4話 文明開放と戦術準備、いざ原始の戦場へ
チュートリアル戦の部分は、この小説のストーリーが進むときのルール的な話になっています。そのためストーリー本体から読みたい人は、チュートリアルはスキップしてシュメール統一戦争編から読んでください。
視界が収束し、光の粒が弾けるように散っていく。転送が完了すると、茜たちは奇妙な静寂に包まれた場所に立っていた。
そこは、広く、天井が高い空間だった。まるで会議ホールのようだが、装飾らしい装飾はなく、壁際には何もない。中央に置かれているのは、光沢のない金属で作られたような円卓と、その周囲を囲む数脚の椅子だけ。床は黒曜石のように黒く滑らかで、どこか現実味に欠ける不思議な質感をしている。
「なんか……殺風景っていうか、未完成な感じ?」
茜がそう呟くと、背後から静かにリュシアの声が返ってきた。
「ここは“作戦会議空間”です。正式名称は『神界戦術仮想域』——過去、現在、未来のすべての文明を対象とした、統合指揮領域。現在は初期段階で、最低限の機能しか展開されていませんが……」
彼女は円卓の中央を指さす。
「将来的には、ここに各時代で手に入れた宝物、戦利品、象徴的遺物などが集められる予定です。言わば“あなたの成果を記録する祭壇”のようなものですね」
「ほうほう……」
茜は円卓の表面を指で撫でながら、ふむふむと頷いた。
「やる気次第で“戦利品展示室”にもなるってことね。モチベは上がる」
そのとき、空間の天井に近いあたりに、淡い金の光が浮かび上がった。表示されたのは、**《所持神力:220》**という明確な数値。
同時に、床の一部が淡く発光し、**「部隊編成モード:起動」**という表示が浮かぶ。
「……おお、いよいよって感じじゃん」
茜の目が輝く。瞬時に戦術より“数の暴力”を考え始めたのか、手を打って宣言する。
「よし、数こそ力! 早速ユニット雇って、片っ端から前線に突っ込ませよう!」
「お待ちください」
即座に、リュシアの声が鋭く割って入った。
「戦術計画も立てず、資源を使い切るのは愚策です。まずは状況の把握と、この空間での戦略的準備から始めるのが妥当かと」
茜の足が止まる。
「え〜……でも、雇えるうちに雇っといた方が、あとで楽できるじゃん」
「逆です。準備不足で敵の意図を見誤れば、“数”は負担になります。神力の配分、文明進度、戦場の構成を理解してから判断を」
「……あんた、私に厳しすぎない?」
円卓の前に立ったまま、リュシアは指先を空中に向けて動かした。すると空間の一部に淡い光のスクリーンが展開され、地形とユニット、簡略化された戦術マップが投影される。
「現在のフェーズは“チュートリアル段階”です。具体的には、原始時代の部族間抗争を模した模擬戦闘が3戦構成で設定されています」
「原始時代って……棍棒でドカドカ殴り合うあれ?」
「はい。極めて単純な兵種構成、地形も平坦で読みやすい。ですが油断すれば、編成次第では敗北もありえます」
「へぇ、ちゃんと負ける要素もあるのね」
茜は興味深そうにマップの表示を眺めた。
「そして、これらの戦闘に勝利することで、神力を少量ずつ獲得することができます。それを使い、文明レベルの開放や、次なる戦力拡充へつなげるのが、この段階の目的となります」
「つまり、チュートリアルは“資源稼ぎと段取り把握”ってことか」
「要約すれば、そうなります」
リュシアはうなずき、さらに言葉を継いだ。
「また、雇用されたユニットは訓練度・武装度を強化することで性能を引き上げることができます。同一兵種でも、育成によって大きな差が出る設計です」
「訓練して、装備を充実させて……うん、育て甲斐がありそうね」
そこまで聞いた茜は、ふとある疑問を思い出したように呟いた。
「……でも、ちょっと待って。この先、次の時代に進んでも、また棍棒兵から育て直すことになるわけ?」
その問いに、リュシアが静かに首を横に振った。
「いいえ。文明レベルを開放すれば、その時代のユニットを直接雇用できるようになります。原始の兵士を連れて行く必要はありません」
「……」
