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3話 交渉と策略の開戦前夜

 リュシアが茜の前に姿を現した、その荘厳な雰囲気が消えるより早く——


 「……っていうかさ」


 茜が突然、腕を組み、視線を鋭くした。


 「この布陣、どう見ても女だけじゃん? ヤバくない?」


 ユクアが目を細める。


 「何が“ヤバい”のかしら?」


 「何って……か弱い女性だけで戦場に放り込むとか、どういう神経してんの、ユクア様?」


 「……か弱い?」


 ユクアの頬が、ひくりと引きつる。


 「どこがか弱いのかしら。リュシアの登場を見て、それでも“か弱い”って言えるの? 見た目に惑わされてるだけでしょ?」


 茜は手のひらをくるくると回しながら言った。


 「いやいや、リュシアは見た目に反して強いのかもしれないけどさ、問題は“時代”だよ、時代。あんたが言った通り、私たちが行くのは“古代の世界”なんでしょ?」


 「それが何かしら?」


 「こっちは現代の日本から来たんだよ? こっちじゃ女性も働いてるし、戦ってるし、バリバリでしょ? でも古代は男社会ど真ん中でしょ?そんな世界に女だけ放り込むとか、どう考えても無茶振りじゃん?」


 「……ふむ」


 ユクアは、呆れたように口を尖らせた。


 「ちゃんと対等に見てもらえるよう、神力で認識補正を入れてあるわよ。古代人にも、“違和感のない形で”受け入れられるように設定済み」


 「設定だけじゃ意味ないのよ。現場は体力勝負なんだから」


 茜はズイッと前に出る。


 「古代の戦争よ? 認識は変えられても、力は変えられないでしょ。刀も槍も重たいし、物理で殴られたら終わるんだから。女性ユニットだけって時点で、戦術バランス崩壊してるわけ」


 ユクアが返す前に、冷静な声が割って入った。


 「——発言、許可を願います」


 静かに手を上げたのは、リュシアだった。彼女は茜の背後に立ったまま、淡々と進み出る。


 「茜殿の主張、一理あります」


 「ほら!」


 茜が満面の笑みでユクアを指差す。


 リュシアはそのまま続けた。


 「確かに、神力による認識保護は有効ではありますが……古代における戦争は、歩兵・弓兵・騎兵による物理衝突が主軸。体格差、腕力差、持久力差は、部隊運用において確実に不利要素となります」


 彼女はまっすぐにユクアを見る。


 「あくまで戦術単位の話ではありますが、戦場で“補正によって男女差が全くなくなる”というのは、非現実的な設計かと。そこを考慮すれば、一定の“補助的余裕”を持たせることは妥当ではないでしょうか?」


 沈黙。


 ユクアは口を開こうとして——返す言葉に詰まった。


 茜はすかさず追撃する。


 「ね? 言ったでしょ。リュシアが言うなら、それは正論ってこと!」


 しばしの沈黙のあと——ユクアは小さく息をついた。


 「……仕方ないわね。神力+30、追加で渡すわ」


 茜の目が、きらりと光った。


 「やった! 実質、男女不平等是正予算ゲットォ!」


 そのテンションの上がり方に、ユクアは完全に疲れ切った表情を浮かべていた。リシュアは黙って視線を伏せ、ユカナはソファで小さく拍手していた。


 「けどさあ、この“30”って、実際どのくらい使えるわけ? ぶっちゃけ数字のスケール感がわかんないんだけど」


 茜は手のひらをひらひらと振りながら尋ねた。


 「リュシアさん、この分って、どれくらいの戦力になるの?」


 声を向けられたリュシアは静かに頷き、即座に答えた。


 「そうですね。おおまかに言えば、歩兵ユニットを二〜三小隊追加で雇用できる程度の資源です。あるいは、補助装備の強化、遠征時の回復支援に転用する選択肢もあるでしょう」


