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36話 終幕と再臨、風の大巫女ふたたび地に立つ

 ――まばゆい白光が引き、足裏に硬質な“床”の感触が戻った。

 

 次の瞬間、真っ白なブリーフィング空間〈作戦会議室〉に、茜たち四人の影がぽん、と現れた。転移の余韻に軽く息をついた茜は、肩にかけていた革製の袋をとん、と床に置く。長い戦役を共にしてきた“お宝袋”だ。


「さってと……ちゃんと無事に来てるかな」


 彼女は袋の紐を解き、中からひとつずつ戦利品を取り出していく。まず取り出したのは、ルガルニル王が王子だった時代に贈られたラピスラズリのブローチ。深い青に金の細工が輝き、光のない空間でも存在感を放っていた。


「これ、やっぱルガルニル王センスあるよね。よし、飾り棚行き~」


 続けて拳大のトルコ石、銀細工の小壺、ラピスラズリ、香油、秤量銀、丁寧に折りたたまれた上質な亜麻布。シュメール各地で手に入れた貴重品が、次々と並べられていく。リュシアが備え付けの収納棚を指さし、控えめに提案する。


「主、そちらの棚をご利用ください。各時代の宝物はこれから増えていくでしょうから」


「おっ、ナイス案内役」


 茜は頷くと、ひとつずつ丁寧に棚へと収めていく。手元から離すたび、ちょっと名残惜しそうに品物を見やるのが、彼女らしい。最後に袋を持ち上げて振ってみると、中はすでに空になっていた。しかし――彼女の胸元では、まだ二つの装飾が揺れている。


 一つは、風を象った金のアミュレット。もう一つは、シュメール王族の正式印章を模した金細工のペンダント。どちらもこの戦役で得た、大切な“想い”と“立場”の象徴。茜はそれらをそっと手で押さえ、軽く微笑んだ。


「これは次の時代にも連れてくからね。大巫女の証、ってやつ?」


 そんな茜を横目に、リュシアは小さく頷き、ガルナードは静かに敬礼。カナはその間も、自分のシュメール風衣装の裾を撫でながら、嬉しそうに鼻歌を口ずさんでいた。


「ようやく一つのキャンペーンが終了……」


 茜がにっこり笑い、肩を回す。


「最後は痛かったけど、全体的には楽しい時代だったよね」


 傷一つない礼装の裾を整えながら、リュシアが静かに頷いた。

「戦訓は十分です。得た教訓は次に活かしましょう、主」


 ガルナードは手甲を胸に当て、騎士礼。

「全員、生還――何よりの成果ですな」


 その横でユカナが、まだ脱いでいないシュメール巫女衣の裾をつまんでくるりと回った。

「見て見て~、神力もりもりだよ~」


 くるくると舞うたび、やわらかな風がブリーフィング空間を撫でる。


 ――その瞬間、三人の視線がユカナに集まった。


 宝物袋を閉じかけていた茜も、リュシアも、ガルナードも、一様に違和感を覚え、ユカナの方を振り返る。


「……ん? ユカナ、なんか雰囲気変わった?」

 茜が小さく眉をひそめながら言う。


 確かに、彼女のまわりの空気が少し違う。いつも通りの脱力した態度ではあるが、その背後に微かな風がそよぎ、衣の金糸がほのかに光を返しているようにも見えた。リュシアはすぐに手元の計測装置を起動し、目を細める。


「……間違いありません。神格が上昇しています。正式に――中位神になったようですね」


「うぉぉ、マジか!? 何もしないでレベルアップって、あんた……」

 茜が呆れたように口を開けると、ユカナは袖の端で口元を押さえながら、ちょっと照れたように笑った。


「えへへ……シュメールのみんな、けっこう信仰してくれたから、かな?」


 ガルナードは驚きつつも、すっと片膝をついて礼を示す。


「風の神よ、加護に感謝を。新たな階位、誠におめでとうございます」


「むぅ~……なんか、こそばゆい~……けど、嬉しいかも」


 ユカナはそっとシュメールの衣装の裾を撫で、金刺繍の感触を確かめながら、ちょっとだけ得意げに微笑んだ。茜は思わず吹き出した。


「散歩してただけなのに、出世街道まっしぐらじゃん!」


 ユカナは頬をぷくっと膨らませるが、すぐに得意げに胸を張る。裾布がぱん、と弾けるように揺れた。


「むぅ~……でもまぁ、嬉しいからいいや! これで風のパワー倍増だよ~!」


 三人の視線と拍手を一身に浴びながら、ユカナは何度も衣装の金刺繍を撫でた。白い空間に、仲間たちの笑い声と風鈴のような神気が交差する――ほんの束の間の、平穏と誇らしさに満ちた時間だった。