その瞬間、茜の目がピキーンと光った。
「それだッ!!」
リュシアがわずかにまばたきをした。
「今、ちょっと“答え見つけました”みたいな顔されましたね?」
「うん、見つけた。次の一手。いや、次の“文明”!」
「今の神力ならさ、文明レベル1、開けられるんじゃない?」
茜がにやりと笑いながら、リュシアへと振り返る。
「だって神力220あるんでしょ? 足りるよね?」
「はい。文明レベル1の開放には通常100神力が必要ですが……」
リュシアは首を縦に振りつつ、落ち着いた声で続けた。
「私の能力で27%軽減され、必要神力は73。問題なく実行可能です」
「じゃあ、即開け! 文明の扉、オープンで!」
円卓の上に金色の光が走り、文明Lv.1《青銅時代・銅武器技術》が解放される。空中に、《文明レベル:青銅時代/開放完了》の文字が浮かび、新たなユニットの一覧が展開された。
リュシアが手元の仮想操作盤を操作し、二つのユニット情報を表示する。
「まずはこちら——軽槍兵。初期の主力となる歩兵で、機動力と突撃に優れています」
パネルに映るのは、青銅の槍と丸盾を構えた兵士たちの整った隊列。防具は簡素だが、機動的で使いやすそうだ。
「開放コストは本来50ですが、補正により37神力で可能。突撃性能とコスト効率に優れ、複数編成で運用するのが基本です」
「うんうん、安くて使いやすい、最高だね」
「次にこちら、神官戦士」
表示されたのは、装飾的な儀礼衣をまとい、短剣と杖を携えた戦士たち。どこか宗教的な雰囲気を漂わせながらも、陣内での存在感は明らかだ。
「開放には通常60神力かかりますが、補正後は44。戦闘力そのものは高くありませんが、士気の安定、陣形補助、後衛支援に秀でています」
「なるほど……この人たちは“根性バフ要員”って感じね。じゃあ一部隊でいいや」
茜は迷いなく操作を進める。
- 文明開放:73神力
- 軽槍兵 開放:37神力
- 神官戦士 開放:44神力
「これで73+37+44=154神力消費。残りは66……」
「じゃあ次、部隊雇用いきまーす」
- 軽槍兵:10神力 × 3ユニット → 30神力
- 神官戦士:15神力 × 1ユニット → 15神力
雇用後の表示が切り替わる。《所持神力:220 → 199 → 残り21神力》
「よし、これで戦える布陣は整った! あとはもうちょっと足して——」
「お待ちください」
リュシアが即座に手を上げた。
「本チュートリアル戦の初戦相手は、棍棒戦士10ユニット。近接力はあれど装備は貧弱。こちらの部隊構成に、私の指揮補正が加われば、圧倒的優位です」
「……うーん、堅実なのは分かるけど、リュシアの目が怖いから従っておく」
「私は合理主義者ですので」
静かに、しかし断固とした声で返すリュシアに、茜は小さく肩をすくめた。
「はいはい、先生の言う通りにしますよ」
「それでは、初戦の敵情報を提示します」
リュシアの指先が空中を走ると、宙に一枚の戦術カードが浮かび上がった。そこには、簡素な装備に棍棒を持った男たちの姿が並ぶ。
「敵部隊:棍棒戦士10ユニット。1ユニット=約100名、総計1,000人規模です。武装は木製棍棒と皮布の腰巻き程度、防御能力・攻撃力ともに極めて低い」
「……ド原始時代って感じの装備ね。まさに“バカの大軍”ってやつ」
「そういう表現も否定しきれません」
リュシアの目元がわずかに和らぐが、即座に別の戦術パネルを展開する。
そこには、茜が先ほど雇用した部隊——軽槍兵と神官戦士の基本ステータスが表示されていた。
【ユニットステータス表示:Lv.1時点】
◼ 軽槍兵(ATK:4|R.ATK:0|RNG:1|MOV:3|DEF:3|R.DEF:2)
→ 特徴:コスト良好・突撃・陣形戦に強く、量産適性あり。
◼ 神官戦士(ATK:3|R.ATK:0|RNG:1|MOV:2|DEF:2|R.DEF:3)
→ 特徴:後衛支援型。士気維持・崩壊遅延の補助効果持ち。
◼ 敵:棍棒戦士(ATK:2|R.ATK:0|RNG:1|MOV:4|DEF:2|R.DEF:1)
