98話 第五軍アカーネ、始動
黄金に輝く列柱が並ぶ、ぺル=ラムセスの壮麗な謁見の間。まばゆい陽光が天窓から降り注ぐ中、白と青の礼装に身を包んだ神官たちが静かに控え、文官、将軍たちが威厳を湛えて整列している。壇上にはラムセス王とネフェルタリ王妃が並び立ち、その威光に満ちた姿は、まさにエジプトの栄光の象徴であった。
扉が開き、茜が静かに歩みを進めると、その場の空気が微かに変わった。将軍たちが神妙な面持ちで頭を垂れ、神官たちがその名を心中で唱える。王妃は柔らかな微笑みを浮かべ、茜の登場を静かに歓迎した。茜が玉座の前に立つと、ラムセス王が一歩前に出て、堂々とした声で語りかける。
「アカーネ。今回もそなたの尽力によって、我がエジプトは新たなる繁栄を手にした。ヌビアの地は和を以て従い、遥か奥地のクシュに至るまで、我が国の富と光が届いた。そなたは、我が王国に栄光と繁栄をもたらした神…この感謝を、ファラオであるこの余自ら、そなたに捧げる」
そう言って、ラムセス王はゆっくりと頭を下げる。
「えっ…」と茜は内心で動揺しつつ、慌てて手を振って応じる。
「いやいや! 流石にファラオに頭を下げられるのはちょっとね…。それにラムセス王も一緒にヌビア遠征をした、私たちは戦友でしょ?」
茜の気軽な一言に、神官や文官の一部が思わず顔を見合わせたが、すぐにラムセス王が朗らかに笑った。
「戦友か…なるほど、たしかにそなたと余は、カデシュでも共に戦った。そして今回のヌビア遠征も共に臨み、共に勝利を掴んだ。うむ、まさしく我らは戦友だな、アカーネよ」
王の笑顔に続き、ネフェルタリ王妃も静かに頷く。そして謁見の場には、神と王の間に結ばれた信頼の絆が、厳粛な中にもあたたかな空気となって広がっていった。茜も少し照れたように笑いながら、場の緊張を解きほぐすように一礼する。
そしてラムセス王が軽く手を掲げると、従者たちが動き出し、一つの見事な黄金の箱が慎重に運び込まれてきた。その箱には、金箔で刻まれた王の印が施され、両脇を支える者すら気圧されるほどの荘厳な存在感を放っている。
「アカーネよ、まずは分かりやすい褒美だ」
ラムセス王がそう言って笑みを浮かべると、箱の蓋がゆっくりと開かれる。中には金塊、銀塊、ラピスラズリ、カーネリアン、香油にいたるまで、エジプトの富を象徴する宝がぎっしりと詰まっていた。
「うん! こういうの私好きだよ!」
茜は目を輝かせながら身を乗り出し、宝のきらめきに子どものような笑顔を見せる。その素直な喜びに、周囲の将軍や神官たちも思わず微笑を浮かべた。だが、ラムセス王はそこで満足する様子はない。目を細めると、背後の文官に指示を出し、今度は一枚の薄い金属板が恭しく茜のもとに差し出された。
「これは?」と茜が不思議そうに手に取る。
その瞬間、ラムセス王の声が堂々と謁見の間に響き渡った。
「我がエジプト王国は、風の神アカーネに感謝を捧げるものとして、今後ヌビアの地で算出される金の1/100を、永続的にアカーネ神殿に寄進する。この金板はその契約の証であり、余の名においてここに誓うものである」
謁見の間にどよめきが走る。将軍たちがざわつき、神官たちは目を見開いた。
「えっ? これから永続的に…ヌビアの金の一部が、私の神殿に?」と茜は驚愕し、目をぱちくりさせる。
「そうだ。今はまだ、ヌビアからの金の産出量は少ないかもしれぬ。しかし、そなたのもたらした繁栄があれば、ヌビアからの金の産出量は今後増えよう。その時に得られる富の一部を、我が国はそなたへの感謝として捧げる。そしてこの契約は、余の名を記し、神殿の粘土板にも永き記録として残す」
その言葉に、茜は一瞬言葉を失う。しかしやがて、静かに笑って金板を両手で受け取り、深く一礼した。
「ありがとう、ラムセス王。でもこの金は、神殿の運営だけではなくて、ちゃんとエジプトの振興や安定のためにも使うよ。だから、決してエジプト王国に損はさせない。むしろ…利になるように頑張るからね」
その言葉に、ラムセス王は満足げに頷く。
「なるほど、そなたらしいな。そなたが富をどう用いるか、余はよく理解しておる」