 突然――。


 空間の天井が、音もなくぱっくりと裂けた。そこから差し込むのは、視界を焼くような強烈な光。だが熱も風もなく、ただ静かに――だが圧倒的な威圧を持って、ブリーフィング空間全体を支配した。


 その中心に、ひとりの存在が立っていた。


 女神。


 その姿は荘厳にして冷厳。肩までの銀髪が真っ直ぐ落ち、瞳は深く澄んだ藍。身にまとう衣は月光を編んだかのように光をまとい、周囲の空気すら律しているように見えた。


「……っ!」


 ユカナは咄嗟にぺたりと地に伏せ、深々と額を床に押し当てた。


「し、至高神テラ様……!」


 普段は脱力モードの彼女からは考えられない、緊張と畏怖のこもった声だった。


 一方――。


「……え、だれ?」


 茜はぽかんとした表情のまま、首をかしげる。その反応に、ユカナが目だけでこっそり振り返り、ひそひそと告げた。


「し、至高神様……神界で一番エラい方だよぉ……!」


「えっ、マジで!? ていうか、なんでこっち来たの?」


 困惑する茜に対して、現れた女神――テラは、穏やかではあるが硬質な声で告げた。


「構わなくて結構です。今回は少し事情があるゆえ、そのような形式は不要です」


 その一言に、ユカナがさらにぺこぺこと頭を下げ、茜は逆に背筋を正す。リュシアとガルナードも無言のまま一歩引き、距離を取った。テラは、まっすぐ茜たち四人を見つめた。


「今回、皆さんに対して――謝罪しなければならない事があり、私自ら出向いたのです」


 その静かな口調のまま、声だけが鋭くなる。


「……いつまで隠れているのです? すぐに来なさい」


 場が凍りついた。その瞬間、空間の端がぐにゃりと歪み、そこから、ふらふらとひとりの神が姿を現した。


 ユクアだった。


 いつも通りの尊大な態度はすでになく、肩をすぼめ、青ざめた顔でテラの前に進み出る。


「うう……っ、た、大変申し訳ありませんでしたぁっ!」


 そして――土下座。


 あのユクアが、神界最上位の至高神の前で、地面に頭をこすりつけるという衝撃の光景に、場が静まり返った。


挿絵(By みてみん)


 その瞬間、茜はすべてを察する。


「……やっぱり、あんたの仕業だったんだね」


 睨みを利かせた茜の声に、ユクアがさらにぺたりと頭を伏せ、返す言葉もない。テラはそのまま、茜たちに向き直り、ゆっくりと頭を下げた。


「本来このような事態は、神界としても不祥事以外の何ものでもありません。至高神として、深くお詫びいたします」


 その言葉に、茜も一瞬、息を呑んだ。横を見ると、ユカナが目を真ん丸にして硬直している。ユクアがやらかしたせいとはいえ、至高神自らが謝罪を口にするのは、神界でもよほどの事なのだろう。


 一方のユクアはというと――


「……あわわ……私のせいで……テラ様が……ひっく……」


 完全に放心状態だった。テラの謝罪が終わった後も、空間には重い沈黙が流れていた。その静けさを破ったのは――茜だった。


「まあ、神様でも間違いはあるってことでしょ」


 軽やかな口調に、ユカナが思わず「えっ」と顔を上げる。テラですら、わずかに眉を動かした。


「私、日本の神話しか知らないから、本当の“神界”とは違うかもしれないけどさ……日本の神様って、結構やらかすんだよね。アマテラス様、天岩戸に引きこもるし、スサノオさん暴れるし」


