1話 古代への誘いと女神の契約
はじめまして。これから長編小説を投稿していきたいと思います。今回は古代の戦争ものですが、巻き込まれて古代の戦争に参加するため、ギャグ要素が強い小説になるかと思います。あまり取り扱われない時代の戦争もののため、興味が分かれてしまうかもしれませんが、是非最後までお付き合いいただけたらと思います。
チュートリアル戦の部分は、この小説のストーリーが進むときのルール的な話になっています。そのためストーリー本体から読みたい人は、チュートリアルはスキップしてシュメール統一戦争編から読んでください。
東京・上野。雲一つない秋晴れの午後。
神代茜は、東京国立博物館の本館に足を踏み入れていた。
有休を無理やりねじ込んでまで訪れた目的はひとつ——現在開催中の特別展「オリエントの美と権力――古代メソポタミアとその周辺世界」。そのタイトルを見た瞬間、彼女の中の“戦争シミュレーションオタク兼歴史クラスタ”が即座に反応した。予約サイトを睨みながら、「これは行くしかない」と即決。今日に至る。
「うわ……本物だ……」
展示室に入った瞬間、目に飛び込んできたのは、鮮やかな金とラピスラズリの装飾冠。シュメール王墓の副葬品として知られる逸品。金の葉飾りと宝石の組み合わせは、今見てもまったく色褪せていない。その隣には、精緻な紋様が刻まれた儀礼用短剣。青銅の刃に金が嵌め込まれ、神殿の祭司か王族が使っていたという。
「この色味、現物……写真で見てたより全然きれい……」
息を飲む。宝物に照らされた照明がやけに幻想的に感じられた。周囲の観客の声は耳に入らない。茜の意識は、完全に展示ケースの中に吸い込まれていた。
「触ってみたいな……」
思わず呟いた自分の声に驚く。けれど、本音だった。
「身につけてみたい。重さとか、手触りとか……。できれば鏡の前でくるっと回って、うわ〜似合っちゃうな〜とか言ってみたい……」
実際にそんなことができるはずもないとわかってはいる。展示品には厚いガラスのケースがあり、「手を触れないでください」のプレートがある。触れることも、嗅ぐことも、感じることもできない。
でも——
「これ、現地の王族とか、巫女とか、そういう人が実際に使ってたんだよね。そう思うと……やっぱ、ちょっとでいいから……」
ほんの少しでいい。“この手”で、実物を持ってみたい。それが無理でも、せめて、一度だけでも「その時代の中に入り込めたら」——
「……なんてね。バカみたい。そんなわけあるかっての」
茜は自嘲気味に笑い、次の展示ケースへと歩を進めた。しかしその笑みの奥に宿っていたものは、ただの歴史愛ではなかった。彼女の心のどこかには、いつも——
「もし本当に触れられたなら」という願望と妄想が、しっかりと根を張っていた。
「……はぁ、マジで最高……」
東京国立博物館・本館特別展示室。目の前には、紀元前2500年のウルの王墓から発掘されたという金とラピスラズリの首飾り。隣には、シュメール時代の儀礼用短剣。さらに奥には、アッカドの王印とされる円筒印章。歴史好きにはたまらない。息をするのも忘れるくらい、濃密な時間が流れていた。
神代茜は、息を飲みながら展示ケースに顔を寄せた。ガラスの向こうで静かに照明を浴びる、金細工の首飾りが宝石のようにきらめいている。
「いいなあ……手に取ってみたいな」
誰に向けるでもない独り言だった。だが、茜の声は思いのほか真剣だった。
「博物館って“見るだけ”なのがつらいんだよなぁ……盗りたいわけじゃないけど、体験はしたい……」
その瞬間——
「叶えてあげましょうか」
耳元で囁いたような声が聞こえた。けれど、誰もいなかった。
「えっ……?」
振り返っても、周囲に人影はない。隣にいたはずの団体客も、向こうでベンチに座っていた老夫婦も、いつの間にか消えている。
