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12話 ズル戦術、文明を制す──そして時代は動き出す

この話から、実際のストーリーが始まります。戦闘中の基本的なルールはチュートリアル戦に書かれていた形で動いています。

 リュシアは静かに頷き、戦況盤へと歩み寄ると、その指先で虚空を一撫でする。すると、盤面に淡い光が広がり、次なる時代の名が浮かび上がった。


 《文明ステージ:Lv.1 都市国家の夜明け──シュメール時代》


 「次に向かうのは、初期青銅器文明──都市国家が割拠していたシュメールの時代です」


 リュシアは淡々と説明を始めた。光のスクリーンには泥レンガの城壁や、太陽の下に輝く都市の輪郭、そして既に茜が運用しているシュメール戦車の姿が投影される。


 「この時代の主要な舞台は、ウンマ、ラガシュ、ウルといった都市国家間の争いです。とくに、今回のシナリオではウンマの王――ルガルザゲシの統一戦争に関与することになる可能性が高いと見ています」


 「ルガルザゲシ……名前だけは聞いたことあるけど……」


 茜は頬に指を当てながら考え、ふと目を輝かせて言った。


 「……あっ、ちょっと待って! それって……まさか……!」


 手のひらをパチンと打ち鳴らし、椅子から立ち上がった。


 「この前、博物館で見たシュメールの宝物――あれを実際に見つけるチャンスってこと!? やばっ、本物手に入るチャンス来た!?」


 戦況盤に浮かぶ泥レンガの街並みや、装飾された聖堂の映像を前に、茜のテンションはうなぎのぼりだった。


 そんな彼女の様子に、ガルナードが眉をひそめて口を開く。


 「……主よ、確認しておきたいのだが。お宝を探すのが目的であって、ユカナ様の神格を高めることは“ついで”なのか?」


 その問いに、茜は悪びれた様子もなく、キラキラした目のままきっぱりと答えた。


 「うん、そう。お宝がメイン! ユカナの神格? あれは結果オーライってことでいいんじゃない?」


 ガルナードは「……本当にそれで良いのか」と言いたげな目をしたが、隣で控えていたリュシアが一歩前に出て、静かに口を開いた。


 「方向性としては一致しています。信仰の拡大と英雄的行動は、いずれもユカナ様の神格上昇に寄与します。よって、主の目的が宝物でも、実際の行動が一致していれば問題ありません」


 「だってさ!」


 茜がガルナードに勝ち誇ったように親指を立てる。ガルナードはため息を一つつくと、肩をすくめて言った。


 「……相変わらず型破りなお方だ。だが、目的が一致しているのならば、尽くす意義はある」


 「それじゃあ、今のうちに、ちょっと神力の使い道を決めておきたいんだけど――」


 椅子に座り直した茜は、手元の戦況盤に指を走らせながら、素早くリストを呼び出した。パネル上に浮かび上がるのは、未開放の文明技術たち。


 「リュシア、文明Lv.1の残りって、あと“1-3”だけで合ってる?」


 「はい。【防衛建築・信仰深化】のラインですね。祭祀系ユニットと城壁守備兵の開放が含まれています」


 「よし、それ開けよう! 神力90でしょ? でも、リュシアの補正で27%オフってことは……」


 「正確には消費66で済みます」


 「やっぱりリュシアがいると便利ね〜!」


 茜はほくほく顔でタップを確定させた。すると戦況盤に青銅器の印章が走り、文明Lv.1-3【防衛建築・信仰深化】が解放される。直後に新たな雇用ユニットの候補が追加表示された。


 「で、ここで雇えるようになるのが……城壁守備兵が70→52、祈祷巫女が60→44。両方合わせて96神力。これいっちゃおう!」


 指が勢いよく2つの項目を選択するたび、駒のようなユニットアイコンが盤面に転がり出てきた。どちらもこれまでにない特殊な構造を持ち、守備・信仰・補助という非戦闘的な要素を感じさせる。


 「これで……66+52+44、合わせて162消費。残り神力は47っと」


 茜が確認するように戦況盤を軽く叩くと、リュシアが小さく頷いた。


 「このタイミングで文明Lv.1をすべて解放しておくのは、非常に有効な判断です」


 「そう? けっこう思いつきだったけど?」


 「ですが、理に適っています。シュメール統一戦争は、おそらく全4戦構成。さらに、続いて発生する可能性が高いのが、同じLv.1の時代ステージである『アラッタ戦役』です。こちらはその後シュメールを征服したアッカド帝国の部隊として、東方に攻め込む戦役ですね。呪い的要素が強く、巫女系や信仰ユニットの活躍が期待されます」