王の言葉に、神官たちは頷き、文官や将軍たちの表情には尊敬と畏敬の色が強まっていた。金と契約――それは神を信仰する民にとって神格の証であり、国家にとっては盟約そのものである。しかししばらくすると、謁見の場に満ちた華やかな空気が、次なる展開を予感させるかのように微かに引き締まった。ラムセス王が、玉座より一歩前に進み出て、静かに言葉を紡ぐ。
「それと、既にそなたにも伝えたように、第五軍団――“アカーネ”の名を冠する新たな軍が、王国の正式な軍団として編成される。これについては、そなたに一任しても良いか?」
それはあらかじめ想定していた問いであった。茜は穏やかに頷きながらも、少しだけ口角を上げて答える。
「うん、それはもう、最初からそのつもりだったから。任せておいて。ただし……この軍団の戦い方とか、方針も私に任せてくれるってことでいいよね?」
その問いかけに、ラムセス王はにやりと笑いながら頷いた。
「当然であろう。名を冠すそなたにこそ、その采配を託す」
すると、謁見の場の将軍たちの列から、一人の人物が静かに前に進み出る。白髪混じりの髭、鍛え上げられた身体に宿る威厳。第三軍団の将を長く務め、数々の戦に功を挙げてきた老将――バトラー将軍であった。
彼は玉座の前に跪き、真摯な声で言葉を放つ。
「偉大なるファラオ。お許し願えれば、この老骨、アカーネ様の第五軍団の将軍として、その編成と鍛錬に尽力させていただきたく存じます。これを、私のエジプト王国への最後の奉公とさせてください」
その言葉に、場は一瞬ざわめいた。茜も思わず目を見開く。ラムセス王はやや眉を上げ、慎重な声で問い返す。
「バトラー将軍。だが、そなたの率いる第三軍団はどうする?そなたが退けば、軍に動揺が生じぬか?」
しかし老将は、静かに、そして確信を持って答えた。
「ファラオ。既に第三軍団には、次代を担うに足る者たちが育っております。私が去っても、あの軍は揺るぎません。だからこそ、今こそ身を引き、新たなる軍団を支える責務を全うしたいのです」
ラムセス王はしばし沈黙し、やがて納得したように頷いた。そして視線を茜に向ける。
「アカーネよ。バトラー将軍はこのように申しておる。そなたさえ良ければ、余は正式にこの場にて、彼を第五軍団の初代将軍として任命したいが……」
茜は一度バトラー将軍を見つめ、微笑んで答えた。
「うん、私はそれでいいよ。カデシュでも一緒に戦ったし、ヌビアでも支えてくれたから、どんな人かよく分かってる。信頼してる。でも、新しい軍団を一から立ち上げるって、大変だよ? 本当にいいの?バトラー将軍」
するとバトラー将軍は、深く頭を垂れ、誓うように言葉を返す。
「アカーネ様。この老骨に、最後の働きの場を与えてくださり、心より感謝いたします。第五軍団の骨格、必ずや私が築き上げてみせましょう」
その覚悟ある言葉に、ラムセス王は高らかに宣言した。
「ならば、ここに命ず――第五軍団アカーネ、その初代将軍として、バトラーを任命する!」
その瞬間、謁見の間には賛同と祝意の拍手が湧き上がり、茜もまた、信頼を寄せる老将に向かって静かに一礼を返した。
「それとアカーネ、恩賞とは別に、余からそなたに贈るものがある。」
王の言葉とともに、再び黄金に彩られた大きな箱が謁見の間に運び込まれた。重厚な装飾が施された蓋が静かに開かれると、そこに収められていたのは、まさにエジプトの栄光と職人技が結晶したような、神の装束であった。
「アカーネよ。そなたの名は、今や我がエジプト軍の軍団にも冠される存在となった。ゆえに、装いもまた神にふさわしくあらねばなるまい。いつまでもヒッタイト風の服では、我が民も戸惑うであろう。そこで、そなたのために、エジプトの神にふさわしい装束をあつらえた」
ラムセス王の声と共に、豪華な布地と金属が姿を現す。極細のリネンで仕立てられた真白の下衣には、金糸の縁取りと、ラピスラズリを中心に据えた青い帯飾りが映える。その上に羽織る透薄の白衣は、胸元に編み込まれた金の小鎖と、そこから下がる青いスカラベが印象的だった。肩から胸を覆うように広がる胸飾りは、金とラピスラズリで象嵌された巨大な円弧型で、まさに神々の威厳を象徴する品である。青金の頭冠、繊細な金線細工とラピスを組み合わせた腕輪、そして金糸入りのパピルス製サンダル――どれもがこの世の贈り物とは思えぬ美しさに輝いていた。