「……は?」
空気が変わった。ほんの数秒前まで静謐でひんやりしていた展示室が、妙に温かく、どこか湿った空間に変化していた。立っている床の感触も違う。ツルツルした石のタイルが、いつの間にか柔らかく、ふわふわした白い光の膜に変わっていた。
「待って待って待って。なんか変なこと起きてない? え、私だけ? なんか吸われてる? 館内の演出? ちがうよね!?」
足元を見れば、靴の下に影がない。というより、影が“落ちる”場所がない。ガラスケースも、照明も、壁も、すべてが徐々に滲んで、白く溶けていく。視界がぼやけ、音が遠のく。
「ちょ、やばい、やばいやばいやばい、ほんとにやば——」
最後の言葉が口から漏れた瞬間、世界は完全に消えた。白い光の渦に、茜の身体が吸い込まれるようにして、静かに、音もなく姿を消した。気がつくと、茜は真っ白な空間に立っていた。床も、壁も、天井すら存在しない。全方位から柔らかい光が満ちていて、影すら落ちない。
「これ……どこ?」
茜は自分の体を確かめるように腕を見下ろし、手の甲をつねった。痛い。しっかり現実だ。
「いや、これは……夢じゃない……気がする……けど、現実ってわけでもなさそう」
と、そこに——
空間の中心がにじむように歪み、光が集まり始めた。まるで霧が晴れていくように、女の姿がゆっくりと現れる。煌めく白金の髪。古代風の、しかしどこか舞台衣装じみたローブ。背中からは淡い光の輪がふわりと浮いている。
女は、堂々と微笑んだ。
「ようこそ、神代茜さん。ここは私の領域、神界の片隅よ」
「……は?」
茜は半歩下がった。その“神様っぽい”風貌に、まず疑問しか浮かばない。あまりにもそれらしすぎていて、逆に安っぽい。
「いや、いやいや、ちょっと待って? 誰?」
「私はユクア。“導き”と“縁”の神よ」
「……えーっと、コスプレ? 撮影? 観光客向け? っていうか、あんた、勝手にフルネーム呼んできたよね」
「名前がわかるのは、神様だからよ」
「それ、某占い詐欺の常套句」
茜は冷めた目でじっと相手を見つめた。あまりにもよくできた“それっぽい風貌”と、芝居がかった言動。まさか、本当に神? ……いや、ない。ないないない。
「証拠は? なんか証拠出して。でなきゃ信じるわけないでしょ、現代人をナメないで」
「では、こうしましょうか」
ユクアはゆったりと右手を掲げる。
「あなたが、今この場で“試しに出してみろ”と思い浮かべたものを出すわ」
「……いいよ」
茜はふっと笑った。
(ローマ帝国時代の金貨。できれば、アウレウス金貨。トラヤヌス帝の肖像入りで、完品。もちろん鑑定書レベルの精度で)
「了解」
そう言って指を鳴らした瞬間——空間に淡い金の光が舞い、小さな硬貨が茜の手のひらに落ちてきた。
「っ——」
指先にずしりと感じる重み。触れた瞬間、金属の冷たさが確かに伝わった。彫刻された皇帝の横顔、ラテン語の刻印。裏面には豊穣と農業の女神セレスの立像。
「……っっっっっっ、マジかよ……」
気づけば、茜はその金貨を両手で包み込んでいた。瞳孔がひらく。呼吸が浅くなる。
「これ、現物……? え、ちょ、重さ、質感、光の反射、これ、偽物だったら逆にすごい……!」
冷や汗が首を伝う。こんなもの、簡単に用意できるわけがない。少なくとも即座に、思考だけで出せるなんて芸当は不可能。茜は、無意識にその金貨をポケットへ滑り込ませた。
「……ありがとう。参考になったわ」
「それ、しまうの?」
「記念にね。あと、あんたが“本物”なら、“あたしがそれを隠す”ことも、想定済みでしょ?」
「ええ。だから咎めないわ」
ユクアは肩をすくめ、むしろ愉しげに微笑んだ。
「やっぱり面白いわね、あなた。欲に素直で、疑い深くて、でも躊躇なく手を伸ばす。人間らしいわ」