 「なるほどね~。ってことは、いま開けちゃったほうが、この後スムーズってことね?」


 「ええ。後手に回ると、信仰系の展開で遅れが出ます。城壁守備兵についても、都市内部の戦闘や拠点制圧で大きな戦力差を生みます」


 茜は顎に手を当てて、すぐに納得したように小さくうなずいた。


 「ふむふむ、信仰が大事な戦いで、先に信仰を強化しておけば、ユカナの神格も上げやすくなるってことか。――いや、違った。お宝も手に入れやすくなるってことね!」


 「……結論の出し方が逆転してますが、まぁ、意味としては合っています」


 リュシアが苦笑を浮かべる傍らで、ガルナードが腕を組みながらぼそりと呟いた。


 「まったく……目的と手段が逆転しているようで、なぜか正しい方向に進んでいるのが実に不思議ですな」


 「戦術ズル女王をなめちゃダメよ?」


 茜はにやりと笑った。


挿絵(By みてみん)


 新たな技術とユニットの開放を終え、戦況盤の光が一段落したタイミングで、リュシアが手元の記録データをすっと指し示した。


 「……ちなみに、先ほどのチュートリアル終了処理により、練度と武装度が全ユニットに+1の補正が適用されました。その結果、いくつかの部隊が“進化条件”を満たしています」


 「進化……?」


 茜が首を傾げると、リュシアは無言で戦況盤を操作し、対象ユニットの詳細を映し出した。


 「例えばこの軽槍兵A。現在、武装度B、練度Bに達しています。これは、中装槍兵への進化条件――武装度B以上、練度C以上――そして文明1-2【陣形・投槍・車輪技術】の開放済を満たしており、神力10を使用すれば即座に進化可能です」


 戦況盤に表示された駒の周囲に、金色の円環が浮かび上がり、「進化可能」のサインが点滅した。


 「……なるほど。勝利によって自然と戦力の質が底上げされていくわけね。」


 ガルナードが腕を組みながら、うなずく。


 「中装槍兵は、軽槍兵と比べて防御に特化した密集戦ユニットだ。都市戦などの正面衝突では、突破阻止や耐久の面で有利になるだろう」


 「へぇ~。つまり、チュートリアルの成果が、次の時代の戦いにちゃんと“つながってる”ってことね?」


 「そういうことです」


 リュシアが簡潔に返すと、さらにもう一つのユニットに目を向けた。


 「こちらの軽槍兵Bは、武装度と練度がともにCですが、神力20を使用して武装度をBに強化すれば、同様に進化可能です。その後、進化処理に10――合計30で中装槍兵になります」


 「神力は……47残ってるから、両方やっても大丈夫、ってことか」


 「はい。ですがご留意いただきたい点があります」


 リュシアは指先をすっと動かし、補足説明ウィンドウを表示した。


 「部隊が進化すると、新しい戦術体系に切り替わるため、武装度と練度がそれぞれ一段階ずつ低下します。装備も戦術も一新されるため、現在の熟練度が完全に引き継がれるわけではありません」


 「まあ、新しい時代の兵ってことは、武器も違うし、訓練の内容も変わるってことだよね。わかるわかる」


 茜は軽く頷きながら、中装槍兵の駒を手に取り、じっと見つめた。


 「でもその分、性能的には上ってことなんでしょ? だったら、最終的に強くなるなら全然オッケー」


 「判断が早いのは助かります」


 リュシアは静かに微笑むと、進化の処理を開始した。駒がわずかに震え、内部から力強い光を放ちながら、より厚みのある形へと変化していく。


 「……これで、軽槍兵Aが進化。神力10消費。軽槍兵Bも、武装度をBに強化してから進化で合計30。残り神力は7です」


 「新型槍兵、二部隊か……次の戦争、ちょっと楽しみになってきたなあ」


 茜が笑うと、リュシアとガルナードが穏やかに頷いた。


 中装槍兵の駒が静かに茜の手に収まった頃、ガルナードはふと腕を組み直し、低く静かな声で口を開いた。


 「……主よ。ひとつ、気になっていることがある」


 その声音には、単なる確認ではなく、長年の経験から来る違和感のようなものが滲んでいた。


 「通常、チュートリアル終了時点での導き手は、せいぜい文明Lv1-1【銅武器技術】を開放し、軽槍兵や投槍兵のような初期の青銅部隊をほんの数ユニット抱える程度。指揮官も、チュートリアル後に召喚が可能な一名が精一杯だ」


 彼の視線が戦況盤に並ぶユニット駒――中装槍兵、投槍兵、神官戦士、そしてシュメール戦車へとゆっくりと流れていく。


 「だが、今の主殿はどうだ? 初期青銅文明レベルを1-3【防衛建築・信仰深化】まで全て開き、信仰ユニットまで揃え、中装槍兵への進化処理まで済ませている。さらに――」