「うわっ……! エジプトっぽいじゃない! こういうの欲しかったんだよね!」
茜は思わず声を上げ、目を輝かせる。
「ねぇ、すぐ着てきていい?」
その無邪気な反応に、王はやや面食らったように笑いながら応じた。
「ふむ、そなたもこのような装飾を好むとは、意外だったな」
すると、隣に立っていたネフェルタリ王妃が穏やかな口調で一言。
「ファラオ、アカーネ様は女神でございます。わたくしもそうですが、美しい衣や装飾を好まぬ女性などおりませぬ」
その的確すぎる一言に、ラムセス王は思わず口をつぐみ、肩をすくめて苦笑するしかなかった。
「……たしかに」
場の空気が柔らかく笑いに包まれる中、茜は小さく手を振り、「じゃ、ちょっと着替えてくるね」と言い残し、軽やかな足取りで奥へと退室した。
やがて──数分後。
謁見の間の扉が静かに開かれ、まばゆい光とともに、装いを新たにした茜が現れた。白と金の繊細な織りが揺れ、ラピスの蒼が光を受けて宝石のようにきらめく。まるでナイルの風が具現化したようなその姿に、神官たちは思わずその場に跪き、文官、将軍たちも自然とひざまずいた。ラムセス王の瞳が大きく見開かれ、やがて深く頷きながら、心からの声で言葉を贈る。
「……アカーネ。そなたは、真に我がエジプトの神となったのだな」
玉座の傍らでその姿を見つめていたネフェルタリ王妃もまた、目を細めて笑みを浮かべる。
「とてもお似合いです、アカーネ様。神々しさに気品と優美さが加わりましたね」
茜はというと、全身を動かしながら楽しげにひと回りしてみせた。
「うん、この服、すごく涼しいし動きやすいし……いいね、これしばらく着るよ!」
その言葉に、王も王妃も微笑み、謁見の間は新たな神の誕生を祝福するような、温かく荘厳な空気に包まれていた。謁見の間に神聖な雰囲気が漂う中、ラムセス王は一歩前へ進み、神装束に身を包んだ茜に向き直った。
「アカーネ。最後に余からそなたに願いがある」
その声に、茜は軽く首を傾げる。
「お願い?」
ラムセス王は頷き、静かに言葉を続けた。
「余はそなたのために、“スタンダード”を贈りたい。そなたの象徴として掲げられる印――我がエジプト王国が、そなたの名を後世にまで伝えるための印だ。余にそれを作らせてもらえぬだろうか?」
その言葉に、茜の目が丸くなった。
「えっ、スタンダードって、あの軍団とか王族が持つアレだよね? でも私、王様じゃないし…そもそも私が持っていい代物なの?」
するとラムセス王は、微笑を浮かべて言った。
「そなたはこれからも我が国と共に歩み、戦う神となる…そして我が国だけではなく、時代を超えて様々な場所で戦うであろう。ならば、自らの旗印を持つ資格は十分にある。……そして何より、余は“アカーネのスタンダードを作った王”として、歴史に名を刻みたいのだ。余の名声のためにもな」
あまりに素直すぎる動機に、茜は思わず吹き出した。
「ははっ……なるほどね。王様の名声目当てってことね。いいよ、戦友だもん、断る理由なんてないよ。それじゃラムセス王、私のスタンダード作ってくれる?」
茜が微笑むと、ラムセス王も笑顔で大きく頷いた。
「感謝する、アカーネ。我が名を冠した職人たちの手で、そなたにふさわしい最高の旗印を作らせよう」
しかし、茜はふと何かを思いついたように、真剣な表情で言葉を継いだ。
「ねぇ、ラムセス王。せっかく私のスタンダードを作ってくれるなら――お願いがあるんだよね。私がこれまで歩いてきた歴史を、そのスタンダードに刻み込んでくれない? シュメール、アラッタ、ヒッタイト、ミタンニ、アッシリア、バビロニア……それぞれの時代や国を象徴する印や色、装飾を付けてほしいの。それと、このエジプトに居た証拠もね」
その提案に、謁見の場が一瞬静まり返った。だが次の瞬間、ラムセス王は力強く頷いた。
「なるほど……そなたの歴史そのものを、スタンダードに刻むか。面白い。確かに、それはスタンダードとして新しい意味を持つだろう。よかろう、アカーネ。後ほど、そなたが望む装飾や遺物を集め、余に渡してくれ。それを組み込む形で、唯一無二のスタンダードを作らせよう」
「ありがとう、ラムセス王」