 茜はにっと笑いながら、胸元のペンダントをつまむ。


「でもだからこそ、親近感あるんだよ。“完全無欠”じゃない神様の方が、人間の味方してくれる気がするし」


 空気が、少しだけ和らいだ。テラは一瞬目を伏せ、そしてもう一度、茜に向かって深く頭を下げた。


「――あなたの寛容さに、感謝します。風の大巫女、茜」


 ユカナが驚いて口を開けかけるも、リュシアが静かに制した。テラがここまではっきりと個人に感謝を述べるのは、極めて稀なのだ。顔を上げたテラは、そのまま本題に入った。


「さて、今回の件に関しましては、ユクアはこちらで直接監督いたします。もう余計な干渉はありません。どうぞ、安心して次にお進みください」


「うん、それはありがたい」


 茜が頷くと、テラは小さくうなずき返し、続けた。


「それと――これは謝罪というわけではありませんが、次のステージにおいて、あなたに選択肢を一つ提示しましょう」


「……選択肢?」


「次の舞台は“アラッタ戦役”となります。本来であれば、シュメールを征服したアッカド帝国が東方のアラッタに侵攻する、という世界線です。ですが……あなたの活躍、そしてユクアの干渉によって、アッカドはこの世界では撃退され、シュメール王国が存続している」


 テラはゆっくりと言葉を繋いだ。


「そこで、あなたに選ばせましょう。一つは、完全に別の世界線に移動し、アッカド帝国が存在する正史に則ったアラッタ戦役を体験すること。もう一つは――そのまま、この世界線でシュメール王国の存続を前提にアラッタと対峙すること」


 テラの瞳が、茜をまっすぐ見据えた。


「どちらでも構いません。あなたの自由です」


 茜は、ほんの数秒だけ考え――そして即答した。


「シュメールに、そのまま戻って次のステージに行くよ」


 迷いはなかった。


「思い出、いっぱいあるからね。あの続きを楽しみたいかな」


 その言葉に、ユカナが思わず顔をほころばせる。


 テラは柔らかく微笑み、頷いた。


「分かりました。本来であれば、キャンペーンが一区切りつくたびに、状態をリセットして別の世界線に移行するのが原則です。しかし……今回は特例として、同一世界線のまま次のステージへと進めるようにいたしましょう」