 彼の言葉が、一拍置いて重みを増す。


 「軍師としても有能なリュシア殿に加えて、私のような実戦用の将を序盤から擁している。……そして、限定使用とはいえ、“ポプリタイ(スパルタ)”のような、青銅文明の時代では伝説級の強さが発揮できる護衛部隊まで所持しているとは」


 その名前を口にした瞬間、場の空気が一瞬だけ引き締まった。


 「他の導き手では……見たことも、聞いたこともない。常識の範疇を超えている」


 言葉を終えたガルナードの視線は、じっと茜を見据えていた。が、彼女はというと――


 「うん、まあ、そうよねー。自分でもちょっと出来すぎって思ってるもん」


 と、全く悪びれた様子もなく、むしろ楽しげに駒を指でつまんでいた。


 代わってリュシアが一歩進み、淡々とした声でその疑問に答える。


 「……これが、“今回の主”の力です」


 「……力、か」


 ガルナードは再び腕を組み直し、やや重々しい表情で呟いた。


 「規約の外に出たわけでもない……だが、これは制度の“隙間”を巧みに縫った結果、というわけですな」


 リュシアは微かに頷いた。


 「いずれ分かる、か……」


 その横顔を見ながら、リュシアは小さく息をついた。


 彼女自身も、最初は驚いたのだ。この“導き手”――神代茜という人物が、神との契約という枠の中で、合法的に、しかし巧妙に制度の穴を突き、神力を捻出し、自分を呼び寄せ、さらにガルナードまでも早期に招集したその経緯に。


 だが、ただの強運ではない。理詰めで制度の盲点を突き、自分の意図を巧妙に通しながらも、一切ルールは破らない。大胆不敵で、狡猾で、そしてどこか楽しげにこの“戦い”を受け入れている。


 ――こういう指揮官も、悪くない。


 リュシアは心の内でそう結論づけると、隣で戦況盤の駒を並べている茜に一瞥を送り、小さく頷いた。


 場の空気がひと段落しかけたその時、会議空間の奥から、パタパタと軽い音が響いた。


 「もう終わった~?」


 スリッパを引きずりながら、いつもの気の抜けた調子で現れたのは、もちろんユカナだった。両手を頭の後ろで組み、相変わらず戦場の気配をまるで感じさせない脱力ぶり。


 「あ、ちょうどいいところに。次、行くわよ」


 茜が椅子から勢いよく立ち上がると、戦況盤を指差し、にんまりと笑った。


 「さあ、いよいよ宝物を探しに、古代メソポタミアへ出発~!」


 「……あくまで目的は“宝”なんですね……」


 リュシアが呆れ混じりに呟きつつも、すでに戦況盤を操作していた。彼女の指先が淡く光を引くと、盤面に浮かぶ座標群が一斉に転移構成モードへと切り替わる。


 「転移ゲート、展開します」


 その言葉と共に、会議空間の中央に黄金の光が差し込んだ。空気が震え、床面の魔法陣がゆっくりと回転を始める。その中心に、渦を巻くような光の孔が広がっていく。


 黄金の渦はまるで時間そのものを巻き戻すように静かに、しかし確実に広がり、空間の壁さえも揺らがせていった。


 茜は胸元の駒を軽く握りしめ、ぐっと一歩踏み出す。


 「それじゃ、行きましょうか。お宝の待つ、シュメール時代へ!」


 彼女に続き、リュシアとガルナード、そしてユカナが順に光の渦へと足を踏み入れていく。


 * * *


 次の瞬間、茜たちの視界は一変した。


 広がるのは、乾いた風が吹き抜ける広大な草原。その先には、遠く薄茶色の輪郭がぼんやりと見える。――泥レンガで築かれた城壁、城塔、そして複雑に入り組んだ都市の姿。


 「……うわ、本当に古代に来ちゃった……」


 茜は周囲をぐるりと見渡しながら、胸の奥にこみ上げてくるものを抑えきれず、そっと呟いた。


 「この風……この陽射し……泥レンガの匂いまで……」


 風が彼女の髪をさらい、草原の匂いと共に、どこか懐かしさすら感じる熱気が頬を撫でる。


 「これ、資料でしか見たことなかった“あの時代”だよ……」


 その瞳は、遥か彼方に霞むウンマの城壁を真っ直ぐに見据えていた。


 「紀元前の空気を、いま私が吸ってる……本当に、この世界に足を踏み入れたんだ……」


 心の底から沸き上がる実感に、自然と唇がほころぶ。


 「王権の象徴“円筒印章”も……金とラピスラズリの首飾りも……」


 視線を空へと向け、静かに息を吸い込む。


 「全部、私を待ってるんだ――このシュメールの大地で」


 その言葉が風に乗り、広大な古代メソポタミアの草原に優しく溶けていった。


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