「誉め言葉として受け取っておくわ」
その言葉を聞いてユクアの瞳が静かに細まった。その奥に垣間見えるのは、“絶対者の余裕”——いや、“誰よりも腹黒い笑み”だった。金貨の重みをポケットで確かめながら、茜は腕を組んで言った。
「で、そろそろ本題、でしょ?」
ユクアは、柔らかく笑みを浮かべたまま、わざとらしく小首をかしげた。
「なにかしら?」
「“ただで願いが叶うわけがない”って話。まさか忘れてたなんて言わないよね? こっちは社会人なんだから」
その言葉に、ユクアはくすっと笑った。
「……ええ、ちゃんと説明するわ。あなたにお願いしたいのは、“ある旅の同行者”になってもらうこと」
「旅?」
「そう。時を超え、古代の世界を巡る旅。そこで、私の妹——ユカナに、たくさんの経験を積ませてあげてほしいの」
茜の目つきが、わずかに鋭くなる。
「なるほど。つまり私は、その妹の付き添い役?」
「案内役と言ってもいいわね。あなたの知識と視点を活かして、彼女にいろんな時代を“見せてあげて”ほしいの」
「“見る”だけ?」
「基本的には、そうよ。あなたは彼女の傍にいて、導いてくれるだけでいいの」
「……その“だけでいい”って言い方が、一番信用できないやつなんだけど」
茜は目を細める。ユクアはあくまで優雅に、表情を崩さない。
「言葉の裏を読むのが上手ね。けど、安心して」
彼女は少し声を落とし、囁くように続けた。
「旅の中には、驚きや刺激もあるかもしれないけれど——あなたの身に“致命的な危険”が及ぶような状況は、ちゃんと管理されてるわ」
「致命的な、ね。つまり、“そこそこ危ないことはある”って認めてる」
「言葉の綾よ。ほら、日常だって危険はつきものじゃない?」
「……日常で投槍が飛んでくる世界はさすがに経験ないけどね」
ユクアは笑った。
「でも、あなたは直接戦うわけじゃない。あくまで“導き手”。選択を促し、助言し、時には傍観することもあるわ」
「ふーん。“時には傍観”ね」
茜の目は、じっとユクアを見ていた。この女は、言葉を選ぶのが異様にうまい。肝心なことは一切言っていないのに、“危なくないっぽい”という安心感だけを植え付けようとしている。
「つまり、“戦場に立たせはしないけど、近くまでは行く”ってことか。……よくわかった。マジでうさんくさい」
「嫌いじゃないでしょ、そういうの。心のどこかでワクワクしてる。そうでしょう?」
「……それは、否定できないかも」
茜は再びポケットの中の金貨を握りしめる。これが“夢じゃない”と確信させてくれた物理的な証拠。その重みは現実そのものだった。
「で? その妹って、どんな子?」
「ユカナ。私の妹神。まだ“神様”とは呼べない未熟な存在だけど……放っておけないの。少し逃げ腰で、すぐにあきらめちゃう。でも、あなたなら、きっと寄り添えると思う」
「あなたの妹なのに、そんなに頼りないんだ」
「だからこそ、あなたを呼んだの」
ユクアの声音が、少しだけ真剣味を帯びる。
「彼女をこのままにしておくわけにはいかないの。古代の世界を巡って、信仰を集め、神として成長していくには、“人間の視点”が必要なのよ」
「……それってつまり、“ただの旅”じゃ終わらないってことね」
「そうかもしれない。けど、最初から全部を知ってしまっては、物語は動かないわ」
茜はしばらく黙り込んだ。
そして、息を吐くように言った。
「まったく……女神ってのは、どいつもこいつもはっきりしない言い方しかしないのね」
「それが“神の都合”ってものよ。人間にはちょっと不親切なの」
「それ、わかっててやってるでしょ」
「もちろん♪」
満面の笑みを浮かべるユクアを見て、茜は頭を押さえた。
「……まあ、いいわ。旅の詳細は聞かせてもらうとして。今のところ、興味はある」
「引き受けてくれるの?」
