け、アッカドを退けた――伝説の風の大巫女。彼女はその役割を果たした後、忽然と姿を消したとされる。神の遣いであったがゆえ、地上に留まらなかったのだと。


 それが――今、再び現れた。


 しかも、まさに自分が立ち向かおうとしている戦場に。


 「……我らには、神の加護があると……思っていた。女神ミラの神託も、道を示していた。だからこそ、ここまで道は開けていたはずだ」


 自らに言い聞かせるように呟く。だが、あの名を前にすれば――そんな自信が霧のように揺らぐ。神と人との境界に立ち、時代すら超えて再び現れた存在。それが、自分の前に立ちはだかる。まるで、天が「越えてはならぬ境」を示しているように。 


「それが……本当であれば……我々の戦は、ただの地上の争いではない。神々の代理戦争だ」


 思わず、目の前が暗くなる感覚に襲われる。自分は、シュメールの神の化身と戦うつもりなのか――?だがそのとき、帳の奥から軽やかな足音が響いた。


 「お兄様。顔が青いですよ」


 入ってきたのは、エナ=シェン。アラッタの神官長であり、ザルマフの妹。冷えた空気をものともせず、彼女は微笑を浮かべて近づいた。


 「確かに、相手はあの風の大巫女かもしれません。けれど、こちらには女神ミラがついています。神の御加護が等しければ、勝負は人の技量に帰するはず」


 その言葉に、ザルマフは思わず口元を引き締めた。


 女神ミラ――都市国家アラッタの主神ではない。だが、彼自身が立ち上がるきっかけとなった神託を与えたのがミラであり、その神託に導かれるように仲間が集い、軍が整えられ、国が再興された。


 それは偶然の積み重ねとは思えない、まさしく“神の流れ”だった。


 「……そうだな。ここで怯えていては、これまでの道を否定することになる」


 ザルマフはゆっくりと立ち上がる。目の奥に、再び闘志が灯る。


 「シュメール軍を誘引して補給を断つ作戦は失敗だ。もはやシュメール軍を誘い出す余地はない。ならば……こちらに有利な場所で正面から迎え撃つ」


 粘土板の地図を手に取り、彼は指を動かした。


 「ラガシュの正面、ティグリス河の渡河地点に主力を展開する。噂の大巫女とやらが川を越えてくるなら、ここで叩く!」


 「うふふ、やっぱりお兄様はその顔が似合います」


 エナ=シェンの笑みが、神殿に小さな光を戻す。ザルマフは深く息を吐き、宣言する。


 「……我らにも女神ミラがついているのだ。シュメールの神々やその巫女など恐れるに足りん!」


****


 数日後、アラッタ王国軍はラガシュ正面のティグリス河沿岸に、静かに、しかし確実にその陣を敷き始めていた。ティグリス河を挟んだ対岸には、シュメール王国の軍旗がはためいている。河岸には複数の祈祷台が設けられ、対岸まで距離があるためはっきりと視認はできないまでも、明らかに神格的な気配をまとう一人の女性が立っていた。


 「……あれが…風の大巫女か」


 ザルマフは対岸の様子を注視していた。


 その姿は確かに、伝え聞く風の大巫女――青い外套に、風の紋章。数多くの兵がその周囲に布陣し、また敵の将軍と思しき人物達もその女性の周辺に控えている。それはあたかも“風の神の代理人”を護るかのような威容を放っていた。


 実際には、その女性が影武者――祈祷巫女長であることを、ザルマフはまだ知らない。


 「……ならば、運命はここに収束する」


 小声でそう呟くと、彼は背後に控えるアラッタの将軍たちへと振り返った。


 「全軍に通達せよ」


 ザルマフは高台に立ち、ティグリスの向こうに立つ影を睨み据える。


 「ここで我らはシュメールの風の大巫女と対峙する! ミラ神の名において、この地にて神々の導きに応えん!」


 その言葉は、陣営の中に火をともすように広がっていった。兵たちの目に、迷いはなかった。彼らにとっては、ザルマフの信じる神託こそがこの道を切り拓いてきた現実であり、いまやこの地で迎え撃つことこそが、その信仰の証明であった。


 陣は完成しつつあった。軽槍兵が前線に列を組み、投槍兵がその背後に控える。各部隊の要所には神官戦士が立ち、士気と結束を支える祈祷の声が絶えなかった。祈祷巫女たちは布を張った簡素な祭壇の前に並び、神への呼びかけを風に乗せて唱え続けている。その布陣の合間には、数台のシュメール式戦車が控えていた。そしてロバに曳かれた木製の簡素な車両には、指揮官や伝令兵が乗り込み、長槍のような指揮棒を掲げて兵達の統率を行っていた。


 ザルマフは最後にもう一度、対岸を見やる。


 「風の大巫女よ……貴様が本物だというのなら――この戦場で証明してみせろ」


 風が河を渡り、ザルマフのマントを揺らす。その瞳には、恐れを超えた覚悟が宿っていた。

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