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17話 湿地の旧道、風は裏から差し込む

ギルスの戦が終わった夜。戦場の喧騒が遠ざかり、風に乗って吹く草の匂いが野営地に漂いはじめる頃、茜たちは野戦司令部の天幕に集まっていた。地面には、今は戦場を離れて“神力”を管理するための簡易台が設けられ、女神の戦況盤の脇には神力を示す刻印入りの石片が積まれている。


「今回は“作戦会議空間”はなしね。戻ったら雰囲気壊れちゃうし。せっかくリアル古代にどっぷり浸かってるのに」


茜はそう言って、戦況盤の表示に指をすべらせながら肩をすくめた。


初戦勝利ボーナス:50

戦術勝利報酬(S評価):30

前回からの残り:17


合計:97神力


「次の戦いまで編成タイム……本来ならここで神力全投入の強化ってのがセオリーなんだけど――」


茜の指が神力一覧の強化項目に触れかけて止まる。そのまま、ふと視線を落とす。


「……でもさ」


思い出すのは、数日前、リュシアが言ったあの言葉だった。


(歴史が変わっている可能性があります。油断は禁物です、主)


その時、画面の片隅に表示されたユニットの一つに、茜の目が止まった。


「……この子だけ……ちょっと気になるな」


それは、白衣をまとった鼓舞型の祈祷巫女。やや不機嫌そうな顔立ちがどこかユカナを彷彿とさせる。


「この時代の祈祷巫女は強力です。支援能力、士気上昇、精神防御。今後の長期戦を考えるなら、このタイミングでの採用は合理的です」


リュシアが冷静に補足する。


「ふむ。主の軍は現時点で突出しています。無理に伸ばすより、次を読む方が“強者の備え”ですな」


ガルナードも、整えた鎧の袖を直しながら一言だけ、確信を込めて言った。茜は一拍の沈黙ののち、頷いた。


「よし、祈祷巫女、採用っと。あとは、負傷兵の回復だけで留めておこう」


神力消費内訳:

祈祷巫女の雇用:20

中装槍兵(2部隊×8%)=3

軽槍兵(3部隊×5%)=2

投槍兵(2部隊×2%)=1

戦車部隊(2部隊×6%)=3

→ 合計使用:29神力


残神力:68


「ふふ、これだけ貯めておけば、もし“歴史の歯車”が軋んでも、どうにかなるでしょ」


「神力を投じる余裕が“神の証明”になる……そういう見方もできますね」


リュシアが呟く。その言葉に、茜は笑ってから、戦況盤の画面を閉じた。


「よし。次は、またズルくて賢い戦いを考えよっか。風の神様の看板、ちゃんと活用しないと」


風は確かに、次の戦場を指し示していた。


****


夜の野営地には、湿り気を含んだ風が流れ、焚き火の煙が低くたなびいていた。ギルスの戦から数日。茜たちは、次なる戦地を目指して王子軍と共に進軍中だった。野営地の中央には王子の天幕が張られ、そこから幾本もの命令の線が放射状に広がっている。茜は自身の天幕の中で、戦況盤を広げながら報告を待っていた。そのとき、軽い足音とともに伝令が天幕をくぐる。


「風神の巫女殿、ご報告いたします。ウンマより、ルガルニル王子の部隊に義勇兵が合流いたしました」


茜が顔を上げると、伝令は端的に報告を続けた。


「これで、ルガルニル王子の軍の先日の損耗は回復。さらに投槍兵は1部隊増え、計2部隊となります」


「へえ。思ってたより、いい感じで補充されてるじゃない」


茜は軽く頷くと、戦況盤の上にある兵力表示を指で弾いた。ユニットの表示が変わり、王子軍の構成が更新される。


軽槍兵:2部隊(補充済)

投槍兵:2部隊(1部隊増強)