→ 特徴:白兵特化だが、士気・指揮系統なし。脆弱。
「本来なら、彼我の兵力差は倍以上。しかし、質と構成の違いが大きく勝敗に影響します」
「まぁね、うちは400人だけど、ちゃんと装備と戦術があるわけだし」
「その通りです。さらに、私の指揮官効果が全ユニットにかかります」
リュシアがもう一つパネルを開く。そこには「指揮補正:士気+15, 間接防御(R.DEF)+1」と表示されている。
「戦闘システム上、この空間では“戦術値”として各部隊の相対性能がスコア化されます。これは表示されているユニット駒にも反映され、配置時に確認可能です」
茜が頷く。
「つまり、数よりパラメーター。で、ある程度は勝敗予測できるってことね?」
「はい。完全な確定ではありませんが、システムにはランダム補正がかかります。条件付きで勝てる戦力でも、戦闘詳細フェイズでは“振れ幅”が発生します」
「……つまり、ウォーシミュレーションゲームみたいなもんね。パラメーターでの優劣はあるけど、最後は“サイコロの出目”次第、みたいな?」
リュシアは静かに頷いた。
「乱暴に言えば、その通りです。ただし、その“出目”の偏りすら、あなたの選択次第で影響させられます」
「ふふっ、じゃあ私が振るダイス、ちょっと工夫してやろうかしら」
円卓の中心部が、静かに振動し始めた。
金属面に沿って淡い光の紋が浮かび、中央から機械的な分割線が広がっていく。まるで神意を宿すかのように、上部へとせり上がったのは——手のひらほどの円形盤だった。
だが、その小さな盤が投影する光は、次の瞬間、天井近くまで拡がる立体ホログラムへと変わる。
茜の目の前に、半透明の戦場が広がった。起伏のある草原、丘、岩場。河川の流れまでもが精緻に描かれており、空中に浮かぶ地形データがゆるやかに回転する。
「なにこれ……」
茜が見上げる。
「めっちゃ本格的。しかも、敵の位置が表示されてるじゃん? これ、チートでしょ」
「これは『戦況盤』です」
リュシアが一歩前に出て説明を始めた。
「正式名称は『女神の戦況盤』。ここでは、主が指揮する地形・戦場データ・部隊配置・敵の展開範囲などを視覚化できます。本体はこの手のひらサイズの携帯型ユニットで、戦場に直接持ち込む形になります」
彼女は、円卓の中央からせり上がったその盤を、丁寧に取り出して茜に手渡した。
「主専用に紐づけられたものです。これからのすべての戦闘で使用可能です」
茜は受け取った『戦況盤』をじっと見つめた。金属のような、宝石のような不思議な質感。中心に小さく《神契》の紋章が浮かんでいる。
「へぇ……これ持ってるだけで、敵の動きがわかるって、マジで反則級じゃない?」
「それは、あくまでチュートリアルだからです」
リュシアが言葉を切った。
「本番では、未偵察エリアの情報はすべて“霧”で覆われ、敵の位置も、部隊の規模も、地形の罠も、すべて“見えない”状態になります」
「……」
「ですので、これを過信して突撃すれば、奇襲・包囲・伏兵といった罠に陥る可能性が高まります」
「なるほどね……ゲームのミニマップの未探索エリアが“黒塗り”みたいなもんか」
茜は盤をくるりとひっくり返し、裏の装飾とロック機構を確認する。
「……つまり、“見える”のは努力の結果。偵察、大事ってことね」
「正しく理解されました」
「ま、いいよ。情報を読むのも、私の得意分野のひとつだからね」
茜は笑い、戦況盤を胸元のポーチに収納した。それは、まるで戦場に立つ将軍が、自分の地図とコンパスを手にした瞬間のようだった。
戦況盤をポーチに収めた瞬間、茜の掌にふわりと光が集まりはじめた。
粒子が収束し、そこに小さな“駒”が現れる。まるでチェスピースのようだが、その形は見覚えのあるものばかりだった。
「これ……私が雇った部隊?」
「その通りです」
リュシアが隣から静かに頷く。
「これは“戦況駒”と呼ばれる、戦況盤に配置するための実体識別ユニットです。各駒は、あなたが雇用した部隊を象徴し、戦場へ展開する際に用います」
茜の掌には、以下の駒が整然と並んでいた。
- 軽槍兵 ×3ユニット
- 神官戦士 ×1ユニット