 その声が、少しだけ優しくなる。


「――茜、でしたね? あなたの寛容さを、私は確かに見せてもらいました。それに対する私なりの礼です。しっかり、楽しんできてください」


 テラがくるりと背を向ける。その姿が光の中に溶けていこうとした、その時――ふと、足を止めた。


「……それと。そこにいるユクアに、きっと“補償”を求めるつもりなのでしょうけれど――」


 茜は、ニヤリと唇を吊り上げた。


「バレてた?」


「それはもう。私も一応、神ですからね」


 言いながらも、その声にはどこか呆れ混じりの親しみが滲んでいた。


「けれど、あなたがユクアを“許した”のも本心でしょう? その心の在り方も、確かに見届けました。だから……あなたのことを、少しだけ私も見守ってみましょう」


 光が強まる。


「よい旅を、風の大巫女――」


 そう言い残し、テラは静かにその場から姿を消した。


 テラが完全に姿を消し、空間に静けさが戻る。


 ――が。


 その沈黙を最初に破ったのは、やはりこの人だった。


「さ~てと」


 茜が肩をくるりと回し、ニヤリと笑みを浮かべて、じりじりと一歩ユクアに近づく。


「このダ女神に、今度は何を補償してもらおうかなぁ~」


「は、はあっ!?」


 声を上げたのはもちろんユクア。さっきまで地面に張りついていたはずなのに、いつの間にかぴょこんと立ち上がっていた。


「あんたのせいで私がこんな目に……!」


「おやおや?」

 茜は人差し指を立てて、にっこり。

「それ、テラ様の前でも言える? “私は無実ですぅ”って?」


 ユクアはぴくりと肩をすくめ、顔を引きつらせながらも、なお反論しようとする。


「だ、だって、ちょっと味付けしただけで――!」


「“味付け”ねぇ……あんたの“味付け”のせいで、王が一人、戦場で死んでるの。しかも民に慕われた、若くて志ある王が」


 茜の声が一段低くなる。ユカナが「……」と口をつぐみ、リュシアも目を伏せる。ガルナードの眼差しだけが、まっすぐにユクアを射抜いていた。


「ふ……ふん、でも結局勝ったじゃない! それで万事オーケーでしょ!?」


「は?」


 茜の笑顔がスンと消えた。


「いい? 私は勝ったからって全部チャラにするほど甘くないの。現場を混乱させて、歴史を歪ませて、仲間を危険に晒した。これ、どう落とし前つけるつもり?」


「う、うう……!」


 ユクアの額に冷や汗が浮かぶ。が、茜はすでに指を三本、ぴしっと立てていた。


「その1! 最終戦の損害、全回復」


「ぐぬ……はい」


「その2! 神力400。破格でしょ?」


「よ、400!? し、至高神の庇護で強気に出すぎじゃない!?」


「ううん、これは情け。ほんとは倍でもいいくらいだよ?」


 茜が満面の営業スマイルを浮かべる。ユクアは歯ぎしりしながら、何とかうなずく。


「で、問題の――その3!」


 茜は指を一本立て直すと、じり、と一歩前へ出た。


「今後またあんたが不正介入してきたら、次は同行。私たちと一緒に最前線、強制出陣!」


「はああああああああああっ!? それだけは絶っっ対に嫌!!」


 ユクアが悲鳴を上げて両手をブンブン振る。


「何で私がそんな下界の泥くさい戦場に……! え? 神界の上位神の私が人間たちの陣営で現地入り!? ありえないからっ!」


「ありえるんだよ。前例できたから」


「できてないっ! あんたが勝手に言ってるだけでしょ! 認めない、そんな誓約、ぜったい無理! 冗談じゃないっ!」


 珍しく本気で抵抗を見せるユクア。だが――。


「いいの? 今ここで断ったら、至高神テラ様に、“結局ユクアは反省してません。多分またやらかします”って報告しちゃうけど?」


「う、ぐ、ぐぬ……卑怯すぎる……!」


「褒め言葉いただきました~」


 茜は指先を打ち鳴らすようにぱちんと弾き、勝利の笑みを浮かべる。


「じゃ、誓約ね。次にヘンなことしたら、問答無用で連れて行く。それも私の“好きなタイミング”で」


「ぐ、ぐぬぬぬぬ……お、覚えていなさいよぉぉぉ……!」


 顔を真っ赤にしながら、悔し涙すら滲ませたユクアは、くるりと身を翻し、神界への転移門を開く。最後にこちらを睨みつけながら、まさに“敗走”の形で去っていった。


 ――しん。


 静まり返る空間に、やがてリュシアの平坦な拍手が一つ。


「見事な戦後交渉でした、主。まさに圧勝」


「うむ……あの様子では、しばらくは牙も爪も抜かれておるな」

 ガルナードも呆れと納得が半々の表情でうなずく。


 そしてユカナはというと。


「ぷ、ぷぷぷぷっ……まさか、お姉ちゃんが……至高神様の監視付きで……同行誓約……ぷはっ、お腹痛い……!」


 あまりの面白さに、ついに床に座り込んで腹を抱えて笑い出した。


 茜は勝ち誇った表情のまま、ウインク一つ。


「さーて、これで“風の大巫女”とその仲間たちに、余計な横槍は入らないってわけだね。次、思う存分楽しませてもらうよ」