神官戦士:1部隊

祈祷巫女:1部隊


「この構成なら、ある程度の範囲で戦えるし、間接攻撃支援もまともに整ったって感じだね」


天幕の隅で地図をめくっていたリュシアも、小さく頷いた。


「最低限の形にはなりましたね。ルガルニル王子の軍が戦闘の主力となる想定をすると、これでようやく及第点です」


その言葉の直後、別の伝令が駆け込んでくる。


「報告です。ラガシュ軍が本格的に動いております。王弟が指揮をとり、この先にあるグアエデナ湿地にて迎撃の構えを見せているとのこと!」


茜は戦況盤を閉じ、深いため息をついた。


「……こりゃ……うちの“ゴロゴロ部隊”、出番なしってこと?」


“ゴロゴロ部隊”――シュメール戦車隊の通称。前回の戦場では最強を誇った機動突撃部隊も、湿地では車輪が泥に沈む。ただの重い塊でしかなくなる。


「敵も、よく見てるってわけか……」


戦車部隊の主力が使えない。それは、茜軍の戦力の半分を封じられるに等しい制約だった。


リュシアが静かに立ち上がる。


「まずは、地形の把握から始めましょう。戦術は、地形と情報がすべてです」


「……うん」


茜は再び、戦況盤に指を滑らせる。


「じゃあ、神様の目に頼らせてもらおうか――風の向く先、見せてもらおう」


布越しにゆらゆらと揺れる明かりが、茜の手元を照らしていた。卓上には女神の戦況盤が展開され、立体投影されたグアエデナ湿地の地図がゆっくりと回転している。


「湿地、ねぇ……」


茜は腕を組み、投影された地形の一点に視線を留めていた。草原、葦、浅い水路、泥地。どこを見ても、戦車で突っ切れるような地形ではなかった。


けれど――


「……あれ?」


投影地図の一部、東側の帯状の地形。そこだけ、ごくわずかに起伏が滑らかで、草の色合いが他と異なって見えた。


「なんか、ここだけ地形が“のっぺり”してる」


「……?」


リュシアが茜の指差す箇所を覗き込み、そっと目を閉じた。


「未来視、発動します」


声が低く、静かに響く。次の瞬間、空気がわずかに震え、リュシアの身体から淡い光が滲んだ。卓上の戦況盤と、リュシアの意識が重なる。やがて、彼女のまぶたがわずかに震え、そして言った。


「これは……古の運河跡です」


「運河……?」


「干ばつ期に築かれた灌漑路の一部。おそらく、かつてはラガシュの農耕地帯を潤していた水路。ですが今は……放棄されています。地図にも記されていないでしょう」


「つまり、“通行不能”って扱いになってるってこと?」


「はい。通常の視察や偵察では見落とされるでしょう。しかし――」


リュシアは戦況盤を指差す。


「底質は固い。シュメール戦車程度であれば、十分に通行可能です」


茜の目が輝いた。


「……使える、これ」


彼女の声が、戦術の歯車を回し始める。


「誰も気づいていない、なら使わない手はないよね」


立ち上がった茜は、即座に伝令を呼び、命を下した。


「今すぐ、偵察隊を現地に派遣。通行可能かどうか、実地で確かめて!」


「はっ!」


伝令は風のように天幕を出ていった。


****


翌日の昼頃、グアエデナ湿地に陣を敷き、明日には戦いに移ろうとしている茜軍の本隊に、昨夜の伝令が戻ってきた。


「報告します! 昨日命じられた地点、現地確認完了!」


茜は振り返り、伝令の言葉を促すように視線を向ける。


「旧運河跡と思しき草地、確かに存在。周囲の草地に比べ、土壌が固く沈下もありません。槍兵・戦車、両方通行可能です!」


「敵の偵察網には?」


「周辺は視界が遮られており、敵の巡回ルートも確認できませんでした」


リュシアが小さく頷いた。


「……予見通りです」


茜は深く息を吐いた。


「よし。これで道が見えた」


湿地の中に眠っていた、かつての命の水路。忘れられたその流れが、今、風の導き手たちの手で再び“戦術の道”として甦ろうとしていた。


****


戦闘を明日に控えた夜の司令天幕は、凛とした静けさに包まれていた。中央の卓には簡易地図が広げられ、その周囲を囲むのは、茜、リュシア、ガルナード、そしてルガルニル王子と配下の指揮官達。戦の火蓋を切る前の、最後の作戦確認が始まっていた。