- 茜自身の指揮官駒
- リュシアの指揮官駒
「兵隊の駒、けっこうリアルだね……槍も盾も、ちゃんと再現されてる」
軽槍兵の駒は、青銅製の槍を構え、丸盾を掲げた兵士の姿。神官戦士は儀礼衣に身を包み、司祭杖と短剣を携えている。
「実際の部隊の訓練度や武装度に応じて、駒の造形が変化します。また、各駒の台座には“訓練度”と“武装度”が明記されています」
茜が軽槍兵の一体をつまみあげると、台座に《訓練:E/武装:E》の刻印が見えた。
「ふむふむ、今はまだ最低ランクってことね。これがAとかSになると……見た目も変わる?」
「変わります。視認性と士気演出の両面で重要です」
茜は納得したように頷き、自身の駒を手に取った。
それは、黒のジャケットとスカートに身を包んだ茜自身の姿を模した金色の指揮官駒だった。髪型や装備だけでなく、腕時計のバンドまで、細かく再現されている。そして指揮官らしくティアラまでしている。
リュシアの駒もまた、白銀の軍装に戦術書と指揮杖を構えた堂々たる姿で立っている。
「指揮官駒は、一般部隊とは異なる特殊な存在です。戦場では、駒そのものが攻撃ユニットとして扱われるわけではなく、“指揮範囲”という形で戦術的影響を周囲に及ぼします。そのため部隊と重ねて置くことが可能です」
リュシアが展開したホログラムに、円形の“指揮範囲エリア”が表示された。
「配置した指揮官駒を中心とする一定範囲内の味方部隊には、命中率・行動効率・士気などに補正が加わります。誰を“視野内”に収めるか、それを事前に考慮することが肝要です」
「なるほど……バフの範囲管理ってことね。私の駒は、どこに置こうかな〜」
茜は掌の駒たちを見つめながら満足げに笑う。だが、その時ふと気づく。
「ところで、この援軍枠ってのは?」
リュシアが一歩前に出る。
「その援軍枠にあらかじめ部隊を置いておくことで、所定の時間が経過した後、戦場に合流させることが可能です」
「なるほど。初期展開では出さずに、あとから刺す……ってわけか。ピンチを救う逆転カードにできるかもしれないね」
「そうです。ただし、援軍投入のタイミングを誤れば、合流前に戦局が決してしまうこともあります。慎重な判断を」
「うん、そこは情報戦だね」
茜は掌の駒を見渡し、小さく息を吐いた。
——戦力は整った。この駒たちを盤上に並べることで、いよいよ“本物の戦場”が立ち上がる。
「じゃ、あとは盤の上で、勝つための配置を考えるだけ、だね」
茜は掌に並べた駒を、ひとつひとつ丁寧に収め、戦況盤の上に目をやる。戦術は整い、部隊は出揃い、情報も揃っている。
あとは、戦うだけだ。
「——じゃ、さくっと蹴散らしてきますか♪」
そう言って、茜がにやりと笑うと、空間の奥にある転送ゲートが反応した。
床の一部が淡く光を帯び、そこから渦を巻くように金と青の光の旋風が発生する。それはまるで、神界から戦場への扉が開かれる合図のようだった。
「転送準備、完了しました」
リュシアが淡々と告げ、胸元の小型戦況盤を確認する。
「座標固定。転送先、原始戦域αフェーズ第一戦場。目標:部族制圧戦」
「えーっと、殴って勝てばいいってことだよね?」
「要約すれば、そうです」
茜の後ろでは、ユカナがスリッパをパタパタ鳴らしながら、面倒くさそうに言った。
「んー、原始時代って暑いかな……虫、多そう……」
「ユカナ、そこは気合い入れて。今回はあんたもちゃんと“対象”なんだからね?」
「……りょーかーい……」
そして、三人は光の渦の前へと並び立つ。
風が巻き起こる。戦況盤が淡く反応し、駒の光がひときわ強くなる。
「初戦とはいえ、これは戦争です」
リュシアが声を落ち着かせ、鋭く告げる。
「勝てる状況とはいえ、勝ち方を誤れば、次に響きます。あなたの選択が、部隊の命運を左右する」
茜は無言で頷き、手を前に伸ばす。
そして——
「行くよ、神代茜、初陣!」
光が渦巻く。その中心に、茜・リュシア・ユカナの三人の姿が吸い込まれていった。次に彼女たちが足を踏みしめるのは、原始の大地——棍棒を手にした部族たちが蠢く、最初の実戦の地である。