 しばしの笑いと沈黙の後、空間にひとつ、無機質なチャイム音が響いた。


 《作戦終了。神力精算フェーズを開始します》


「お、来た来た」


 茜が手をパンと叩くと、空間の中央にホログラム形式の神力表示パネルが展開される。四人の視線がそこに集中した。


「まずは、特別シナリオCの報酬……初期勝利点150に、S勝利ボーナスで+100、で合計250ね」


「ふむ。条件としては文句なしですな」

 ガルナードが腕を組んで頷く。


「そして補償分として、先ほどユクアから吐き出させた神力400」


「情け深い条件だったのにねぇ」

 茜がわざとらしく笑う。


 そして次に表示されたのは――「神格貢献による恒常信仰獲得:170」


「これは……風の神ユカナへの信仰です」


 リュシアが読み上げる。


「シュメール全土に“准至高神格”としての信仰が広がった結果です。主要8都市から各20、原始時代のグロガン部族から10。合計170ですね」


「おお~っ!」

 ユカナが目を輝かせた。

「ついに、自由に使える神力が入ったんだよ~! わ、私の神力ストックに、ちゃんと入ってる!」


「うん、でも今回は預けるだけね」

 茜がにやっと笑いながら、指でユカナの額を軽くつつく。

「無駄遣いは絶対禁止。ちゃんと保管しておくように」


「むぅ~~~……はぁい……」

 期待していた自由を即座に封印され、ユカナはしょんぼり肩を落とした。


 こうして精算結果は以下の通りとなった。


茜:


前回残存:4

特別シナリオC報酬:250

ユクア補償:400

合計:654


ユカナ


恒常信仰による獲得:170

合計:170


「では、文明ツリーの進行はいかがいたしますか、主?」


 リュシアが神力画面を操作しながら確認を入れる。


「次の時代に入る直前です。ここで大量消費するのは得策とは思えません。私の提案は、文明2-3、すなわち“祭祀階級と神殿軍”の開放にとどめるというものです」


「神力コストは?」

 茜が目を細めて聞く。


「本来なら120ですが、私の指揮官補正で86です」


「ふむふむ、まあそれくらいならいいか。よし、開放!」


 茜が快諾すると、画面上にある技術ノードがふわりと光を帯び、解放されていく。


「ただ……リュシア、これ新しく雇用できる部隊が出てこないけど?」


 画面を覗き込んだ茜が首をかしげる。


「それは当然です」

 リュシアがすぐに答えた。

「この技術は“新たな部隊を直接追加する”のではなく、“既存の特定ユニットの進化条件を満たす”ためのものです」


「つまり……?」


「祈祷巫女、神官戦士――これらの進化が、正式に可能になりました」


「……おお~、なるほど! やっとこの子たちの本気が見られるんだ!」


 納得した茜は、腕をぐるんと回しながら笑みを浮かべた。


「よっし、準備は万端。あとは――シュメールに、風の大巫女として戻るだけ!」


「それでは、次の転移先についてご説明します」


 リュシアが手元の情報端末を操作しながら、淡々と口を開く。


「次に向かうのは、先ほど我々が離脱した――その十五年後のシュメール。具体的には、ウンマの地です」


「十五年後……」


 茜が腕を組みながら目を細めた。


「つまり、ルガルニル王が戦死してからしばらく経った世界ってこと?」


「はい。その間にナムル王への王位継承も進み、国内体制や宗教的な地位にも変化があると見込まれます。ただし――」


 リュシアの視線が茜をまっすぐに捉える。


「“風の大巫女”としてのあなたの存在は、この十五年の間に失われてはいません。神話的存在として、むしろ伝説化している可能性もあります」


「……それって、堂々と戻っていいってこと?」


「ええ。むしろ、遠慮なく」


 茜は口元を緩めた。


「了解。じゃあ、全力で“帰省”させてもらおうかな」


 彼女は足元に置いたお宝袋に一瞥をくれた後、腰に手を当てて言った。


「でも持ち込みは最小限で。派手にお宝を見せびらかすのも違うし、今回は――」


 茜の手が胸元に伸びる。そこに揺れていたのは、ルガルニル王の遺品でもある風をかたどった金のアミュレット。そしてもう一つ、衣の下に仕込まれた王族の正式印章を模した金細工のペンダント。


「この二つだけで十分」


 彼女はそれらをそっと手で押さえ、にっこりと微笑んだ。


「大巫女としての名刺代わりには、ちょうどいいでしょ?」


「お似合いです、主」

 リュシアが小さく頷く。


 転移準備が整い、空間の中央に新たなゲートが展開される。淡い金色の風が渦を巻き、遠くから古代の太陽と乾いた大地の匂いが、ほんのかすかに流れ込んでくる。


「じゃあ、行こうか。十五年ぶりの“再臨”ってやつだね」


 茜は一歩、転移の光の中へと足を踏み出す。風が舞い、衣の裾がふわりと持ち上がった。

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