茜は真摯に頭を下げ、わずかに照れくさそうな笑みを浮かべる。その姿に、王も王妃も穏やかに微笑み、列席していた神官や将軍たちも静かに頷いていた。こうして、謁見の場でのすべての褒美の授与などは滞りなく終わりを迎え、ファラオとアカーネの間に交わされた絆と約束は、新たな歴史の一頁として深く刻まれることとなった。
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黄金とラピスラズリに輝く神装束を纏い、茜はぺル=ラムセスの神殿へと戻ってきた。肩には黄金の胸飾りが輝き、風を受けて透ける白の上衣が神々しさを添える。彼女の後ろには、バトラー将軍が静かに従い、エジプトの神殿に女神が凱旋する姿を演出していた。
神殿の入り口には、既にリュシア、ユカナ、ミラナ、エンへドゥアンナ、アルタイ、ガルナードらが整列して待っていた。そして茜の姿が見えた瞬間、一同が言葉を失い、しばし静寂が流れる。最初に口を開いたのは、やはりリュシアだった。
「主、お戻りなさいませ。……その装束、たいへんお似合いです。まさに“エジプトの神”と呼ぶにふさわしいお姿です」
冷静ながらもどこか誇らしげな表情で、リュシアが微笑む。続いて、エンへドゥアンナがしみじみと呟いた。
「これは……この姿は、神話に記録しなければなりませんね。『黄金の風、エジプトに降臨し、その姿、まばゆき光とラピスの衣に包まる』――などと」
「やめてってば…」と苦笑いする茜だったが、その顔にはどこか満更でもない表情が浮かんでいた。
その横では、ユカナとミラナが並んで腕を組みながら、こそこそと話している。
「なんかさ…だんだん茜に貫禄出てきたような気がするよね?」とユカナ。
「うん、あれだけ活躍してたら、そりゃ出るよ…私なんか、肩書きは上位神なのに…全然貫禄ないし……」とミラナが肩を落とす。
「ていうか、ミラナさんの場合、貫禄以前に行動が残念なんじゃ…」とユカナがぼそっと呟くと、「聞こえてるからね?」とミラナがむくれ顔で返す。
そんな和やかな空気の中、茜は神殿の中央へと進み、仲間たちを見渡して声をあげた。
「ただいま、みんな。王宮での謁見、無事に終わったよ。……ラムセス王からね、またすごい褒美をいっぱいもらっちゃった」
その言葉に、ガルナードが一歩進み出て、真っ直ぐに茜を見つめる。
「主殿。もはや主殿は、神格存在としてだけではなく、このエジプト王国において極めて重要な柱となられております。我らとしても、これよりの務めを、より一層の覚悟をもって果たしてまいります」
その忠誠に満ちた言葉に、茜は少しだけ肩の力を抜き、安堵の笑みを浮かべた。
「うん、ありがとうガルナード。ほんとにこれからやること山積みでさ、神殿の整備に軍団の編成と訓練も、モーゼ達の件もあるし……みんなの力が必要だから、よろしくね!」
そう言ってから、茜はくるっとユカナとミラナの方へ向き直る。
「――で。そこの怠惰神と残念神、あんたたちにも、これからはキリキリ働いてもらうから!」
その宣告に、ユカナとミラナがぴくりと反応し、顔を見合わせた。
「うぅ……働きたくない……」
「ていうか私達に仕事任せたら、アカーネがもっと困ると思うよ? だからやめた方がいいと思うなぁ…うん」
とんでもない言い訳を並べる二人に、茜は容赦なく右手を振り下ろすようにして一喝。
「――却下!」
神殿の静寂を破るその一言に、一同は堪えきれず笑い出し、神殿内は爆笑の渦に包まれた。神殿に笑いの余韻が残る中、茜はふっと表情を引き締め、仲間たちを見回した。
「さて――。これからは、いよいよ本格的に第五軍団アカーネを編制していくからね。だから、みんなにはそれぞれ任務を渡すから、しっかりお願いね」
その一言に、全員の視線が真剣なものに変わる。
「まず、バトラー将軍。あなたの役目はこの第五軍団全体の指揮系統の確立と後方支援の組織化。ヌビアとクシュの戦士たちの特性も考慮しつつ、ちゃんと戦える指揮系統を作ってね」
バトラー将軍は重々しく頷き、胸に手を当てる。
「畏まりました、アカーネ様。この老骨、最後の任と心得、命を賭して組織を築き上げてみせましょう」
茜は微笑んでそれに応えると、次にガルナードとアルタイに目を向ける。