「まだ“契約”とは言ってない。でも——」
ポケットの中の金貨をもう一度、そっと撫でる。
「もし、あの博物館で見たような宝が本当に“手に入る”っていうなら、話は別」
「確認だけど、最後にもう一回聞かせて」
茜は腕を組んだまま、真正面からユクアを睨んだ。
「あの宝、本当に私の手元に入るのよね? “見た”じゃなくて、“持つ”のよ? 換金だってできるレベルの、実物の所有」
「ええ。もちろんよ」
ユクアは、まるで“本当のことしか言っていません”という顔で即答した。
「あなたの手で触れられて、持ち帰ることができて、飾っても、鑑定に出しても、売っても構わないわ。“あなたのもの”になるわよ」
「……ふーん」
茜は口元を指で押さえたまま、少し考えるそぶりを見せた。
目の前の女神は、嘘をついている気配はない。いや、言ってること自体は正しいのかもしれない。でも、全部が真実とは思えない。何かが“隠されている”に違いない。
けれど——
それでも、“価値”がある。
ポケットの中に忍ばせた金貨が、その現実味を物理的に証明していた。
「OK。じゃあ、やってみる」
「契約、成立ね」
ユクアは満面の笑みを浮かべた。
それは、どこか芝居がかっているようで、それでいて本当に嬉しそうにも見えた。
「ようこそ、“神界の旅人”へ、神代茜さん。あなたの知識と選択が、歴史の形を変えることになるかもしれない」
「はい出た、そういう中二病っぽいやつ」
「旅というのは、何かを“知る”こと。誰かを“導く”こと。そして——時に、自分の欲を満たすことでもあるわ」
「うわ、最後のだけちょっと説得力ある。ずるい」
茜は皮肉混じりに笑ったあと、真顔に戻った。
「でも、言っておくけど、私は損する取引は絶対しないから。あとで“実は”とか“それも含めて試練”とか言い出したら、マジで許さないからね」
「もちろん。私たち神は正直よ。言ってないことは言ってないけど、言ったことは嘘じゃないもの」
「やっぱうさんくさいな、その言い回し」
「さっき言ったでしょう?人間には少し不親切なだけよ」
茜は大きくため息をついた。
「……ま、いいわ。とりあえず、“こっちの手で本物の歴史の宝を拾える”っていうなら、釣られてみる価値はある」
「それでこそ、私が選んだ人間ね」
「じゃあ、あとはユカナって子と引き合わせて、さくっと旅に出て……って流れになるの?」
「そうね、その前にちょっとだけ“準備”があるけれど」
ユクアは、意味深に笑った。
「まずは、あなたに“何ができて、何ができないか”を確認してもらわないと。旅の基本操作って、必要でしょう?」
「え、それ、チュートリアルってこと? え、まさかゲーム方式なの?」
「いえいえ。ちゃんと現実よ? ただし、あなたにとっては、ちょっと親しみやすい形式にしてあげるだけ」
「……ますます怪しい」
「信じて。あなたにとって、一番“やりやすい方法”でやってもらうだけだから」
その“安心を装った言葉”に、茜は本能的な警戒心を少しだけ強めた。
だが同時に、胸の奥にじわじわと沸き上がるのは、抑えきれない興奮だった。
——本当に、あの宝を、自分の手で拾えるかもしれない。
——古代の空気を吸って、歴史の真実を“見て”、“触れて”、“奪える”。
「……まあいいわ。どうせ後悔するなら、やってからする方がマシでしょ」
「さすが、神代茜さん。勇敢で、実利的」
「性格を皮肉るな。あと、あんたの妹には、ちゃんと“お姉ちゃんの裏を取ってる”って伝えといてね」
「ふふ……伝えるかどうかは、私の気分次第だけど♪」
そう言って笑うユクアの目には、確かに何かを隠している光が宿っていた。
それに気づきながらも、茜は一歩、引き返せない領域へと踏み込んだ。
感想などがありましたら、是非よろしくお願いします。挿絵はAI生成です。




