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8. 目的地に到着

 数日間ユーリに不慣れな長旅を強い、私たち親子はセレネスティア王国の王都、ビスリーへと辿り着いた。


「まま、しと()がいっぱいいる……」

「う、うん。すごいわね、ユーリ。ママの手を絶対に離さないでね。大丈夫だから」


 南東の田舎街とは大違いの大都会。着飾った人々で賑わう街並みを見て、ユーリは目を丸くして固まっている。私はその小さなおててをしっかりと握りしめ、目的の場所を目指して歩きはじめた。どうか少しでも長くユーリが自分の足で歩いてくれますように……。三歳目前の今、もう随分自分で歩いてくれるようになっていたけれど、それでも長時間出かけると帰りには「まま、だっこ」と私を見上げて両手を伸ばしてくることもよくある。この人いきれの中、どこまでもってくれるかが心配だ。私も初めて歩く街なので、できればこの地図をがっつり見ながら集中して目的地を探したい。


 ツテなど一切ない私は、とにかく王都ビスリーに辿り着いたら真っ先に宿を探し、それから宿屋のご主人か誰かに「治癒術師として腕を磨きたいのだが、面倒を見ていただけそうな術師の先生はどう探せばいいでしょう」とでも聞いてみようかと思っていたのだ。ところが出発する前、アンナさんが私を助けてくれた。


『レイニーさんが治癒術を使えるって話をね、夫にしちゃったのよ。王都に行くことを勧めたって言ったら、夫がね、以前お世話になったことがある良い先生を知ってるって。治療院を営んでいるそうよ。一度そこに行ってみたらどうかしら? 雇ってはもらえなかったとしても、何かしら相談には乗ってくれるかもしれないわよ』


 アンナさんはそう言って、私にその治療院の住所を書いたメモ紙をくれたのだった。アンナさんの旦那様は建築現場で働いているのだが、以前ビスリーの作業現場に出張した際足に大怪我を負い、その時にその治癒術師の方に助けてもらったそうだ。


(本当にありがたいわ。無事に落ち着くことができたら、アンナさんにお手紙書かなきゃね。……エイマー治療院の……ノエル・エイマー先生、ね。東中央通りの六番地から曲がって……。えっと、……ん? 今いる通りはどこだっけ?)


 方向音痴な私は地図と標識板を交互に見ながら、時折優しそうな人に声をかけて道を尋ね、どうにか目的の治療院を見つけることができた。ユーリは周囲をキョロキョロと見回しながら目を輝かせていて、ありがたいことに一度も疲れたとグズることはなかった。




  ◇ ◇ ◇




(お……大きい……っ!)


 ユーリの手を握ったまま治療院の看板がかかった建物を見上げ、私は生唾をのんだ。

 私が想像していた治療院の五倍はあるその大きな建物は、王都の中でも特に人通りの多い中央街にあり、存在感を放っていた。真っ白な二階建ての建物の外観はまだ新しく見え、清潔感がある。気合いを入れてここまで辿り着いたはずの私の心は、この外観を前に瞬く間に萎縮してしまった。


(こんな立派な治療院に、私みたいな小娘が飛び込みで訪ねてきても、きっと相手にしてもらえないわよね……)


「まま?」


 立ち止まったまま逡巡していると、ユーリが私に呼びかける。ハッとして見下ろすと、ユーリは紫色のおめめで私をジッと見つめ、小首をかしげた。


「ここにいくの? こんにちあ、しゅる?」


 無垢な瞳を見つめ返し、私は背筋を伸ばす。


「……うん、そうね。悩んでいても仕方ないし、とりあえず入って声をかけてみましょう」


 追い返されてしまったら、その時また考えればいい。

 ユーリはニパッと笑うと、何を思ったのか「わーい!」と声を上げ、私の手を引っ張ってルンルン歩き出した。どうやら楽しい場所に来たとでも思っているようだ。

 そして、正面の立派な扉の前に立ち、おそるおそる手を伸ばした、その時だった。

 こちらが触れるよりも先に、中から扉が開かれた。外に出ようとしたらしい男性が、目の前に立っている私にビックリしたように立ち止まる。

 歳の頃は三十代後半か……四十歳くらいだろうか。白髪交じりの黒髪に、眼鏡の奥の澄み切った水色の瞳が印象的な、華奢な男性だった。白いローブを羽織っている。……もしかしたら、ここで働いている治癒術師だろうか。不審がられないよう、私は慌てて口を開いた。


「あ、あの、突然押しかけてすみません。私、こちらの治療院を営んでいるノエル・エイマー先生にお会いしたくてやって来た者なのですが……」

「はい。どのようなご用件で?」


 そう答えてくれたその人の口調はとても穏やかで、私は少し安心した。優しそうな人だ。


「えっと、実は私、さっき田舎の方からこのビスリーに出てきたばかりでして。微力ながら治癒術が使える者なのですが、も、もし可能でしたら、こちらで先生のご指導をいただくことができればと……そのご相談を」

「ああ。なるほど。僕がそのノエル・エイマーです。ちょうど昼の休憩時間なので、お話を聞きますよ。どうぞ中へ」

「!?」


 思わず聞き逃しそうなほどにさらりと自己紹介され、私の肩がピョコンと跳ねた。



 






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