「ガルナード、アルタイ。あなたたちには、この新しい軍団に重装歩兵の訓練をお願い。これまでのエジプト軍は軽装主体だったけど、私の軍団は違う。この第五軍団は将来的に“海の民”の侵攻に備える主力部隊にするつもり。重装歩兵による正面防御戦が要になるから、時間をかけてでもしっかり訓練してね」
その言葉に、ガルナードが少しだけ眉をひそめる。
「主殿、エジプト軍はこれまで、軽歩兵の機動力を活かした戦術を用いておりましたが――」
「分かってる。でも、この軍団は私に一任されてるんだよね?なら、私の戦い方で編制していく。ヌビアやクシュの戦士たちを一から鍛えるなら、新戦術でも十分適応できる。彼らは基礎から仕込める分、むしろ向いてるかもしれないから」
そう言い切る茜に、ガルナードはしばし沈黙の後、深く頷いた。
「承知いたしました。ならば我が力、惜しみなく振るわせていただきます」
「おう、なんか面白くなってきたじゃん」とアルタイもニヤリと笑い、腕を鳴らした。
「じゃ、俺は兵の体力を底上げするような訓練をする。徹底的に鍛え直して、重装歩兵として戦えるだけの兵に鍛え上げないとな」
「ふむ、それは楽しみだ」とバトラー将軍も静かに笑みを浮かべる。
茜は満足げに頷くと、次にリュシアへと視線を移す。
「リュシア、あなたにはヒッタイトとの交渉をお願い。重装歩兵用の武器、防具、可能な限りヒッタイト式の物資をアカーネ神殿の財で調達して。さっきの話でも出たけど、財力はあるんだから、それを戦力に変えるのが第一優先。それと、ヒッタイト王国への説得は私も一つ考えがあるから、そっちは私がやるけど、実際の実務をお願いね?」
「承知いたしました、主。重装兵にふさわしい装備を、ヒッタイト王国から取り寄せましょう」
リュシアはすでに交渉の布石を考えていたらしく、静かにメモを取り始めていた。次に、茜の視線はエンへドゥアンナへ。
「あんたには、この神殿の管理全般をお願い。施しの仕組み、祭事の統制、人員の配置、必要な規則や記録――全部、任せる。できれば、あんたが居なくても動くような統治組織を作っておいて」
エンへドゥアンナは静かに頷きつつ、少しだけ口元を緩めた。
「そういうことは私の得意分野ですね。お任せください、茜。未来に残る神殿の形を構築いたします」
それに対して茜は、冗談めかして言う。
「まぁ、腹黒のあんたなら、それくらい朝飯前でしょ?」
「そんな腹黒に全部任せてくる茜には、あまり言われたくありませんが?」
そう切り返されて、茜は「うっ」となって話題をそっと切り替えた。
「さて。そこの怠惰神と残念神、覚悟はできてるよね?……そろそろ、ちゃんと働いてもらうよ」
その一言に、神殿内の空気が妙な意味で再びざわめく。
「怠惰って……あたしのこと……だよね?」
ユカナは居心地悪そうに指先をいじりながら小声でつぶやき、隣のミラナは肩をすくめて現実逃避しそうな目をした。
「えっ?私、残念神って名乗った覚えないんだけど?そもそも働かなくても、ある程度信仰入ってきてるし……私なりに頑張ってるし……たぶん……」
その言い訳に、茜は容赦なくツッコミを入れる。
「ねぇ、残念神?ここで断ったら、契約延長が無いって事は分かってるよね?それでもいいなら止めないけど?でも、私からテラ様に口添えして欲しいなら――まず、そこの怠惰神をちゃんと働かせてからにしてもらおうかな?」
ミラナは明らかに動揺しながら、そっとユカナの袖を引っ張った。
「うぅ……下位神に脅される上位神って……どれだけ肩身狭いのよ……でも……でも……ここで折れないと……私のボーナスステージが……」
心の声がだだ漏れのまま、ミラナはしばらくブツブツと葛藤していたが、やがて観念したように顔を上げた。
「……わ、分かったわよ。やればいいんでしょ、やれば! これでも一応、上位神なんだから。信仰拡大も施し活動も、やってやるわよ。――だから、契約延長、頼むわよ、ほんとに!」
その気迫の割に情けない訴えに、周囲からどっと笑いが起きた。ユカナはというと、ふわりとした口調で首をかしげたまま、
「べつに私は、これ以上信仰が広まらなくても満足してるんだけど……平穏で、ぼんやりしてて、甘い物さえあればいいし……」
そのやる気のなさに、茜は即座に指を突きつけて一言。
「さっきも言ったけど、それ却下だからね!」
再び神殿内は爆笑の渦に包まれた。