 「……おぉ、結構やれるじゃん」


 「特に初期戦力の充実度を考慮すれば、+30は無視できない差異を生みます。兵の数だけでなく、編成の柔軟性、指揮効率の向上にも直結するかと」


 「つまり……雑魚でもいいから数で押したい派の私には超ありがたいってことだね!」


 「……そういう表現も、間違いではありません」


 リュシアの口元が、わずかに引きつるのを茜は見逃さなかった。


 「じゃあ、ありがたく使わせてもらいますわ、ユクア様〜♪」


 「……この程度で満足してくれればいいのだけれど」


 そう呟くユクアの声は、どこかすでに敗北を受け入れたような響きだった。


 神力+30を勝ち取り、リュシアの補足で“それなりに使える戦力強化”と判明した茜は、満足げに胸を張った。


 だが——その表情は、まだ「終わってない顔」だった。


 「じゃあ……」


 と、茜が口を開く。


 「せっかくだし、一年くらいここで英気を養ってから出発するわ」


 「賛成!」


 反応したのは、思いのほか元気なユカナだった。スリッパをぱたぱた揺らしながら、手を小さく挙げる。


 「ここ、空気もいいし……何より、寝放題だし……」


 「でしょ?」


 茜がサムズアップを送り、二人の間に妙な連帯感が生まれる。


 だが——その空気をぶち破るように、ユクアの冷え切った声が飛んできた。


 「すぐに行け。契約は、すみやかに履行しなさい」


 ユクアの声音は、さっきまでの譲歩モードから一転して固かった。だが、茜はまったく動じない。むしろ、そこに食いつく。


 「……ねえ、ユクア。その“すみやかに履行”って言葉さ……」


 茜は人差し指を立て、にやっと笑った。


 「契約書に、“期限”とか“開始日”とか、明記されてたっけ?」


 「……ないわよ。神契には形式的な期限設定はない。でも“合意と準備が整い次第”と明記されてるわ」


 「だよね。つまり、“今すぐ行け”ってのは、あなたの都合ってことじゃん」


 ユクアの眉がわずかに動いた。


 茜は一歩前に出て、明るく指を鳴らす。


 「こちらとしては、まだ心の準備も体力の調整もできてないし、せめて一泊して温泉くらい入りたかったのよ。でも、あなたの“今すぐ”に応えて即出陣するわけ。……それって、“最優先対応”だよね?」


 「……何が言いたいの?」


 「わかりやすく言うとね——早期納品って、手数料つくよねって話!私、正式なスケジュールすら与えられてない契約を、“あなたの希望に合わせて”前倒しで動くわけだから、それなりの“特急料金”は乗せてほしいな〜って」」


 「……」


 「だってさ? このタイミングで出発して、もし何か事故ってこけたらどうするの?次の旅人探すにも、また神力いるでしょ? なら、今のうちに私に投資しといた方がよくない?ト・ウ・シ。投資ですよ、ユクアさん♪」


 言葉の一つひとつが、抜かりない。しかも嫌味にならないテンションで押し切ってくるのだから、なおタチが悪い。


 ユクアは、顔を伏せて深く溜め息を吐いた。


 長い沈黙の末、ユクアは肩を落とし、力なく口を開いた。


 「……なんて欲張りなの……」


 そして、ひとつ目を閉じて深く息を吸い、諦めにも似た声音で言った。


 「神力+40——いいわ、それで」


 「交渉成立♪」


 茜は即答で返し、両手を小さく叩いて喜んだ。


 「これで、神力100+“お詫びの+50”+“男女是正+30”+“特急対応+40”で——合計220スタート!いや〜、これが営業力ってやつだね!」


 「……自己評価が高すぎる……」


 ユクアは遠い目をしながら呟く。


挿絵(By みてみん)


 「私、今この瞬間に限って、神格がほんのちょっと下がった気がするわ……」


 「それ、ちゃんとログとってあるなら後で開示請求出すね」


 「そこまでです」


 そのやり取りを横で見ていたリュシアが、ふぅと小さく息を吐いた。


 「主命を遂行するにあたり、支援体制の強化は合理的判断といえるでしょう。……ただ、その交渉手法には、若干の混沌と混乱が含まれていた気がしますが」


 「え、でも勝てば正義だよね?」


 「“結果がすべて”という価値観においては、そうかもしれません」


 控えめな言い回しに見せかけて、完全に皮肉である。


 だが茜はまったく気にした様子もなく、楽しげにポケットの金貨を指先で転がした。


 「よーし、これで戦場準備は整った! あとは最初の相手がどんな奴か、楽しく攻略していくだけ♪」


 神力220を携え、SSR指揮官リュシアを従えた神代茜。準備を整えた彼女は、光の転送陣へと足を踏み出す。その背に、ユカナがトボトボとついて行く。いつもの脱力系の態度を崩さないまま、それでも少しだけ背筋が伸びていた。


 「……今回の導き手の人、ちょっと……違うかも」


 ユカナがぽつりと呟くと、リュシアが無言で彼女を一瞥する。


 「主導者としての資質は“異常”といえるほど突出しています。……そのぶん、私の側の覚悟も必要になりそうですね」


 茜は振り返らずに笑った。


 「ま、私の指揮について来られるなら、誰でも歓迎だよ。あんたら、覚悟できてる?」


 「はい」


 「うん……」


 そして光が放たれ、三人の姿は、次元の狭間に消えていった。


****


 ──残されたユクアは、しばし転送陣の消えた跡を見つめていた。その顔に浮かぶのは、静かな微笑。だがその奥に宿るのは、別の色だ。


挿絵(By みてみん)


 「……ふふっ。まぁ、あれくらいの譲歩なら、どうということはないわ」


 誰もいない空間で、ユクアは独り言をつぶやいた。


 「神力220? 確かに多いけれど、どうせ直ぐに無くなる量……それでユカナが神になれるのなら、安い買い物じゃない」


 表情の奥に、ほのかな黒が滲む。


 「それにね、あの程度に欲深く、目先の得ばかり追いかける導き手なら……妹が“ある程度の神格”を得ることはあっても、高位神になることはないでしょうね」


 淡々と語られる分析。そこには情ではなく、計算と保身が透けている。


 「私より上位の神にでもなられたら、それこそ困るもの。そういう意味では、今回の人選も、条件も……すべて思い通り。多少の追加支出はあったけれど、“私の希望通りになりそうで、本当によかった”わ」


 そして、唇にわずかに笑みを浮かべて、こう締めくくる。


 「せいぜい頑張って、私の妹を“ちょうどいいレベルの神”にしてくださいね、神代茜さん」


 その表情は、明るさに隠された——

 策略と支配欲の結晶のような、腹黒い微笑だった。


神様と交渉でなんとか余分な神力をもぎ取った主人公。少しでも有利な形で始めようと必死です。感想などありましたら是非よろしくお願いします。

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