「今回の作戦だけど――」


茜は地図の中央を指し示し、淡々と話し始めた。


挿絵(By みてみん)


「ルガルニル王子の軍を中央に配置。敵の前線をしっかりと押さえてもらうよ。うちの軍は左右翼に展開して、敵前衛の拘束を補完」


「ふむ……敵の攻勢を受け止め、敵の拘束が目的ですね」


王子が頷く。


「でも、それだけじゃないんだよね」


茜の指が地図の東側、草に覆われた緩やかな帯に止まる。


「ここに、使える道が一本あるの。忘れられた古い灌漑路――湿地の中に埋もれていた旧運河跡なのよ」


ルガルニル王子の眉がわずかに動いた。


「旧運河……?」


「そう。現地偵察でも通行可能と確認済み。ラガシュ軍はこの地形を“通行不能”として扱っているみたい。つまり、完全な盲点」


リュシアが補足するように言う。


「この道を通って、主のシュメール戦車2部隊と軽槍兵1部隊を後方へ回します」


「目標は?」


「敵の投槍兵、神官戦士、そして――司令部」


茜は静かに言い切った。


リュシアが一歩進み出て言葉を重ねる。


「敵の指揮系統を断てば、前線の士気は著しく低下します。損耗も最小限で済みます」


ガルナードが、重厚な声音で続ける。


「それでは私の役目は、ルガルニル王子と共に敵の前線を押さえ、動きを拘束することにありますな。主殿、お任せあれ」


茜は頷きながら笑う。


「迂回して敵司令部を叩く前に前線が崩れたら、この作戦は全部失敗。ガルナード、頼りにしてるわ」


ルガルニル王子はしばし沈黙し、地図を見つめたのち、言った。


「……よくぞそんな道を見つけましたね。それと先日初めて見た戦車の集中運用。ここでも行うのですね。分かりました。あなたの一手にかけましょう」


そして、彼はふっと笑みを浮かべる。


「今回は、私も前線に立ちます。兵と共に、槍を取りましょう。――風神の巫女殿も、武運を」


茜は一礼し、真剣なまなざしで返す。


「任せといて」


夜風が天幕の端をそっと揺らした。


****


夜が明けきらぬうちに、グアエデナ湿地は霧に包まれていた。草の香りと泥の湿った匂いが、地面すれすれに漂い、遠くの音をぼんやりと滲ませる。水面のように波打つ濃霧の中、茜は天幕の前に立っていた。手元には、昨夜まで展開していた戦況盤。淡く光っていた投影はすでに消え、木製の盤面は静かに閉じられている。彼女はそれを鞄に収めると、朝の冷気を吸い込み、小さく息を整えた。


「よし。今回も勝ちにいこうか」


その言葉に、背後で控えていたリュシアがわずかに頷く。自軍の兵士たちの音が霧の中でかすかに鳴り、列の動きを告げていた。


そしてその中――戦列のさらに後方、白衣をまとい、椅子代わりにされた荷箱に座っているユカナの姿があった。半分まどろみながら、完全武装したスパルタのポプリタイに囲まれ、湯気の立つ椀を手にしている。茜は呆れ顔で振り返り、片手を腰に当てる。


「……あんたさあ、一応“神様”なんだから、こっちの勝利くらい祈ってなさいよ」


ユカナは目を細めたまま、間延びした声で返す。


「……はぁ~い……がんばってね~……」


「もうちょっと真剣に祈って……!」


小さくつぶやいた茜は、呆れたような笑みを浮かべて再び前を向いた。


数刻後、ウンマ軍の本陣。

ルガルニル王子は戦車の上に立ち、剣を高々と掲げる。


「――ウンマ軍、前進!」


その声が霧を裂いた。槍の列が動き出し、旗が揺れ、湿地の地面に新たな足音が刻まれていく。それは、決戦の地へと向かう、静かなる行軍だった。

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